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 あれからさらに一時間が経った。
 リキッドスライムからここまで百メートルの距離あるので、ウオーターが飛んできてもうちのメンツは軽々と避けている。

 これもレベルアップの賜物だろう。
 それに、佐野さんは西から東へ、俺たちは南から北への攻撃という十字砲火をリキッドスライムに浴びせている。

 序盤は触手ではじかれていたが、百名からなるファイアボールの熱量は徐々に温度を上昇させ、リキッドスライムは沸騰し始めていた。
 そこからは早かった。

 沸騰したリキッドスライムは、湯気をまき散らしながら急速に縮んでいき、何も無かったかのように消え去ってしまった。

【リキッドスライムの死亡を確認。ブレインネットワークに接続し、魔法のデータをアップロードします】

 裕太『おっしゃ、勝ったぞっ!!』

 掲示板に書き込むと、百名のメンツが後に続き、ものすごい勢いでログが流れ始めた。
 俺はそれを見つつ、歩みを進め、銀座四丁目の交差点に到着した。

(……やっぱあったか)

 リキッドスライムがいた場所には、〝魔石〟と表示された、透明で丸い石が転がっていた。

「僕が言ったとおりでござる!」

 こいつは俺と同じ高校で、弓道部二年生の葛谷(くずたに)
 彼が持つ練習用のゴム弓は手のひらサイズだが、それは|強制複合現実化《FMR》されていた。

 そして俺と由美は、彼とは全くの初見だったが、同じ高校の先輩だと分かると、ものすごい勢いでゲームの知識を披露し始めた。
 その中の一つが、モンスターを倒すと魔石が手に入るというもの。

 彼はそれが現実となり、鼻高々なのだが、おそらくここに居るゲーム好きの連中は誰でも知っている情報だ。

(……まあでも、言い出しっぺは葛谷だし、拡張現実の話しだと疑っている人もいるし、余計な事は何もいわないでおこう)

「はいはい、葛谷くんのいうとおりでしたっ!!」

(おいおい、人が気を使っているのに、由美のやつ、容赦ないな)
 これには周りにいるメンツも苦笑いだ。

 その後、この魔石をどうする? という話になったが、使い道が分からないし、売り払うにしても、どこで? と言う話になり、一旦リーダーである俺が預かる事になった。

「魔石と言っても、こうやって見ると、ただのビー玉だな」

 魔石を指でつまみ、覗き込むように由美を眺めた。

「夢の無い事を言わない。そんな事やってないで、もうお昼過ぎなんだから帰るわよ?」

 スマホを見ると十三時近い。

「えーっとっ! 皆さんお疲れ様でした! 怪我人はさっきの大学生のみでしたので、時期を見て見舞に行きたいと思います。あと、魔石の件は売却の方向で考えてます。今回俺とフレンド登録した人達で平等に分配しますけど、それでいいですか?」

 そう言いながらメンツを見渡すと、得に異論は無さそうだった。
 「いまさらお金が通用するのか?」という話が出るかと思ったけど、どうやらそれは杞憂だった。

 この辺りは、かなりの血が流れていたが、百名からのファイアボールで、アスファルトごと焼け焦げ、血の色も鉄錆の臭いも無くなっていた。
 冗談のように転がっていた遺体も、全てリキッドスライムが捕食しており、気分を悪くするメンツもいない。

【アップデート可能です】
「うん、頼む」
【ダウンロード開始します】

 何のアップデートだろうと思っていると、周囲のメンツがざわつき始めた。

「お、おい。ウオーターって魔法が増えてるぞ」
「え、マジっすか?」
「ほんとほんと。てか自分で確認しろよ」

 と、そんな会話が飛び交いだした。
 すぐに〝魔法〟の欄を見ると、そこには〝ウオーター〟が追加されていた。
 それを見て、適合者ってそう言う事か、と俺は納得した。 

「それじゃあ一旦解散します! 今回はプロトタイプARCからの情報で、まだ不確定な要素も多かったと思いますが、結果的に勝てて良かったと思います。それと、今回は命がけの討伐戦に参加してもらい、心より感謝します。ありがとうございました! 以上です!!」

 一息にそこまで言い切ると、周りのメンツから拍手が起こった。
 こういう場面は柔道で慣れているとはいえ、即席だとしても命がけで戦った戦友たちの拍手は俺の心に染み渡っていった。

 その後はみんなバラバラに帰るのかと思っていると、ほぼ全員が同じ方向、つまり晴海、月島、勝どきにあるマンション住まいだと分かり、皆さん微妙な笑顔で帰路に就く事となった。

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