6.本物の婚約者になります!
イアサント親子の事件から二ヶ月後、レーヌとの城外デートが実現する日がやってきた。
テオドールは朝から執務をこなしているが、誰の目から見てもそわそわしているのがわかる。
今日も朝からテオドールの護衛についているリアムも、落ち着きのない殿下に対して、苦笑しつつも見守っている。
穏やかな時間が流れる中で、テオドールとレーヌのことを考えていた。
テオドールが言い出した交換日記は毎日続き、また、テオドールの文官達の調整力で毎朝の食事会は途切れることなく続いている。
日記なので、リアムが読むことはなかったが、レーヌの顔が日に日に穏やかになり、笑顔も増えていき、自然と、テオ、と呼ぶことも増えていった。
「リアム!」
殿下に呼ばれ、はっとする。
「もう時間だ!準備をしていくぞ!」
と弾んだ声が聞こえたので、
「了解しました」
と答え、殿下の私室に向かった。
私室の中では、テオドールと侍女が外出するための洋服を選んでいた。
お忍びでの外出なので、リュカの時に着ていた洋服を選んでいるのだが、なかなか決まらないようで、悩んでいる。
「殿下、プロポーズの時に着ていった洋服でいいのではないでしょうか?」
その言葉にテオドールは首を傾げる。
「レーヌ嬢に花束でプロポーズした時のです」
その言葉に顔を明るくし、クローゼットの中に入ると、その時の洋服を探し、そのまま着替える。
白いシャツに薄いグレーのスーツを身に着けた殿下は
「どうだろうか?」
と聞いてきたので、リアムは、
「とてもお似合いですよ、殿下」
「よし!」
気合を入れると、机に向かいその上に置いてある小さな箱をポケットに入れて、用意していた白い花を持ちブレスレットを左手首に着けると、レーヌの部屋に向かった。
レーヌはテオドールが執務を行っているときから準備を始めていた。
洋服の色味を合わせたいと思っていたが、執務中でまだ着替えていないとのことなので、今日そばにいる侍女のセレストとリゼットと相談し、冬なので、ということで薄いグレーの飾りのないシンプルなワンピースに着替える。
髪はハーフアップにしてワンピースと同じ色のリボンで結び、装飾品は左手首に着けたブレスレットだけにした。
準備を終えて紅茶を飲んでいるときに、ドアのノックが聞こえ、リゼットが確認すると、テオドール殿下が来たことを告げる。
その言葉に席を立ち、ドアの近くで待機する。
準備が整ったところで、リゼットがドアを開けてくれた。
ドアを開けた瞬間、テオドールの姿を見て固まる。
洋服の色味が似ていることも驚きのひとつだが、大きな白い花束を持って立っていたからだ。
「アングレカムとアスター……」
レーヌは花束を見て、わずかに微笑み呟く。
2人にとっては思い出深い花だ。
「レーヌ嬢、今日はよろしくお願い致します」
テオドールは笑顔で話すと、花束を渡す。
レーヌは受け取ると、
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
と返し、花束をリゼットに託すと、テオドールが左手を差し出してきたので、右手をのせたが、そのまま手を繋がれ、馬車が止まっている場所まで歩いた。
馬車の中はテオドールと2人だけなので、レーヌは少し緊張してしまう。
レーヌの緊張が伝わったのが、テオドールは、
「今日を楽しみにしていて、昨日からわくわくしていました」
と子供のようなことを言い出して、くす、と笑ってしまう。
「僕の夢だったんです。好きな人と一緒に町を歩いてデートしたいな、って」
レーヌはテオドールの立場を思うと、それが安易に実現できない夢だとわかる。
「では、今日は一緒に楽しみましょうか?」
その言葉に喜びのあふれた笑顔で何度も頷くテオドールを見て、またくす、と笑ってしまう。
今日はシリカの雑貨店に寄って買い物をし、公園を散歩して、町の中のカフェでお茶をして帰城というスケジュールになっている。
町の中心部に近いところに馬車を置いて、シリカの店へと向かうが、馬車を降りたあと、顔を赤くしたテオドールが、
「あの、今日は手を繋いでもいいですか?それと、テオ、と呼んでもらってもいいですか?」
とお願いされるので、レーヌは頷いた。
シリカの店に行くと、すでに連絡がしてあったようで、貸し切りになっている。
