まず一人じゃ無理なので協力者を引き入れます
「それでお嬢様は生前――如月繭として生活しており、日本と言う国で暮らしていたごく平凡の大学生だった……と言う事でよろしいでしょうか？」
「その通りよ、リヒト・ルドベキア。話の飲み込みが早くて助かるわ」
落馬事件から数日間深い眠りについてから先程目を覚ましたわたくしは、ある執事を一人呼びつけた。
ある執事――『リヒト・ルドベキア』に淹れてもらった紅茶をすすりながら、わたくしの話を聞いていた彼は、信じられないと言う顔は浮かべず、ただ呆れた表情を浮かべて軽く溜め息をついた。
その顔には『ついにお嬢様の頭がおかしくなった』と言う文字が見えるのですが、それは言わないでおこうと思います。
突然、自分の主が『わたくしは転生者で、この世界は乙女ゲームの世界なのです』なんて言い放たら、ほとんどの人が『この人馬鹿なの？ 中二病なの？』と思うか、『急いで病院に行って診てもらおう』等と言い出すところでしょう。
そう考えれば、やはりリヒトは流石だと言わざるを得ません。
彼は慌てるどころか溜め息一つ吐いて、わたくしが言った事を受け入れたのです。こんなこと他の執事には真似できません。
これは長年カンナ・ロベリアの専属執事として、常に彼女の事を側で見てきていた彼だからこそ出来ることなんですから。
「頭を強打した事により前世の記憶を思い出した……か。普段そんな事を言うほど馬鹿……ではなく、頭が狂った……じゃなくて、愛らしく元気一杯なお嬢様だと言うのに……。さすが、お嬢様ですね。これはお嬢様にしか体験出来ないことだと思います」
彼はにっこり笑って、なぜかわたくしを祝福するように拍手を贈ってきました。
今リヒトの言葉の中で『馬鹿』とか『頭が狂った』なんて単語が聞こえた気がしましたが……聞かなかった事にしましょう。
「ふふ、当然ですわ。これは『わたくしにしか』出来ない事なんですから」
「そうですね……これは『お嬢様にしか』体験出来ないことですね……ある意味」
よくよく考えたら、トラックに跳ねられて死んだ後に、天使たちによってカンナ・ロベリアの中に引っ越しさせられた、何て体験は彼の言う通り確かに中々体験出来ないことだ。
転生先は絶望でしかないですが、これはこれでアザレアと仲良くなる事が出来る絶好の機会！
幸いこの歳のカンナはアザレアとの面識がない。
だからわたくしは、彼女と出会う前に色々とやっておくべき事があるのですから。
確実にハッピーエンドを迎えるためにも――
「そんなことより、リヒト。わたくしはあなたにある提案をしたいのです」
「提案、と言いますと？」
わたくしは持っていたティーカップをそっと置き、腕を組んで足を組みリヒトの整った顔を見上げる。
「この世界に転生した以上、わたくしは全力でアザレアを幸せにするわ」
「は、はあ……？ それと俺に何か関わりでもあるんですか？」
その問いかけにニヤリと笑い、ヴァイオレットモルガナイト色の瞳に不気味な光が宿る。
「ええ、もちろん。あなたは特に彼女と深い関係があるのよ」
「深い関係？ ……生憎ですがお嬢様。俺はそのアザレアと言う女性の事は一切知りません。お名前だって先程、お嬢様から伺ったばかりです。面識だってありません。それだと言うのに、一体どんな深い関係があると言うのですか？」
困ったように表情を歪めているリヒトを見たわたくしは、椅子からゆっくりと立ち上がってから、ビシッと彼に向かって人差し指を向ける。
そんなわたくしの姿にリヒトは真剣な表情を浮かべた。
「それは……あなたがアムフィオの攻略対象キャラの一人として入っているからよ！！」
「…………えっ？ あ、アム……？ 攻略……キャラの一人？」
