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3.真実

 テオドールは意識を失いそうになるレーヌの元に急ぎ近づく。
 床に倒れる前に何とかレーヌの体の下に手を入れることができた。
 その時に小さく、“リュカ”と聞こえた気がしたが、それはあとでレーヌに確認しよう。
 今は彼女の体を縛り上げている縄を解き、医者に診せることが重要だ。

 後ろでは、リアムが近くにいる騎士に向かい、医者の手配とレーヌの部屋の準備を指示している声が聞こえてくる。

 テオドールは懐から小型のナイフを取り出すと、右膝を立ててレーヌの体を支えると後ろ手に結わかれた縄を切り始め、体、膝、足首の縄とすべて切っていく。
 左手首に付けているブレスレットは壊れていることはなかったが、その上から縄を縛られていたため、縄とブレスレットの後がくっきりと残っていて、思わず目を細めてしまう。
(ここまできつく縛られたのなら、痛みも相当あっただろう)
 レーヌの顔は両頬が赤くなっていて、何度も叩かれたことを思わせる。
 体にある暴行の痕跡をみて、
「守ってやれなくて、ごめん」
 とレーヌの耳元で囁くと、涙が込み上げてくるのを感じたが、急いで部屋に戻るためレーヌを横抱きにして、部屋を出た。

 部屋にはすでに医者がいて、侍女長と3人の侍女が待機していた。
 テオドールがベッドに横たわらせると、セレストは、
「すぐに着替えさせ医者に診させますので、テオドール殿下は執務室に戻っていてください」
 と言われる。レーヌに寄り添いたい気持ちを押し殺し、ぐっと下唇を噛むと、
「宜しく頼む」
 とひとこと伝え、執務室に向かった。
 
 執務室に戻り、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
 テオドールは執務をこなしながら、レーヌが行方不明になった時のことを考えていた。

 一昨日、レーヌがいなくなったと聞いた時に真っ先に疑ったイアサント宰相だが、証拠がなければ問い詰めたところでレーヌについて語ることはないと思った。
 なら、エドメを問い詰めようと思ったが、こちらも消息不明になってしまった。
 確実にイアサント宰相とレーヌが接触した事実がほしい、そう思っていたところ、警護団のアルシェからリアム経由で情報提供があった。

 アルシェの父親は王城で文官をしているのだが、書類を屋敷に忘れたこと気づき届けにきた。
 無事に父親に会って書類を渡したアルシェはそのまま王城の庭園を歩いていたが、その先の回廊でイアサント宰相を見かける。
 イアサント宰相とは言葉を交わしたことはなかったが、父親から紹介されていたこともあり、顔は知っているが、親しい間柄でもない。
 そのまま挨拶をせずに帰ろうと思ったが、あまりにも周りを警戒している様子がおかしくて、不思議に思い、後をつけていくと王城の奥まった部屋のドアの前に立ち、周りを確認している。
 近くの柱に身を隠し、イアサント宰相が入っていくのを確認したあと、静かにドアの前に立ち、中の会話を聞こうとドアに耳をあてると、女性の甲高い声でレーヌ、昏睡という単語だけが微かに聞こえてきた。
 そこまで聞いた時、ドアの向こうで人が動く気配がしたため、慌てて、近くにの柱に隠れ、ドアを見ていると、イアサント宰相と婚約破棄されたアデールが一緒に出てきた。
 その姿を見たアルシェは何かが起きていると思い、2人を目で追いながらリアムにテレパシーを送り、場所を伝えると、テオドールとリアムはすぐに駆け付けてきた。
 イアサント宰相が戻ってこないかあたりの気配を伺いつつ、ドアをみたところ、鍵はかかっておらず、ノブを握り押すと簡単に開けることができた。
 アルシェをドアの前に残し、テオドールとリアムの2人が部屋の中に入ると、壁際のベッドの下に何かが横たわっているのが見えた。
 灯りを点けられないため、廊下の灯りを頼りに目を凝らすと、レーヌが全身を縄で縛られている姿が見えた。
 2人とも痛々しい姿に顔をそむけたが、レーヌは起きる気配がない。
 心配になったリアムは屈みこみ、レーヌの口元に耳を持っていくと呼吸音が聞こえたのでそのことをテオドールに報告する。
その報告を聞いて、ほっとしたが、テオドールは悩んでいた。
 レーヌをすぐに開放したい。だが、それではレーヌを監禁した罪をイアサント宰相に突き付けることができない。
 王族に連なる人間に危害を加えたと罪に問うために、テオドールは心を殺し、レーヌをこのままにすることにしたが、この部屋にまた戻ってくるであろうイアサント宰相の会話を聞くために諜報員を配置することにした。
 部屋の中にクローゼットがあったのが幸いで、そこに2人と隣の部屋の壁を薄く削り会話を聞こえやすく細工をして、隣の部屋に1名。
 今はその証言をもとにイアサント宰相を追い詰めているはずだ。

 ドアのノックの音で、現実に戻ると、リアムがドアを開けているところだった。
 ぼんやりと見ていると、話しが終わったらしく、ドアを閉めこちらに向かってきて机の前に立つと、少し安心した表情で、
「レーヌ嬢を診た医者の診断を侍女長が伝えにきました」
 テオドールが頷くのを確認したリアムは、
「全身の打撲のみで骨折の疑いなし。命に関わる怪我もなく2週間ほどの安静と栄養のある食事を摂らせるようにとのことです」
 診断結果を聞いたテオドールは安堵した声で、
「そうか」
 とだけ返す。
「もう目覚めているか?」
「いえ、まだ目覚めていないそうです。目覚めたのなら連絡するように侍女長に伝えてあります」
 リアムが話し終わった後にテオドールは左手首に着けているブレスレットを見て、
「正体を言わないといけないだろうな」
 リアムは頷き、
「レーヌ嬢はイアサント宰相の件が片付けばここを出て行くことになっていますから」
「そうだな。目覚めて話しができるようならすべて打ち明けよう」
 テオドールはブレスレットを見つめたまま、レーヌが1日も早く目覚めるよう願った。

