埋まらない想い
深雪は閻魔庁の資料室に寄る。法律の本もあるが、木製の自販機も置いてある。そういえばと休憩室を見渡す。今日は陪審員のお供で玄助も来ている。
「大分待ちました?」
「そうでもないよ、駄菓子買ったから」
テーブルにお菓子の残りはなく、包みは屑篭に捨てられている。明治の自販機は
中はたくさんの物を置けないので、しょっちゅう下っ端の小鬼が入れ替えている。この小鬼はきれい好きで、玄助が散らかそうとしても片っ端から片付ける。
玄助はまだ待たなければいけないのかもという表情で深雪を見上げる。
「みゆみゆは調べ物があるんだよね?」
妖しはニンゲンにとって危険なので、裏横丁のある地点から出ないよう決められている。許婚の行方……戦死したという話だけでは納得できない……を調べたい。裏横丁から出た例外を調べれば、行けるようになるかもしれない。でももうお昼になる。
「今度にしましょう。裁判に時間が掛かってしまいましたから。2つお弁当持ってきましたよ」
手弁当を食べれると知った玄助は、喜んで尻尾をばたつかせた。
今日は天気も良くて、深雪たちは異世界通りの公園でお昼を食べる。ゆっくりとブランコに座ると、弁当包みのハンカチーフを解く。
「子供のお客も欲しいんだよね?」
横の玄助はブランコを漕いでいる。渡した弁当は吹っ飛んでしまわないかと不安になるけれど、妙な妖力の使い方で体に固定している。
「雑貨は投げ輪や独楽も売ってますからね。近所に学校がありましたらよかったのですけど」
江戸時代頃は子供たちで賑わう寺子屋があった。商業地区なので、あっという間に3階立てくらいの建てものに変わってしまった。寺子屋の頃を知っていて用意した子供目当ての商品は、埃を被って埋もれている。
異世界通りは昼頃は安全だが、それ以外は恐ろしい悪鬼の時間になる。玄助は危ないという感覚が薄い。濡女から簡単に助けてしまった所為《せい》かもしれない。安全にするために閻魔庁から妖怪警官が派遣されていた時もあったが、全員喰われてしまって諦められた。
「ここで夕やけを見たいな。みゆみゆは強いんでしょ?」
「本当に強い者はね、誰も傷つけない者なのよ?」
玄助は分かってるという顔をして、ブランコから離れる。
「わたしは彼を拒絶した弱い者……」
聞こえないように呟いた声は、異世界通りの片隅ではじけて消えた。
日曜はお店が休みで用事はないのだが、午後になんとなく店に入って奥の控え室で商品サンプルのパズルを解く。神社に鳥が舞っている絵柄の木片で、あの時のことを思い出して悪い感情になる。
「四隅埋まらない……? 1ピース足りない?」
探そうと思っていたら店の呼び鈴が鳴った。深雪もこちらの人ではないが、もっと酷い方言の商人……木村が姿を現す。
「おや……来るだけ無駄だと思ったのに、深雪さんいるじゃおまへんか。ご都合よろしか?」
コップやアロマを取り扱っている人で、雲龍入道の店にも同じものを安く入れている。それでは売れなくなるので、入れるのを止めてと苦情を言ったばかりだ。
「本社に確認したんやが、先だからといって
しかし深雪の店では大量には売れない。買うことはできない。
「納得していただけましたやろか? 何があってもニコニコで頼んます。濡女との立ち回り、聞いてますで。深雪はんニコニコ。木村もニコニコ」
失礼なことに、木村は深雪が恐ろしい相手だと認識している。強く出ると逃げ帰ってしまいそうだし、売れない商品を多く買うわけにいかない。
「ごめんなさい。2倍は買えないし、今までより少し減らした数に」
今月売れた数を木村に伝える。木村は残念そうな顔をしたが、深雪にとってはもっと深刻だ。