③
しかし、よく考えればおおごとである。
庶民の自分が王族……とまではいかないが、貴族の娘かなにかのふりをするのだ。シャイは「サシャちゃんなら大丈夫」と言ってくれたがまったく自信がない。
ちょっとは貴族のことに関して勉強しておかないと。
思ったサシャはそれから空いた時間、毎日のように図書館へ向かった。そこで王族に関する資料や、貴族の生活について書かれた本をいくつも読んだ。こんなもの、しょせん付け焼き刃でしかないけれど、無いよりはましだろうと思って。
そしてそうしているうちに、別のことも気になってきた。
シャイが自分のことを選んでくれた、という事実。
恋人のふりをしてほしいと言ってくれた。それは自分に対してなにかしらの想いを抱いてくれる気持ちが少しは、ほんの少しはあるからではないだろうか。
少なくとも偽装の対象にしてくれるなんてくらいには、女の子として見てくれているということで。
つまり、偽装であっても彼の『お姫様』になれてしまうということで。
思い至ったときには思わず本で顔を隠してしまった。恥ずかしいけれど、嬉しすぎる事実だ。本当の恋人になれたらいいのに、なんて叶うかもわからないことを思ってしまう。
いや、叶うはずはないのだけど。シャイが本当に、街中のカフェウェイターとして働くただの庶民の男性であれば、まだ可能性はきっとあった。
けれど、シャイが『ロイヒテン様』である以上、それは多分叶いやしない。
きっといつかは家に戻って相応の貴族かどこかの娘と結婚するのだろう。自分で言っていたように王位継承権が低いというなら、王位を継ぐかはわからないけれど、少なくとも王子の一人であればそうあって当然。そう考えると胸は痛む。
けれど自分が望むなど図々しい。ふりであっても恋人と振舞えること。このようなことについて考えると、ある意味降ってわいた僥倖ともいえた。
だから、せっかくだから享受してしまいましょうか。
前向きなサシャはそう思うことにして、二週間はすぐに経ってしまった。