①
『散歩』のさなかは随分静かだった。シャイと歩いていてこんなふうになったことはない。鳥がさえずるようにどちらも言葉を切ったりしないのだから。
歩く大通り。街灯が灯って、人通りはまだちらほらある街中を黙々と歩いていく。
どこへ連れていかれるのかしら。
隣を歩くシャイ。今は王子様ではなく、庶民の、少なくとも庶民になりきった、カフェウェイターとして働く男のひとのシャイ。なにを考えているのかわからなかった。
そのうちシャイは大通りを外れて細い道へ入っていく。暗い道を歩くことになるので、サシャはちょっとどきりとしてしまった。
バーの仕事を早く上がれたとはいえ、もう零時近いだろう。そのような時間にこんな道を。
サシャが不安になったのを察したように、隣のシャイが視線を向けてきた。
「サシャちゃん」
不意に手が差し出された。今は手袋もなにもない、素手だ。
「大丈夫だよ」
ふっと笑われて、それはいつもどおりのシャイの笑顔だった。サシャは少しほっとした。
でも手を差し出されたということは、手を繋ごうということだろう。
ためらった。この街で一緒に過ごしていたときにはこんなこと、当たり前のようにしたことがなかったために。
ミルヒシュトラーセ王国での数日。
クリスマスパーティー。
あのときのことと、今、ここの現実が交錯する。
しかしサシャの心は決まっていた。そろそろと手を伸ばしてシャイの手を握る。
大きくてあたたかかった。それはもう、手袋越しの感触とは比べ物にならないほどに確かな存在感が伝わってきて。
ああ、彼は今ここにいるのだわ。
これも確かに現実。この街で一緒に過ごしているのだって、現実。
「行こう」
サシャが応えたことに安心したのだろう。そっと手を引っ張ってシャイはまだ歩いていく。
どこまでいくのか。
もう一度不思議に、ちょっと不安にも思ったけれど、男のひとが一緒なら大丈夫だろう。