子守りとケーキ屋騒動
今日は子守りの仕事だ。朝早くからノレスという7才の男の子を預かっている。7才だったらもう一人でお留守番しててもいい年頃だと思うのだが、親はそうは思っておらず、誰か大人が傍にいないと不安なのだという。まぁウチとしてはお金になるので、他人の教育方針などどうでもいいのだが。
「次ロテスの番だぞー。早くしろよー」
「まぁそう慌てるなよ」
これまで積み上げてきたタワーのてっぺんに俺はそーっと木でできた小さなブロックを置いた。
ガラガラガッシャ―ン。
「あははは、ロテスの負けー!ロテスは弱いなー」
今俺とノレスがやっているゲームは「ジェラン」といって様々な形をした小さな木のブロックを順番に積み上げていき、積み上がったタワーを壊してしまった人の負けという遊びだ。ちなみに俺は今、連敗中である。
「くそっ、もう一回だ!今度こそは勝つ!」
俺は熱くなっており、この子をお守りする立場だという事をすっかり忘れて、ゲームに没頭していた。このゲームにはコツがいるらしく、ノレスはそのコツを熟知している。しかし、俺は今日初めてやる遊びなのでなかなかコツをつかめないでいる。熟練者とはいえ、こんな幼い子供に負けてバカにされっぱなしでは終われない。なんとか一矢報いたいところだ。
ふー、落ち着け。俺がこの程度の事ができないはずがないんだ。どんな魔法だって誰よりも早く、誰よりもうまくマスターしてきた。俺は天才のはずだ。自分を信じろ。行くぞ!それっ!
俺は静かに木のブロックを置いた。
ドンガラガチャ―ン。
「あーあ、またロテスの負けだよ。なんかだんだんロテスが哀れになってきたよ」
ちきしょー、こんな子供に哀れに思われるなんて屈辱だー。なんて言い訳すればいいんだ…なにか…なにか大人のメンツを保つ事ができる言い訳は………………そうだ!わざと負けた事にすればいいんだ!子供相手に全力を出すわけないだろうという雰囲気を出せばいいんだ!
「てへへ、また負けちゃった。ノレスみたいに強い子が相手だととてもかなわないよー。いやー、まいった、まいった、なははは」
「これからはノレス様と呼べ」
うっせークソガキ!下手に出ればいい気になりやがって!ぶっ飛ばすぞ!
「コラコラ、大人に向かってそんな事言うんじゃないの」
「ロテスが子供相手になんども負けるからだろ」
ほんっとに生意気な小僧だ。仕事じゃなかったら、とっくにひっぱたいているところだ。
カランカラン。
入口の鐘を鳴らす音が聞こえた。
俺はすぐに玄関まで行き、ドアを開けた。
「こんにちわ、遅くなってすいません。ノレスはいい子にしてましたか?」
ノレスのお母さんがやってきた。
「ええ、とってもおとなしくて、かわいらしい子ですねー」
心にもない事を言うのは得意だ。
「本当は迷惑だったんじゃないですか?」
そのとおりです。わかってらっしゃる。
「とんでもない。とても楽しい時間を過ごせました。また機会があればいつでもお守り致します」
「それなら良かったわー。また近々お願いする事があるかもしれませんがその時もよろしくお願いします。ほらっ、ノレスいくわよ」
「はーい」
「それでは私達はこれで失礼します」
「はい、お気をつけて」
ノレス親子が帰った直後、台所からナレアが料理を持って部屋に入ってきた。
「お待ちどーさまー!ケーキできたよー!ってあれ?ノレスは?」
「今帰ったよ」
「そんなー、せっかくケーキ作ったのにー」
「もうちょっと早ければ間に合ったのになぁ」
「久しぶりに作ったから手間取っちゃったの」
そう言うとナレアはケーキをテーブルの上に置いた。
「そうなんだ。それじゃあさっそくもらおうかな!いただきまーす」
俺はケーキを一口食べた。
「ん?ちょっと甘すぎないか?」
「え?そう?ちょっと砂糖いれすぎたかな?」
「それにクリームで隠してるけどちょっと焦げてないか?」
「あっ、バレた?実は少し焦がしちゃったの…」
「もしノレスが食べてたらボロクソに文句言われてたと思うぞ」
「そーかなー。はー、ケーキうまく作れるようになりたいなぁ」
「だったら最近できたうまいって評判のエラメスっていうケーキ屋さんに弟子入りするか?」
「それいいかも!ちょっと行ってみようよ」
俺達はさっそく準備を整えて出発した。エラメスまでは片道だいたい1時間半ぐらいの道のりだ。ちょっと遠いがそれだけの価値があるとふんでいる。ナレア一人で行けばいいのになぜ俺までついて行くかというと、それはもちろんおいしいケーキを食べるためである。おいしいものには目がないのだ。うまいラーメン屋があると聞いて片道3時間かけて食べに行った事があるほどだ。
どんなケーキが待っているのかよだれを垂らして、色々イメージしながら歩いていたら、急に空からオレンジ色の雨が降ってきた。
「なんだこれは!?毒かもしれない!よけろナレア!」
「避けられるわけないでしょ!それにもう体に当たっちゃってるわよ!」
俺は体が溶けたりしてないかチェックした。
「大丈夫そうだな」
「これオレンジジュースだよ、ロテス」
「なめたのか!?」
