⑤
サシャは思い悩んでしまう。断るという選択肢は無いのだが。
幸い、バーはヴァレンタインにはなんの関係もない営業である。土日にもあたっていなかったし、休みを取るのはそう難しくないはず。物理的にも退路を断たれて、サシャは、はぁ、とため息をついた。
便せんを丁寧に封筒の中へ戻す。デスクの上に置いた。
今日はもう眠ってしまおうと思う。
明日、レターセットを買ってこなければいけない。勿論キアラ姫からいただいたような上等なものなどこの街には売っていない。売っていてもなかなか手の出せないレベルの店でしか扱っていないはず。
しかし手持ちのレターセットでは少し心許なかった。なのでそれなりの、庶民の身であっては上質に部類するものを買わなければならなかった。
ピンクがいいわ。無地がいいかしら。それとも柄入り……。
寝支度を整え、ベッドへ入る。なかなか寝付けなかったが。
シャイはどう思っているのかしら。
何度目かもわからぬ寝返りを打って、サシャは思った。
そもそもこのことを知っているのだろうか。
でもシャイに相談している時間の余裕はなかった。明日は昼間、学校なのだ。朝から学校へ行き、夕方前に終わる授業のあとには街でレターセットを買って、そのあとはバーの仕事。
明日は歌う日ではないので早めに上がることができるが、夜は手紙を書かなければいけない。その翌日、今日訪ねてきたおつきの彼に手紙を預けるために。
手紙だって、さらさらっと書けてしまうものになるはずがない。数時間はかかるだろう。なのでシャイに逢うどころか連絡を取る暇すらとれるか危うかった。
まぁなんにせよ。
もう一度ごろりと寝返りを打って、サシャはそっとシーツを握った。
請けないといけないことに変わりはないのだから、仕方が無いわ。
お請けする旨のお手紙を出して、少し余裕ができた頃にカフェ・シュワルツェへ訪ねていこうと思った。もしくはシャイから仕事のおつかいやらでヴァルファーへやってくるかもしれない。
どっちにせよ、「妹様からお手紙をいただいたの」くらいは堂々と言って構わない。
そうしましょう。
決めて、サシャは目を閉じた。じんわり眠気が襲ってくる。それに身を任せれば、サシャはすぐに夢の中へと落ちていった。