②
「お疲れ様」
バックヤードからの裏口を出ると、そこにはシャイが壁に寄りかかっていた。にこっと笑ってねぎらいの言葉をくれる。
今日は歌の仕事がないだけに、サシャの仕事も早めに終わった。もう夜半ではあるが、歌を歌う日は零時も過ぎるので早いほうである。
「お腹すいたろ。なにか食いに行く?」
確かに仕事上がりでお腹は減っていたけれど、お店でこれを訊くのはためらいがあった。もし、万一本当のことであればほかのひとに聞かれないほうがいいだろうから。
「うーん……いいわ。お散歩はどう?」
サシャのその返事にシャイはいよいよヘンだと思ったのだろう。「じゃ、そうしよっか」と言ったものの、それはどこか警戒するような響きを帯びていた。
お散歩、なんて言ってももう夜半だ。男のひとが一緒とはいえ、明るい道へ行く。
街灯がついていて明るいけれど人通りは少なかった。ここならいいだろう。サシャは思い切って、切り出した。
「シャイさんって」
シャイは「うん?」とだけ言ってサシャの言葉を促す。サシャは、ごくりと唾を飲んで思い切って言った。
「もしかして、身分のある、お方?」
返ってきたのは、沈黙だった。
「……そんなわけないじゃん。俺はただのウェイターなの知ってるだろ」
数秒後に明るい声で言われたけれど、嘘なのは明らかだった。数秒の沈黙が、その答え。サシャはなにも言えなかった。
それにつられるようにシャイも黙ってしまう。数間、黙々と歩いた。
やがてシャイがぽつりと言った。
「なんでそんなこと、思ったんだ?」
サシャは素直に答える。素直であるものの、はっきりとは言わなかったが。
「ちょっと、見たものがあって」
「そうか……」
シャイはまた数秒、黙った。
「こんな場所じゃあれだから場所を変えよう。そうだな……やっぱりご飯に行こうよ。個室の部屋にしてさ」
そのあとにされたのは、そんな提案だった。
「そこならひとめは気にならない、から」
ぽつりと言われたこと。それはサシャの抱いていた疑問を、少なからず肯定するものだった。