「うん、どんな味かなぁと思って」
「たまたまジュースだったからよかったけど毒だったらどうするんだ!?」
「その時は死ねばいいじゃない」
ナレアのそういう割り切った性格嫌いじゃないが、いつかホントに命を落としそうで怖い。
「まぁ覚悟ができてるならいいか。それよりなんでジュースなんて降ってるんだろ?」
「不思議だね。あっ、エラメスが見えてきたよ」
歩を進めてエラメスまで辿り着くと、店の前には長蛇の列ができあがっていた。俺達は最後尾に並んだ。俺は前に並んでいる人にさっきのジュースが降ってきた件について聞いてみた。このへんではよくあるようで原因はわからないが、この店がオープンしたあたりからその現象が始まったらしいという情報を得る事ができた。
40分ぐらい待ってやっと順番が回ってきた。俺達はあらかじめ調べておいたこの店で1番うまいと評判のケーキを買う事にした。
「スーパーデラックスケーキ下さい!」
気持ちがたかぶりすぎて、俺はつい大声をだしてしまった。
「はい、500ヘラスになります」
俺は500ヘラスを差し出した。
「ここのケーキがものすごいうまいと聞いてわざわざサンミリアから来ちゃいましたよ」
「ほう、それは嬉しいねぇ。でもサンミリアからだとそうとう時間かかったんじゃないかい?」
「結構歩きましたよ。でもおいしいものを食べるためであれば苦ではありませんよ」
「味には自信あるから後悔はさせないと思うよ!」
「はい、俺達も期待しています」
「新商品のイチゴチョコホイップケーキもおすすめだけど食べないかい?」
「とりあえず今買ったケーキを食べてから決めようと思います」
「そっかぁ。でも今日はお兄さん達が最後だからもう店閉めちゃうけどどうする?」
「迷いますけどまた次の機会にします」
「わかった。今日はホントにありがとな!」
話し終わると俺達はすぐに近くのイスに座り、包みからケーキを取り出した。見るからにうまそうなケーキをサッとフォークですくい、口の中に放り込んだ。
「うん、うまい!こんなおいしいケーキは食べた事がないよ!」
俺はつい興奮してしまった。
「ホントおいしい!来て良かったね」
「あっ!そういえば本当はケーキの作り方を教わりに来たんだよな?」
「そうだったね。もう店閉まっちゃったけど大丈夫かなぁ?」
「大丈夫、大丈夫」
俺達は裏口に回り、扉を開けた。
すると、驚きの光景を目の当たりにした。
なんと人型の緑色の皮膚のモンスターが魔法でケーキを作りだしていたのだ!俺は驚いてガタッと音をだしてしまった。
「誰だ!?」
「さっきケーキを買った者です」
「君達か」
「その声は…さっきケーキを売ってくれたおじさんですよね?」
「そうだ。お前達は決して見てはいけないものを見てしまった。残念だが死んでもらう」
そう言うとモンスターは魔法を使い、ビスケットをものすごい速さで俺達めがけて飛ばしてきた。俺はとっさに岩石魔法を使い、相手の攻撃をガードした。モンスターは何枚もビスケットを飛ばしてきたが俺のガードを崩す事はできなかった。
「なかなかやるな。だがこれならどうだ!」
モンスターは手をあわせて、目を閉じた。するといきなり目の前に大きなガムが現れ、俺とナレアの手足を拘束し、口と鼻を塞いでしまった!俺はなんとか手足の拘束を解こうとしたがまったくどうにもならなかった。
いったいどうすればいいんだ!まさかこんな大技を持っていたなんて…
い、いきができない…このままこの人に殺されてしまうのか…俺の人生短かったな…
俺が人生を諦めかけたその時!
「ダメだ!俺には人間を殺すなんてできねぇ!」
モンスターは頭を抱え込み、魔法を解いてくれた。
はぁ…はぁ…なんとか助かったようだ。
俺は呼吸を整えるとモンスターに質問した。
「なぜそんなにも見られる事を嫌がるんですか?」
「俺の正体がモンスターだって知られたら誰も俺のケーキなんて買ってくれなくなるだろ?せっかくここまで人気の店になったのにそれを台無しにしたくはないんだ…」
「誰が作ってたっておいしければ人は集まると思いますけどねぇ」
「世の中そんなに甘くねぇんだよ」
「もしかしてこの店の近くでジュースを降らせてたのもあなたですか?」
「ああ、そうだよ。魔法を使いすぎるとたまに制御できなくなってジュースの雨を降らせちまうのさ」
「そういう副作用があるとしてもすばらしい魔法じゃないですか!おいしいものを好きな時に好きなだけ食べられるなんて」
「俺もこの魔法は気にいってるよ。なぁお前達…一生のお願いだ!俺の正体がモンスターだって事を誰にも言わないでくれないか?」
「安心して下さい、誰にも言いませんよ。俺達は口がかたい方ですから大丈夫です」
「ホントか!?信じていいんだな?」
「はい」
「良かったー。さっきは苦しい思いさせちゃって悪かったな!俺のケーキ好きなだけ食べさせてあげるから許してくれ」
「えっ、いいんですか!?やったー!」
モンスターは次から次へとお菓子を出し始めた。俺達は腹がパンパンになるまでむさぼるように食べた。
もー食べられない!