 テオドールの願いが通じたのか、翌日の昼間に侍女長からレーヌが目覚めたと連絡が入った。
 テオドールは覚悟を決め、いつも送っている花2輪を持ってリアムと一緒にレーヌの部屋へと向かう。

 レーヌの部屋を訪ねたテオドールはしばらく2人にしてほしいとエステルとセレスト、リアムに伝える。
 3人はそれを了承し、部屋の中へはテオドールだけが入っていく。
 レーヌはベッドの上で上半身を起こし、こちらを見ている。
 ベッドに近づくたびに緊張が高まるのを感じて、落ち着かない気分になる。
「レーヌ嬢、この度は申し訳なかった」
 テオドールは持ってきた花を渡しながら謝る。
 そして、近くにあった椅子に座る。
 レーヌは花を受け取り、少し目を細めると、
「いえいえ。イアサント宰相が捕まったと聞いて安心しました」
 レーヌの声はまだかすれ気味で縄で結わかれていた両手首には包帯を巻いている。
「体調はどうだろうか?」
 その言葉にレーヌはふわっと笑い、
「そうですね……お腹がすいています!」
 明るい声だったが、テオドールは慌てて、
「食事はまだだったか?申し訳ない」
 頭を下げるテオドールにレーヌは慌てて、
「あ、いえ、えーと冗談です!体調は、少しふらつくくらいです」
 かすれ気味の声ながらも、元気そうな声にほっとする。
「……レーヌ嬢にはお詫びをしないといけないことがある」
 テオドールの戸惑いを含んだ声にレーヌは首を傾げる。
「今回は危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳ない。もう少し対策をとればよかったと後悔している」
 テオドールは伏し目がちに話す。
「いえ、でも、最後は助けてくれましたから」
 いつもと雰囲気の違うテオドールに戸惑いながらも笑顔で返す。
「助けられたことはよかったと思っているのだが、一つ間違えれば大事な貴方を亡くしていたと思うと自分が許せないのです」
 テオドールは顔を上げると、左手首に着けているブレスレットをレーヌに見せる。
「……見間違えじゃなかった」
 レーヌは呆然と呟きそのブレスレットを凝視している。
「なぜ、テオドール殿下がこのブレスレットを持っているのですか?」
 テオドールは覚悟を決めて話し始める。
「私は王族の中では珍しく、魔法が使えました。ユルバンの警護団については話しを聞いていたので、自分の魔法で町の人を救いたいと思い、両親を説得し、リアムと一緒に入団することと、本名は名乗らないという条件で入団を許可されました。入団して最初の討伐はあの日、貴方を怪我させてしまった時です」
 突然の告白にレーヌは衝撃を受けていた。
「貴方が心配で、貴方の屋敷に通い、話しているうちに、人を思う優しい心とどんな困難にもくじけない強さがある貴方に心惹かれ、一緒にこの国を守っていけたら、と思い始めたのです」
 テオドールはしっかりとレーヌの目を見て、
「両親には貴方と婚約したいと伝え、了承を貰っていました。そこに突然のアデール嬢との婚約が持ち上がりました。私は貴方と一緒にいたい、そのためにどうしたらいいのか、リアムと一緒に考えて、今回の計画を立てました。だが、ツメが甘かったようで、貴方を危険な目に合わせてしまいました」
 テオドールは俯いてしまう。だがレーヌは1点だけ確認したいと思い、口を開く。
「あの、殿下が、リュカなのですか……?」
 テオドールは静かに頷く。
「で、でも、髪色が違いますよね……?」
「リュカでいる時は黒い髪のウイッグを着けていました。そして、一番の証拠はお互いの左手首にあるブレスレットと刻印しているイニシャルです」
 イニシャル、と聞いてレーヌははっとする。
 リュカのRではなくて、なぜ、Tなのかと不思議に思ったことを。
「リュカはあくまで架空の人物です。貴方を思っているのはテオドールだと知ってほしくてTを刻印したのです」
 テオドールはレーヌを見つめ話している。
「貴方がこの部屋でブレスレットを落とし、リュカのことを思い、泣き出してしまった時、どうやって自分がリュカであるかを知ってもらえるか考えました。それが、毎日送った花なのです」
 リュカの思いに気づくきっかけになった、白い花。
 だけどレーヌは口を尖らせ、
「私はあの花を見るたびに、リュカに会えないと気づき辛かったです」
 その言葉にテオドールは慌てて、
「それは……申し訳ないことをしました」
 謝るテオドールをレーヌはくす、と笑い、
「でもあの日がきっかけで、リュカへの思いに気づくことができました」
 テオドールは、背筋を伸ばし、こほんと咳払いすると、
「貴方はリュカに心を寄せていますよね?」
 その一言にレーヌは顔を赤くする。
「同じ人物である、僕にも心を寄せてくれていると思ってもいいですか?」
 テオドールは一つ大きく息を吐くと、
「レーヌ嬢、私と結婚してくれませんか?」

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