彼は一瞬信じられないとでも言うような顔を浮かべたが、直ぐに「何のことだ？」と呟くと、わたくしの言い放った言葉について考え始めました。
そう、リヒトはアムフィオの世界では『四人いる攻略キャラ』の一人としてストーリーに深く関わってきます。
物語が始まる時点でのリヒトはわたくしより二つ年上の十八歳で、カンナ・ロベリアの執事として彼女には心から忠誠を誓っている。
どんな命令でもためらうことなく遂行してきた彼は、カンナ・ロベリアにとっては絶好の駒だった。
リヒトにとってカンナ・ロベリアの言うことは絶対であり、死ねと言われれば死ぬし、誰かを殺してこいと言われれば、疑問も抱かすその命を奪う。
そうして生きてきたリヒトは、いつの日か笑わなくなり、カンナ・ロベリアの操り人形として、常に彼女の側に立っていた。
だからアムフィオ冒頭の彼は、冷酷で無慈悲な性格が目立っていた。
自分の主に害を及ぼす者は決して許さず、アザレア・ラナンキュラスも彼にとってはそう言った対象だった。
ある日、ついにカンナ・ロベリアはリヒトにアザレアを殺害するように命令を下す。
もちろんリヒトはその命令に躊躇うことはなく、彼女に近づいて殺害する機会を狙っていた。
しかし心優しきアザレアと出会った彼は、彼女の事を知っていく内に、ずっと昔に閉じ込めた『ある感情』が蘇り、徐々に笑顔を取り戻していった。
アザレアもまた自分だけに優しい笑顔を向けてくれる彼に惹かれていき、二人は互いに恋に落ちてしまう。
リヒトは初めてカンナ・ロベリアの命令を背き、彼女を説得しようと試みたのですが、幼い頃から自分の側に居たリヒトまでも奪われてしまったと思ったカンナ・ロベリアは、自らの手でアザレアを殺害しようとします。
しかしそれはリヒトによって阻止されてしまい、自分の味方は誰も居なくなってしまったと思ったカンナ・ロベリアは、自ら命を断ってしまった。
その後、リヒトはカンナ・ロベリアを殺害した罪を背負わされ、ロベリア家から追われる身となります。
この先、自分のせいでアザレアを危険な目に合わせたくないと思ったリヒトは、アザレアに別れを告げます。
でもアザレアはそんなリヒトを一人にしたくない、側で支えて行きたいと伝え、二人はお互いの気持を伝え合い、ラナンキュラス家の助力もあって、二人は光ある未来へと共に歩んで行った。
リヒトルートのハッピーエンドまでの流れを説明するとこんな感じです。
初めてアムフィオをプレイした時、私は一番始めにリヒトを選んで物語を進めて行ったんですけど、もう涙ボッロボロでした。
四人いる攻略キャラたちの中で、断トツ人気であるリヒトのルートですが、ロベリア家から追われる身となったリヒトが、本当にアザレアを幸せに出来たのかは誰にも分からないことです。
なのでわたくしはそんな未来をアザレアに歩ませるつもりは一切ありません！
たとえ断トツ人気のリヒトルートであっても、わたくしは死ぬわけには行かないのですから。
「だからリヒト。さっそくあなたの恋愛フラグを折らせて頂きました」
「れ、恋愛、フラグ？」
リヒトはまたもや「何のことだ？」と表情を歪める。そんな彼に歩み寄ったわたくしは、自分の顔をぐっと近づけて言う。
「リヒト。わたくしに協力しなさい」
「き、協力？ いったい何のですか？」
リヒトは頬を赤くしながら、緑色の瞳を大きく見開きながら一歩後ろへと下がった。
その拍子に彼の腰にあるアンティーク調の懐中時計が、左右に小さく揺れた。
ふむ、どうやらわたくしの言っていることが分からないようですね。
彼の金髪の前髪を指先で軽く跳ね飛ばしてから離れたわたくしは、腕を組んで口を開いた。
「まずはアザレアとお友達になるところから始めましょうか」
