:離宮の秘密は:
現在、『離宮』の玄関前にすっくと立つマリアベルの手には、著しく不釣り合いな家宝の『長剣』と『盾』が握られている。そして背中にある布袋には、はち切れんばかりの荷物。
華奢な体には、とても重たそうである。
そして彼女の背後では、いつの間にやってきたのか彼女の父親の他に、領民、なぜか国王の家臣たちが集い、ハンカチを振って見送っている。
「何が何でも生きて帰ってくるんだよ! 愛しのマリアベル……!」
「ええ、もちろんですわ、お父様!」
彼女の父親は、娘を力いっぱい抱きしめた後、馬車に乗り込んで扉を閉める。そしてマリアベルは、優雅に振り返り、華麗に膝を折って父や見送りの人々に一礼する。その一挙一動が、絵画のようでもありオペラ歌手のようでもあり、人目を惹きつけてはなさない。
「さ、参ります……案内をお願いできるかしら?」
穏やかに、目の前の兵士に乞う。
「ま、マリアベルさま……こちらです」
どこか上の空の門番に導かれて、玄関の脇にある小さな扉を潜った。
そこはどうやら、兵士の詰め所であるらしい。狭く汚く薄暗い部屋で、当然マリアベルはこのような部屋に入るのは初めてだ。だがそれを表情や口にだす彼女ではない。
「あー……マリアベルさま、お座りください」
「ありがとうございます」
「手続きをしなければなりませんので……」
はい、とマリアベルは素直に椅子に座った。彼女が座った拍子に砂埃が舞い、ドレスが汚れる。門番はそれを気にしたが、マリアベルは気にする様子もない。
彼女が瞬きをし、呼吸をし、小首をかしげるだけで、小汚い部屋がぱあっと明るくなる。門番が、どぎまぎしながら書類を読み上げはじめた。
その声は震えて噛みまくりで聞き苦しいものだが、マリアベルは微笑を絶やすことなく聞いている。そこには、マリアベルの罪が至極適当に書かれ、氏名や家族構成が書かれた後、離宮流しの刑罰に処す、と書かれてある。
「以上でございます! これに、間違いはございませんか? 間違いなければ、サインをお願いいたします」
「あの、間違っているのですけれども……」
「え? どこがでしょうか?」
「わたくしの犯した罪は……泥棒ではございませんので……」
「ああ、この欄は適当でいいのです」
なんて適当な司法なのかしら、とマリアベルは呆れるが、今更それを言っても仕方がない。
「確認いただきたいのは、お名前とお父上の爵位と領地、そこです」
そこに間違いございません、と応えたマリアベルは、門番の手から書状と羽ペンを受け取って、さらさらとサインをする。
「できました」
本当に、彼女は罪人なのだ。こんなに美しいのに信じられない、と、門番はマリアベルに見惚れた。
「あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「へ、へぇ! なんでござんしょう?」
「わたくしは王に、離宮の最深部にある王家の宝物庫から初代王が使用したルビーのついた魔法の剣を持って帰れば罪を一切合切許す、と言われてこちらに参りました」
「は、はぁ……?」
「宝物庫とは、離宮のどこにあるのでしょうか?」
こまったな、と、門番は腕を組んだ。あーとかうーとか一頻り唸ったあと、決意したように一つ頷いた。
「マリアベルさま、本来はしゃべっちゃならねぇことなんですが……お教えいたします」
「はい」
「この建物は『離宮』という名のダンジョンです」
兵士の口から思わぬ言葉が飛び出す。
「ダンジョン……? 冒険者や探検家が潜っていくという?」
「はい。そうです。この国で『離宮流し』『離宮送り』というのは、ダンジョンに入って冒険していただくことです」
そうなのですか! とマリアベルの目が丸くなった。
「古い離宮でひっそり暮らすことが、離宮流しではないのですか?」
「本来は、そうです。昔……といっても、三十年ほど前まではそうだったと聞いております。しかし今は、違います。実はこの離宮の地下は複雑な構造の迷宮になっておりまして、さまざまなモンスターが棲息しています」
「も、モンスター……?」
ごくり、マリアベルが生唾を飲み込んで身を乗り出す。もっと詳しく、とつぶやく。
「はい。人を襲う化け物から、人を助ける化け物まで種類は豊富です。どんなモンスターが住んでいるのかを研究している専門家もいるくらいです」
彼は、古びた本棚から一冊の冊子を抜き出し、マリアベルに手渡した。
「ここには、ごく一部のモンスターがのっています。弱点や対処法も書いてあります。……ご活用ください」