クインアント。高さ四メートルくらいありそうだな……。
さっき倒した弱いヒュージアントのイメージがあったので、一体くらいなら倒せると踏んでいたが、なんかこれ、ARCに騙されたような気がする。
クインアントの視線は俺にロックオンし、昆虫のくせに不細工な顔で笑ってるように見える。
(……いや、これはそもそも昆虫なのか? 女王アリだよなクインアントって)
地球の女王アリなら、こんな最前線には出てこないだろう。
「おいこらARC、こんなでかいなんて聞いてないんだけど?」
【先ほどの爆発で察していると思っておりました】
「察しろ……だ?」
人工知能のくせに、と言い掛けて、その言葉を飲み込んだ。
妙に人間味のある対応をし始めたので、そんな事を言ったら、へそを曲げてしまうかも、と思ってしまったのだ。
さっきの時間を逆回転させるやつが無ければ、こんなでかいやつに勝てる気がしないし。
【距離二十メートル。木刀の
その文字が浮かぶのと同時に、木刀がずしりと重くなり、青みがかった日本刀へ変化した。
FMR? Force Mixed Reality の略か?
つまり、プロトタイプARCが謎技術を使い、木刀を強制的に刀へ変化させたのだ。
おい、物理法則どこ行った……。
【集中してください。詠唱無しの魔法がきます】
「今度は魔法かよっ!」
その文字と共に、クインアントの周囲に赤い煙のようなものが見え、次の瞬間、野球ボール大の炎の玉が俺に向かって発射された。
「うほっ!」
ただ、ARCの文字と、赤い煙のおかげで、俺は余裕を持ってそれを回避することが出来た。
その炎の玉は後方へ飛んでいき、壁にぶつかり爆発した。
それはさっきの大爆発と規模は違うものの、もしかして死んでしまった彼はこれにやられたのかもしれない。
プロトタイプARCがまともに動くようになったのは、おそらく彼のおかげだ。感謝せねば。
【無詠唱魔法がもう一度きます】
「ああ、分かった」
無詠唱とか言ってるけど、アリに詠唱できるの? という疑問はさて置き、赤い煙と同時にARCの警告が来るので分かりやすい。
俺は飛んできた炎の玉を、楽々と躱す。
射線も今ので分かった。
それはクインアントの視線の先、一対の複眼と、三つの単眼が見つめる先は俺の腹部。
それに、あの魔法は連発してこないか、もしくは出来ない。
再度きた炎の玉を躱し、次の魔法までのタイムラグを使い、姿勢を低くしたまま距離を詰める。
ただ、相手は四メートルほどの高さがあるので、この日本刀で目を狙っても失敗するだろう。
――それなら狙えるようにすればいい。
「ふっ」
そう思って脚を狙い、関節を断ち斬った。
その斬れ味に慄きつつ、俺は即座にその場を離脱した。
『ぎいぃぃ!?』
反撃されて驚いたような、それとも痛みでそんな声を上げたのか分からない。
脚を一本失い、クインアントはぐらつきつつ、赤く変化した複眼で俺を睨んだ。
「うおっと!」
今度はARCの警告前に、無詠唱で発射される炎の玉を回避したが、いまのはおそらくフェイント。
クインアントから、大きく立ちのぼる赤い煙が見えていた。
なんだがヤバそうな魔法が来そうだ。
そう思って、俺は残りの脚を斬り落とし、残り二本になると自重に耐えきれず、クインアントは前のめりに倒れ込んだ。
赤い煙も消えたし、こうなったらもう目を狙う必要は無い。
「ここっ!」
俺はクインアントの首を踏み付け、日本刀を脳天に突き刺した。
【クインアントの死亡を確認。ブレインネットワークに接続し、魔法のデータをアップロードします】
「何やってんの?」
【内容を解析するため、先ほどの魔法のデータを汎用人工知能へ送りました】
「ふ~ん、まあ何にせよサポート助かったよ」
【終盤はわたしの助言を必要としてませんでしたね】
「……」
視界に写る文字から、少しだけ感情を感じた。
ニュースで見た情報だが、ビッグフットのメインフレームは、人間と判別が付かない受け答えをするそうだ。
それがあるので、次世代汎用人工知能と繋がっている俺のARCもそうなったのでは? と思ったのだ。
このプロトタイプARCは、本当にただの人工知能なのか?
「いやいや、この日本刀がなければ勝てなかったよ」
【いえ、夏哉の力あっての勝利です】
「……」
社交辞令まで出来るとちょっと疲れるな。そう思いながら、俺の前で倒れているクインアントを見ながらARCに問う。
「なあ、お前プロトタイプARCだよな? てことは、他にもプロトタイプのARCをつけてる人が居るんだよね?」
【はい。この都市には一万台のプロトタイプARCがありました】
「ありました?」
【返品された方もいますし、今回の件で死亡した方もおられますので】
「……あそこで死んでる彼もそうなんだ」
【はい】
「……彼のARCは、
【抜き取ったデータを参照すると、通勤カバンを盾に変化させたようです】
「そっか……」
この都市の人口は約百万人。ということは、プロトタイプARCは人口の一パーセント未満と言うことだ。
つまり、一万名弱であの数のヒュージアントと戦うのか……。
いや、逃げる人もいるだろうし、もっと人数は少なくなるはず。
おまけに自衛隊、在日米軍が消えた。それに加え、交番も消えていた事から、警察も消えている可能性が高い。
……こりゃ厳しいな。