5.朝食会再開しました!
レーヌとの朝食会が再開される朝。
テオドールは朝から衣装について、侍従、侍女交えて悩みこんでいた。
「ひさしぶりの食事会なのだから、かっこよく見せたい!」
それに対し、侍従、侍女たちは、
「かと言って、朝なのですから、あまり派手な服もいかがと思います」
その言葉に否やはないのだが、派手じゃなくてもシンプルな服でもいいのだが、僕がかっこよく見える衣装!と思うと、ピンとくるものがない。
「殿下、恐れながら」
リアムに声を掛けられる。
「許す」
「それでは。間もなく開始時間となりますので、早くお願いします」
リアムの冷たい声に焦りだけが募っていった。
同じころ、レーヌもまた衣装について悩んでいた。
今日の侍女はセレストとリゼットという組み合わせで、3人でクローゼットに入りあれやこれやと悩んでいる。
ここに並んでいるワンピースやドレスの半分はテオドールから贈られた洋服で、レーヌの瞳の色に合わせたブルーグレイや、テオドールの瞳の色の金色がどこかに使われている服が多い。
つまり、朝に着るには派手だったり、地味だったりするのだ。
「レーヌ様、そろそろ時間になりますので、決めないといけません」
セレストに言われ、レーヌは頭を抱える。
リゼットはそれなら、と1枚のワンピースを選ぶ。
「冬ですので、銀色のシンプルなこちらでいいと思います」
「うん、そうね。部屋の中で迎えるだけですから、装飾は多くなくても大丈夫よね?」
セレストもリゼットも同じタイミングで頷く。
「わかりました。こちらのワンピースで。髪型は緩く肩に流してくれるかしら?」
「了解しました」
2人の声が同時に聞こえ、やっと着替え始めた。
朝の準備を終えて窓際に設えたテーブルに座り、テオドールがくるのを待っている。
(リュカがテオドール殿下かぁ……)
レーヌはテオドールからリュカであることを告げられてから、考えこむことが増えている。
リュカは貴族だったと思っていたので、純粋に好きでいられたけど、テオドールになると好きになることはあっても、婚姻してしまえば将来の国妃となる。
しばらく受けていた妃教育を振り返ると、その責任は重く、また、それを受け入れられるだけの覚悟も決まっていない。
だから、あの日、プロポーズされて嬉しい、と言うよりは戸惑いが大きかった。
レーヌは考えながらため息をついてしまう。
その時、ドアのノックが聞こえ、リゼットが対応するためにドア越しに対応を始める。
その様子をぼんやりと見ていると、リゼットがこちらを向き、テオドールが来たことを告げる。
レーヌは椅子から立ち上がり、ドアに向かって歩いていく。
ドアの近くでセレストとリゼットに身だしなみを最終確認してもらった後、ドアを開けてもらった。
「おはようございます、レーヌ嬢」
朝にふさわしい爽やかな声色が聞こえる。
レーヌは膝をおり、頭を下げてテオドールを迎える。
「おもてをあげてレーヌ嬢」
レーヌは頭を上げて、まっすぐにテオドールをみつめる。
「おはようございます、テオドール殿下」
その言葉に、ちょっと悲し気な顔をしたまま、左手を差し出してきたので、レーヌは右手をのせると窓際のテーブルにエスコートされる。
2人が座ると静かに食事が運ばれテーブルに並んでいく。
並べ終るとテオドールは、
「では、いただきましょうか?」
「はい」
穏やかに食事が始まった。
「こうやって、また食事ができて嬉しいです」
テオドールは笑顔で弾む声で話したあと、
「レーヌ嬢、その、僕の気持ちは話したのですが、その、レーヌ嬢の気持ちを聞きたいなと思っていまして……」
テオドールが上目遣いに見て、どもりながら聞いてくる。
その問いにレーヌは手に持っていたフォークを皿の上に置き、左手のブレスレットをちらっと見た後、テオドールを見て、
「そうですね……リュカと打ち明けて頂いてからずっと考えているのですが……リュカとテオドール殿下が同じ人物なら気持ちは変わらず、好きなのですが……」
テオドールは歓喜と不安の色を浮かべ、レーヌの言葉の続きを待っている。
「婚姻するとなった場合なのですが……私はまだ、将来の国妃としての覚悟ができていない、と思うのです」
テオドールは数度、頷くと、
「そうですね。僕は王族として生まれたため、小さな頃から教育を受け、環境もあり、将来は国王になることへの覚悟は自然とできましたが、レーヌ嬢はそうではないですよね?不安なこともたくさんあるのは当然のことだと思います。それなら、不安に思うことを僕に話してください。ひとつひとつ、一緒に解決していきませんか?」
テオドールの言葉にレーヌは思わず涙が零れた。
それを見たテオドールは慌てて、ジャケットのポケットからハンカチを出し手渡すと、
「あの、大丈夫ですか?」
と慌てて尋ねる。
「すみません、突然、涙が出てしまいまして……」
「謝らないでください。大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。あの、今の言葉を聞いて、前向きに考えようと思いました」