「レーヌ、ひさしぶりだな。体調は戻ったかい?」
「ありがとう!ものすごく元気にしているわ!」
ひさしぶりの警護団員との会話に嬉しくなり、話しが弾む。
ふと、テオドールを見ると、しょんぼりとしながら小さな店の中の商品を見ていた。
シリカも気づいたようで、
「あっ、悪いな」
とお互い気まずい顔になってしまった。
レーヌは思い切って、
「テ、テオ!」
と呼んでみると、一瞬にして顔を上げるといい笑顔になる。
「レーヌ、こちらにきてください!」
と喜びあふれる声でレーヌを呼ぶ。
「いや、なんだ。愛されているんだな、レーヌ」
シリカの言葉で顔が赤くなってしまう。
「レーヌ、この置物みてください。」
テオドールが指さすところを見ると、銀製で猫が座っているところをかたどっていて、しっぽが上に伸びていた。
「ああ、それはしっぽには指輪、首にはブレスレットが掛けられるようになっているんだ」
シリカが説明してくれる。
「アクセサリー置きか……これは2つある?」
「あるよ!」
と棚の下から在庫を取りだす。
「じゃあ、これ2つください」
テオドールはニコニコしながらシリカに伝える。
「まいど!」
シリカは会計台の下から、ワインレッドのビロードの袋を2枚出すとそれぞれに1つずつ入れてテオドールに渡す。
「ありがとう!」
テオドールは笑顔を炸裂したまま、シリカに礼を伝える。
「こちらこそ、ありがとうございます!」
シリカも礼を言って、2人を見送る。
店を出ると、レーヌの手を握り町の外れにある公園に向けて歩き出す。
「いい買い物ができました」
嬉しそうなテオドールの声に笑みがこぼれる。
「城に戻ったら、渡します」
レーヌは笑顔で頷いた。
シリカの店からそう遠くないところに市民の憩いの場である公園がある。
公園の中央には大きな噴水があり、その周りは四季に応じていろんな花が咲き乱れる。
テオドールはレーヌの手を握り歩きながら、そわそわし始めた。
その様子に、
「あの、テオ?」
「あ、すみません」
上の空のような感じを受けて、どうしたのだろうかと思いつつ、テオドールに合わせて歩く。
そのまま無言で歩いていると、1つの岩の前にたどり着く。
その岩はハート型をしており、岩の前でプロポーズをすると永遠の幸せがもたらされると市民の間で囁かれている。
その話を思い出したレーヌは顔が赤くなってしまう。
テオドールは深呼吸した後にレーヌに向き合い、両手を握ると、
「前にプロポーズをしたときに返事はいつでも、と伝えましたが、今日その返事を聞かせてもらえますか?」
テオドールの真摯な顔がレーヌを見つめている。
レーヌは一度俯き、こくんと頷くとテオドールをまっすぐに見上げる。
少し不安げな表情を浮かべているテオドールに、レーヌは少し微笑むと、
「はい、お受けいたします」
とテオドールの顔を見つめて伝えた。
「正直、今でもリュカとテオが同一人物、ということを受け止めきれていない時もあります。けれど、リュカもテオも国を守りたいと言った時の凛とした強いまなざしを見て、この人を支えたいと思ったのです」
レーヌはふっと息を吐くと、
「まだまだテオを支えるのは力不足ですが、これからテオの隣に立つのにふさわしい妃となるために努力致します」
そこまでレーヌが話した時、感極まったテオが抱きしめる。
「レーヌ、ありがとう。僕も国とレーヌを守れる強い男になる」
テオドールに抱きしめられながらも、レーヌはこくんと頷く。
「本当にありがとう、レーヌ。ずっと守っていくから」
とテオドールは言うと、レーヌの顔を両手で挟み額にキスを落とすと、体を離した。
「それとこれを」
と言ってポケットから出した、小さな箱のふたを開ける。
そこにはレーヌの誕生石であるシトリンが指輪を囲むように1列に並び輝いていた。
テオドールはレーヌの右手をとり、指輪を薬指にはめると、指輪の上にキスをする。
「最愛の人、ずっと僕のそばにいてください」
その言葉にレーヌは涙を流しながら、こくんと頷くと、
「はい!これからもよろしくお願いします」
と笑顔で伝えた。
テオドールもまた優しく微笑みながら、レーヌを見つめている。
テオドールとレーヌの護衛達は、離れたところから、そっと、2人の幸せが永遠に続くように願い、静かに見守っていた。