03 火魔法で焼き尽くしたのは ?
異世界で始めて見た魔物は残念ながらゴブリンだった。
「グモーーー ‼ ギャッ ギャッ ギャッ !」
そのゴブリンはか弱い人間のメスに出会って、異様に興奮し喜んでいるようだった。
「うへえ~ ! ナニあれヤバいよ、こっちに来ないで !」
そんなことを言ったところでゴブリンに言語を理解する知能があるはずもないんだろうけど、案の定ソイツは私に駆け寄ってきて抱き付いた。
そう、抱き付いたのよッ !!
あろうことかにへらにへらと笑いながら私のフトモモあたりに腰を擦り付けてクニクニとしている。
「グモモモーーーーーーーン↗↗ グエー、グエー」
(気持ち悪いし、恐ろしい。元世界のヘタな変質者よりもよっぽどたちが悪いったらないわ。こんなの耐えられないよ~ !)
「ナニナニナニナニ ?
うええええ~~~~~ !!
お前なんて燃えちゃえ、業火ああ~~〜~~ !!!!!」
ブフォッッッ、ゴゴゴーーーーーーーーー !!!
ものすごく大きな炎は凄まじい勢いでゴブリンをかすめていき飛んだ先の直径20メートルぐらいの周辺をごうごうと焼き尽くしてしまった。
「うわあああ~ ! 外した~~~ !」
狙われたゴブリンは少し吹っ飛び、よっぽど驚いたのか動きを止めて固まっているわね。目を見開いて私の挙動を目玉だけで追っている。
それよりもヤバイヤバイよ。私の火魔法で周りは火の海だ !
ふえええ~ん。
草木がゴウゴウ、ゴウゴウと燃えている。
このままでは大きな森林火災にもなりかねないわ。
110番だったっけ ? 違うわ。
消防署は…… ダメダメ、そもそも来てくれないし、電話だってつながらないし。
あっそうだ、水魔法で消せないかな ?
「みず、みず、みず、みず ! ウォーターボール !! 」
……… 。
「んっ ? あれっ ? 何も出ない。ナンで出ないの~ ??
呪文が違うの ? んっ、そうか ! 水魔法のスキルはとって無かったわね !」
生活魔法や火魔法が成功したから何でもできる気がしてたけどことわりから外れたことはやっぱりできないのかな ?
だったらどうすれば良いのかしら ?
う~ん、火魔法を取得した時のように順番にスキルから取得しないといけないってことよね。
まずあれを思い浮かべる。右手の中に私愛用のミッチーキャットの絵が可愛く描かれたタッチペンが現れた。
ゴブリンはフリーズしてあたふた警戒してるからイイんだけれど、こうしてる間にもどんどん燃え広がってっちゃうよ~。
「え~と、ステータスウィンドウを出して、スキル、スキル。みず、みず、水魔法をタッチっと。レベルを~ ………2 ………3 ………4 ………5。あ~~もうこれで良いや !
ああ忙しいよ~
……えっと~ ……みずを出して ! ウォーターボール !」
シューーー ボンッ、ジュバ~~~~ !!
水魔法はとりあえず成功した。よし !
だけど一発じゃ全然ダメ。
更にウォーターボールを続けて3発連射した。
これでやっと少しは火が下火になった気がする。
だけどこんなのではなかなか消えそうにないよ。
(あああ~ 最悪だよ~ ! もっとたくさんの水を出せないのかな ? やってみよう)
「もっと大きな水を出して~ ウォーターボーーール !!」
すると、今までの5倍くらいの大きな水の塊が出た。
(よっしゃあ、これだったら少し消えそうな希望が出てきたわ !)
「大きな水を出して、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール、ウォーターボーーール !!」
大きな水の塊がいくつもいくつも四方八方に飛んでいき私たちの周りの草木をメラメラと燃やしていた炎はようやく鎮まった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…… ひどい目に遭ったわ。森での火魔法は気を付けてね ! てへっ !」
一人で反省してると元凶のゴブリンのことを思い出した。
ヤツは抜き足差し足でこっそり逃げ出そうとしていた。
その時。
「 ……大丈夫ですかーー ?」
「えっ ?」
振り返ると遠くから二人の青年が駆け寄って来た。
急に声をかけられたからビックリしたけど害意はなさそうだわ。
二人ともとても痩せていて、服も相当ぼろぼろだ。
貧乏なのだろうか ?
だけど浮浪者のように嫌な臭いはしないし…
身体は清潔そうだわ。
背の高い細身でのっぺりした男と彼よりも背がいくらか低くて年下っぽい、細くて子鹿のような可愛い男の子だった。
「あっ、カワイイ♥」
私はこの子みたいなショタッぽい子かガッチリしたたくましい男の人が好みなのよ。
初めて会った人が好きなタイプなんてちょっと嬉しい。
うっ、運命 ? 運命かしら ?
シュパッ ザッッッ !!
のっぺりがゴブリンを斬り捨てた。
逃げられそうだった憎っくきゴブリンを簡単に倒してくれたのだ。
え~~~ ! あの苦労はなんだったの ?(悲)
私はあんなに苦労したのにそんなに簡単に倒せるものなの~ ?
だけど人型の魔物が斬られるのを見るのはちょっと恐かった。
そういえばこの世から全てのゴブリンを消し去りたいって決意をしたんだったわ、これくらいで許してはならないわよ !
私の太ももにクニクニされたのは、今思い出しても身の毛がよだつよ~
ううっ、ブルブルブル(寒っ)
やっぱりゴブリンは絶滅させるべきね !