レーヌは涙をぬぐいながら、少し微笑みを浮かべ、テオドールに伝える。
その言葉に、テオドールの顔色は歓喜一色となる。
「そうだ、毎日、日記を交換しませんか?」
その言葉にレーヌは首を傾げてしまう。
「毎朝、できれば食事をしたいと思っているのですが、できない日もあるかもしれません。その時、レーヌ嬢が悩みを抱えていたらすぐに聞くことができません。それなら、日記に書いてもらえばすぐに知ることができます。どうでしょうか?」
レーヌはいろいろと考えてくれていることに感謝をする。
「ありがとうございます。はい、では交換日記をしましょうか?」
「それでは、すぐに準備をして、明日ノートを持ってきますね」
嬉しそうに話すテオドールに、レーヌは微笑んでいた。
食事が終わり、食後の紅茶を飲んでいる時に、テオドールは居住まいを正すと、
「レーヌ嬢、今回の事件のことを話しても大丈夫でしょうか?」
レーヌの顔を見ながら、言いにくそうに話している。レーヌもまだ居住まいを正すと、
「はい、大丈夫です。お願いします」
と伝えた。
テオドールはリアムに視線を送ると、テーブルに向かってきた。
「詳細はリアムから話してくれ」
「御意」
リアムは頷くと、今回のレーヌが監禁された事件について話し始める。
「イアサント親子を捕縛したあとですが、リシャル元宰相は名誉回復の機会なしと判断し、すべて話しました」
レーヌは静かに耳を傾ける。
「リシャル元宰相は、娘のアデールがテオドール殿下に好意を寄せているのを感じとると、テオドール殿下に嫁がせることを計画します。将来アデールが王族の子を産めばリシャル元宰相は外戚となるため、この王城での立場が強固になると考えたからです。計画を進めている途中でテオドール殿下が自身で婚約者を決めたと情報が入り、慌てて情報収集をしている間に、アンリ国王の弱みを握ることに成功し、それをもとにアデールを婚約者とするように脅しました」
リアムはちらっとテオドールを見る。
テオドールは取り調べをした警備部隊からアンリ国王の弱みについて聞いて、頭を抱えてしまった。
その弱みとは……アンリ国王が夫のいる女性と深い関係にある、ということだった。
そのせいで、レーヌとの婚約が調わなかったのだ。
憤りしか感じず、この話しを聞いてから、父を疎ましく思い、話すことすらしていない。
その事実はまだレーヌに知ってほしくないため、リアムに向かって首を横にふる。
リアムは意図をくみ取ったのか、頷くと話しを続けた。
「婚約者として発表できたものの、アデールの男性関係について頭を悩ませることとなり、庭にあるジキタリスの葉とアルコールで毒薬を作り、計画を妨害しそうな男性貴族を毒殺していきました」
毒薬、という言葉にレーヌは顔をしかめる。
「そこまでしたのに、テオドール殿下との婚約が破棄となったリシャル元宰相は、許しがたいと思い、魔物と闇の契約を交わし、今度はレーヌ嬢を標的にし始めました。それが、連日の魔物退治の時です」
レーヌは標的、という言葉に身震いをする。
「魔物と契約を交わした時に1冊の本を渡され、好きなところに魔物を呼ぶことができるようになりました。レーヌ嬢を徹底的に弱らせ、判断力が鈍ったところで誘拐、監禁することにしたのです。あの朝、呼びに行ったのはテオドール殿下つきの文官である、エドメなのですが、部屋を見張っている騎士たちを眠らせたあとにレーヌ嬢を誘導しました。途中でレーヌ嬢を眠らせ、部屋に運び入れ、目覚めた後はテオドール殿下との婚約辞退を突き付け、拒否した場合には毒殺するつもりだったと……」
リアムはレーヌの顔を見てみるが、やはり相当顔色が悪くなっている。
再び、テオドールをちらっと見ると、頷き、
「レーヌ嬢、怖いことを思い出させてすまない」
テオドールの悩ましい顔を見て、レーヌは首を横にふり、
「いえ、偽婚約者になる時から気になっていたことですので、真相がわかりほっとしました」
強がりそう言ったが、テオドールはその表情を崩すことなく、
「エドメについても申し訳なかった。まさか近くの人間が裏切るとは……しっかりと処分します」
テオドールは沈んだ声で話す。
エドメについては少し嘘を話した。
リシャル元宰相はレーヌの婚約辞退計画について慎重に進めていたため、エドメがばらしてしまわぬようにと殺害したと話した。
レーヌ嬢を昏睡させたあと、あの部屋まで運びこんだあと、手伝ってもらった礼にお金を渡すから、屋敷にきてくれといい、その日の夜に応接間で睡眠薬を飲ませたあと、首を絞めて殺害し、庭の片隅に掘った穴に埋めたと話した。
その後、イアサント家に警備隊が駆け付け、魔物と契約した証の本を回収し、死体を埋めたと供述した場所を掘るとエドメが変わり果てた姿で見つかった。
「以上が今回の件についての話しになります」
リアムは話し終えると一礼し、ドアの近くに戻る。
「レーヌ嬢、今日はいろんな話をしたため、疲れたと思いますので、ゆっくりと休んでください」
テオドールは執務に戻るために、レーヌの部屋を退出するときにそう声を掛ける。
その言葉にまだ顔色の悪いレーヌは頷き、テオドールを見送った。