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誘拐

 包丁か?いや、ニンジンか?それともじゃがいもか?

「あー、わからん!」
「まだわかんないのかよ、ロテス。答え教えてあげようか?」
「教えて」
「葉っぱだよ、微妙に形が違うだろ?」
「ホントだ!よくこんなのに気が付いたなぁ」
「頭の出来が違うのさ」

 前にもウチで預かった事があるノレスという子供と間違い探しをして遊んであげている。今日お母さんに買ってもらったばかりの間違い探しブックを使って、どちらが早く間違いを探す事ができるか勝負しているのだが、全然ノレスに勝つ事ができない。一人の大人としてこのまま引き下がるわけにはいかない。なんとしてでも1勝ぐらいはしたいものだ。まぁ本来は大人だったら全勝するのが当たり前なのだが、この子が強すぎるのか、俺が弱すぎるのかわからないが、とにかくこんな結果になってしまっている。
 はぁ、情けない…もしかして俺ってアホだったのかな…

「次だ、次こそは絶対に勝つ!」
「何回やっても結果は同じだと思うよ」

 ノレスは次のページをめくった。
 杖か?杖は同じか…じゃあ帽子か?いや、帽子も同じだなぁ…今回も難しいなぁ…
 どれも同じに見えてしまう。子供の遊びだと思ってなめていた。今の子供たちはこんなに難易度の高い遊びをしているのか。でもこれは頭の体操にちょうどいいかもしれない。ボケ防止のために高齢者がやってもいいんじゃないだろうか?でも高齢者には難しすぎるか。何しろ俺でもわからないのだから。

「俺もう分かっちゃったよ」

 ノレスは自慢げな表情を浮かべた。

「はやっ!まだ3分ぐらいしか経ってないじゃん!もしかしてお前天才か?」
「ふふん、今頃気づいたか」
「どれなんだ?教えろよ」
「しょーがないなー。襟を見てごらんよ、少しシワが入ってるだろ?」
「マジだ!すげーなお前」
「そうだろ、そうだろ」

 カラン、カラン。

 入口の鐘の音が聞こえた。俺は玄関まで行き、扉を開けた。

「毎度、毎度ウチの子を預かってもらっちゃってすみません。ノレスったらすっかりロテスさんの事が好きになってしまったみたいで、ロテスさんに会いたいって毎日うるさいんですよ」

 なんだ、ノレスって意外とかわいいトコあるじゃないか。

「ママそんな事言わないでよ!ロテスのばーか」

 やっぱりこのガキ生意気。

「こらっ、バカなんて言うんじゃないの!ロテスさんに失礼でしょ!」
「はーい」
「いいんですよ、子供の言う事ですから」

 俺は懐の大きい人間だと思われたかった。

「ホントにロテスさんっていい人ですね。それでは失礼します。ほらっ、行くわよ、ノレス」

 お母さんと手をつないでノレスは去って行った。
 ふー、やっと帰ったか。そろそろナレアを起こそうかな。俺はソファで横になってるナレアのぼっぺをペチペチ叩いた。
 
「おいナレア、そろそろ起きろよ。寝すぎだぞ」
「ふにゃ、へ?もう朝?」
「何寝ぼけてんだ。もう昼だろ」
「げっ、もうこんな時間!?気持ちよくてつい…」
「ちゃんとこの前の件の報告書書いておけよ」
「わかってるって」

 俺達は雑務を片付け始めた。意外とやる事はたくさんある。そういえばそろそろ部屋の掃除もしないとな。
 ノレスが帰って3時間ぐらい経った頃。俺達が熱心に仕事をしていると鐘が鳴った。扉を開けるとノレスのお母さんが息を切らして立っていた。

