アトモスフィアスライムは、雷雲に変わり、内部で落雷を起こしている。
熱せられた上昇気流は、上空で雨雲となり、渦を巻きながらアトモスフィアスライムに吸収され始めた。
その時、何かの警告なのか、赤く点滅するアイコンが表示された。
「……どういう事だ?」
それを操作すると〝|強制複合現実化《FMR》の解除〟と表示され、同時にアトモスフィアスライムに照準が合わせられた。
つまり、モンスターにも|強制複合現実化《FMR》が適用され、俺たちのようにレベルアップしているという事か。
地下鉄で赤いスライムを何度も倒しているのに、モンスターがレベルアップする事を失念していた。
反省は後にしよう。
俺は迷わず、アトモスフィアスライムの|強制複合現実化《FMR》を解除した。
すると、雷雲をまとったアトモスフィアスライム自身に、落雷が発生し始めた。
しばらくすると、一際大きな轟音と同時に、アトモスフィアスライムは細かいキューブ状に分解され、バラバラになって消滅した。
【アトモスフィアスライムの死亡を確認。ブレインネットワークに接続し、魔法のデータをアップロードします】
【エラー】
【鈴木夏哉へ直接コンタクトを開始します】
ARCの文字が表示されると、石畳が歪み波打ち始めた。
ふっと目の前が暗くなり、よろけながらも倒れるのを堪える。
【周囲の環境確認】
【危険】
【ルート権限使用】
【強制実行】
【おい! こんな時に何やってんだ!?】
(ま……ずい。意識……が)
「言わないことではない……」
「夏哉くん。あなたは……やはり危険ね」
倒れ込む俺を、マーガレットが抱きとめた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「裕太、起きて?」
由美の声で、意識が急浮上した。
起き上がって身体を動かし、異常が無い事を確認し、周囲を見渡した。
「さっきの|賀茂《かも》|保幸《やすゆき》ってコスプレ野郎は?」
立ちあがっているのは俺と由美だけで、他は倒れたままだ。
「分かんない。起きたらいなくなってたよ?」
そう言いながら、由美は倒れた人を起こしていく。
この状況は、さっきの黒い煙で、俺たち全員意識を飛ばされたという事だが、加茂は何もしないで撤退したのか?
全員が起きる頃、駐車場の通路に突風が吹き荒れだした。
その風圧は立っていられないほど強くなっていき、俺たちはビル内部へ避難をせざるを得なかった。
「この風は何でござるか?」
「魔法? じゃねぇよな? 由美の嬢ちゃんは、なんか心当たりはねぇか?」
「さあ? 小春ちゃんは?」
「分からないです……」
日下部さん夫妻も、何事かと色々聞いているが、さっぱり原因は分からなかった。
しばらくすると、ガタガタと震えていた自動ドアが動きを止め、外の風が収まった。
「……たぶんですけど、さっきお兄ちゃんが使った魔法と似てるかも?」
それを聞いた俺たちは、通路を抜け、けやき坂通りを目指した
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「夜中なのに明るいな? ――――何だあれは!?」
駐車場から俺たちが出ると、通りに夏哉とマーガレットが倒れており、天から巨大な手が伸びてくるところだった。
それは白く明るく虹のように発光し、辺りはまるで昼間のようになっていた。
「お兄ちゃんっ!?」
「あ、待てっ!!」
夏哉へ伸びる巨大な手を見た小春ちゃんは、俺の制止を振り切って駆け出した。
しかし、夏哉はすでに巨大な手に掴まれて、空高く上昇していくところだった。
「お兄ちゃん!! お兄ちゃん!! どうして? 何が起こってるの?」
小春ちゃんの声だけが響き、夏哉はグングン上昇していき、唐突に姿が消えた。