④
サシャの意識が、一瞬空白になった。シャイの言った言葉の意味がすぐに理解できなくて。
「……えっ」
今度驚きの声を上げるのはサシャのほうだった。
本人?
そんな、こと。
「は? そう思ったからヒミツの話とか言ったんじゃ」
サシャが「やっぱりそうなのね」とか言うと思ったのだろう。シャイは、あれ、とばかりに顔を上げる。その反応にはサシャのほうが戸惑ってしまった。
「え、あの、ご親戚とかだと、思って」
シャイの目が丸くされた。そして盛大に顔をしかめる。
「……はっ!? ……うわぁ……そういうことにしときゃ良かった」
サシャの予想だったことを聞いて、シャイはもっと頭を抱えた。自分で暴露したも同然なので。
「ご、ごめんなさい……」
サシャはなんとなく謝ってしまった。言わせたようなものだった。はじめから「血族の方なの?」とか聞けばよかったのかもしれない。
「や……。俺が動揺して……、ああ、もう!」
ぶつぶつと言っていたけれど、シャイは……『ロイヒテン様』は、ばっと顔を上げた。
でも彼はサシャにとっては『シャイ』だ。カフェ・シュワルツェで働く、たまにサシャの職場におつかいにくる青年、シャイだ。
「とりあえず、まず言っとくけど。誰にも言わないでくれよ」
「そ、それは、勿論、あの……ロイヒテン、様」
あわあわと言って、サシャは言うべき呼称を口に出したのだが。
「や、それはやめよう。今まで通り俺のことは『シャイ』にしてくれ」
『シャイ』に、ばっと手を突き出された。拒絶するように。サシャはそれに息を呑んでしまう。
呼ばれるのは嫌だったろうか。そしてそのとおりで、でも少し違うことを彼は言う。
「サシャちゃんの前では、『シャイ』でいたいんだよ」
ぼそりと言われて、思わずどきっとしてしまった。
『ロイヒテン様』と『シャイ』。
同じひと。
でもきっと、違うひと。
「わ、わかった……とか、あの、こんな口調で、いいのかな」
どもりつつ言ったのだけど、少し落ち着きを取り戻したらしいシャイに言われる。
「いいんだよ。今までとなにも変えないでくれ」
「わ、わかった」