「はぁ…はぁ…あの、大変なんです。私がちょっと目を離したすきに何者かにノレスがさらわれてしまいました。今さっき犯人からテレパシーで連絡がありまして、午後5時までに1000万ヘラス用意しろ。もし用意できなければノレスを殺すと言ってきました。私どうしたらいいのでしょう?」
「それは大変な事になりましたね。誘拐ですか。金の受け渡しはどうなってるんですか?」
「犯人グループの一人が5時に瞬間移動でウチまで来る事になっています。必ず私が金を渡せと言っていました」
「なるほど」

 俺は考えた。どうすれば無事にノレスを助け出す事ができるのか。なにしろ、もし失敗すれば尊い子供の命が失われる事になる。失敗は許されない。とにかく、とりあえずノレスにテレパシーを送ってみよう。
 俺はノレスにテレパシーを送った。

「ノレス、大丈夫か?」
「…」

 ダメか…俺のテレパシーを妨害する魔法を使っているようだ。相手が何人いるかもわからないが、あの方法しかないか。

「お母さん、一つ提案があります。俺は変身魔法が使えるのですが、その魔法を使ってお母さんに変身して、私が金を犯人に渡します。しかし、ただでは渡しません。ノレス君の無事を確認できないと金は渡せないというのです。そうすれば、もしかしたらノレス君のいる場所に連れていってくれるかもしれません」
「お金を払えばノレスが帰って来るなら、要求通りに金を払ってしまえばいいのでは?」
「金を払えば確実にノレス君が帰って来るとは限りません。というより、犯人のなにかしらの情報を知ってしまったノレス君を黙って解放するというのはかなり確率は低いと思います」
「確かに…ではその方法でお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、犯人の要求してきた1000万ヘラスは用意できますか?」
「はい。金庫にそれぐらいのお金は保管してあります」
「では、急いでノレス君の家に行きましょう」

 俺とお母さんは急いで家に向かった。全力で走ったので10分ぐらいで着いた。お母さんは金庫から1000万ヘラスを取り出し、バッグの中に詰めた。準備ができると、本物のお母さんはタンスの中に隠れた。俺はお母さんそっくりに変身した。我ながら見事な変身だ。さぁあと5分だ。
 
 カラン、カラン。

 入口の鐘がなった。俺は扉を開けた。

「ちょっと早いが問題ないよな?もちろん金は用意できてるんだろ?」
「ちゃんとここにあるわ」

 女言葉って慣れないなぁ。

「よし、よし、こっちに渡せ」
「待って。ノレスの無事を確認させて!その後で金を渡すわ」
「なんだと!?まぁいいだろう。俺の肩に手を乗せろ。息子の所まで連れて行ってやる」

 俺は相手の肩に手を乗せた。

 ビュン。

 一瞬でどこかの廃屋に移動してきた。ノレスが口をふさがれ、手と足を縛られこちらを見ている。ノレスのすぐ横には男が一人いる。瞬間移動ができる奴とその男の2人だけのようだ。大人数じゃなくて助かった。

「おいおい、なんで母親がここにいるんだ?」
「どうしても息子の無事を確認したいって言うもんでよ。ほら、金を渡しな」

 俺は変身を解いた。

「何!?変身してやがったのか!?なめやがって!」

 男はナイフをノレスに突き刺そうとした。

「ダバシャ!」

 俺は水魔法を使い、水滴の弾丸が男を襲った。全弾命中し、男は倒れた。

「お前もやるか?」
「ちくしょー、おぼえてやがれ!」

 そう言うと、負傷した男を抱えてどこかに瞬間移動して、逃げて行った。

「ノレス大丈夫か?」

 俺はノレスの拘束を解いた。

「わー、怖かったよー」

 ノレスは俺に抱きついてきた。
 やれやれ、いつもは生意気なこの子もさすがに今回の事件はこたえたようだな。

「なんて言うと思うか?」

 ノレスは俺の股を蹴り上げた。

「ふぎぇー」
「来るのが遅いんだよ!俺が死んだらどうするんだ!?ホントに使えないな、ロテスって」

 やっぱり助けない方が良かったかな?

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