さて、青年らの能力を鑑定したけどそこには特筆するべきモノは無かった。
この子達の実力ではたとえ盗賊だったとしても私を傷つけることも叶わないでしょうね。
「うわっ、この惨状は何だ ? ドラゴンかレッドベアでも暴れたのか ? っと、いやいや失礼…… 遠くから君の悲鳴が聴こえたのと同時に大きな炎があがったのを見てね。かと思えば水のタマの嵐だろ ? 心配だから急いで駆け付けたんだよ !」
と、背の高いのっぺりの方が水びたしの焼け野原を見てぶつぶつ言いながら近付いてきたけれど、私のことを心配して来てくれたんだと彼の説明から理解した。
どうやら残念ながらイケメンではないけど悪い人では無さそうだし親切そうだ。
「ええ、心配はご無用よ。ワタクシの聖なる炎でゴブリンを焼き尽くそうとしたのだけどちょっとミスったのよね」
聖女の火魔法なら聖なる炎と言っても良いわよね ? 少しでも聖女アピールをしてみたわ。あっ、黙ってた方が良かったのかな ?
「えっ ? ハハッ ! しかし良かったよ。無事だったのなら何よりだ。すると君は見習い神官とかなのかい ?」
火と水の地獄のような魔法でこの土地を荒らしたのをレイとクラウはまさか私がやったとは思ってなかった。
「ワタクシの聖なる炎で……」などと言ってたのは真に受けなくって、つまらない冗談程度にとらえていた。
「これでも大聖女なのよ。私はマツナミ アイリよ。あっ、この国ではアイリ~、マツナ~ミかな ? アイリと呼んでね !」
「おおっ、これは失礼した。僕はレイニー、レイと呼ばれてるんだ。コイツは弟だよ。ほらっ !」
「僕はクラウディーです。クラウと呼んで下さいアイリ様」
(うう~~ん ♪ クラウ、レイとは違ってイイ感じよ~ !)
「良いんだけど、様呼びは少し固いわね。呼び捨てでアイリって呼んでくれると嬉しいな !」
「ええー ? 」
「お願い ! 頑張って、クラウ !」
「分かったよアイリ。よろしくな !」
「ハハハ、ところでアイリはどうしてこんな辺境に来たんだい ?」
レイが不意に尋ねた。
(この人は見事にためらいなくアイリと呼んだわねぇ)
しかし私は、余計なことを考えていてその質問の答えをまったく持ち合わせてなくて少し戸惑った。
「えっ ? 私にも分からないわ !!」
「えええええーーー ?? ナンだそりゃ ?」
「はあ ?」
レイはひどく驚き、クラウは やや呆れた様子だった。
「えーーーーーー、 ……独立 ? ソロ ? 孤高のというか、はぐれ聖女というか…… 異世界から来ました、なんて言ったらおかしいのかな ?」
「ぶははははっ、オマエ面白いな ! まあまあ、異世界から来た大聖女様 ! その様子からすると行く宛なんて無いんだろ ? もし良けりゃ、とりあえず僕らの村においでよ。こんな辺境じゃあ、少女の足で丸一日歩いたところで人里まで辿り着かないから…… 」
行く宛が無いのを見抜かれたのはシャクにさわったけど、せっかくのお誘いなのでありがたく乗っておくことにした。
だけどねぇ。結局の所、ワタシの言い分は聞いてもらえなかったし、ちょっぴり小バカにされている気がするなあ。
まあ、それはそれ。二人の後をついて、村に向かった。
彼らは草むらの影に潜むモノなんて気にもしないでズンズン進んで行った。
これまでビクビクしながら歩いて来た私にとってはまだ少し怖いけど彼らの通ったところなら少しは安心して通れた。
それも少し行くと細い道に出てそこからはだんだん道幅も広がっていき、気付けばもう村だった。
素足が何かにかぶれたのか、赤くなっていたので回復魔法をかけてみた。
「かゆいの治して…… ヒールかな ? キュアかな ?」
すると赤みがとれてかゆいのも治まった。
「おおっ、回復魔法とは、聖女様は伊達じゃ無さそうだな !」
「これくらいは問題ないわよ ?」
(レイは物おじしないわね ?)
そもそもレイはちんぷんかんぷんなことを言う私のことを全く信じていなかった。
そもそもあの惨状がカワイイ女の子の仕業とは信じられないだろうけど、女性の発言を頭から否定するような野暮でもないようだ。
しかし回復魔法を見たことで治癒師以上で聖女以下か ?
イヤイヤ聖女はないだろうな ? という程度には感じていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこは小さな村だった。
広い敷地に取って付けた程度の柵と10軒ほどの家、と呼ぶには粗末な建物が見えた。
この敷地の中には20人ちょっとの村人がいて、ポツンと離れた部落や山中で暮らす人達も入れて全員で40人ほどの村なんだって。
ボロくて今にも壊れそうな建物や村人たちのガリガリに痩せた身体やみすぼらしい服装を見ると暮らし振りは相当に厳しいものに思えた。
そんなに立派ではない村長の家の前には若い男の人が居た。息子さんか孫だろうか ?
「アルテ村へようこそお嬢さん ! 私は村長のヘルナンデスだ」
おおー ! 村長といえばお爺さんだろうと勝手に想像していたけど… 全然若いお兄さんだった。
そのうえに、背は高くスリムだけど鍛え上げた肉体で彫りの深い顔つきはかなりイケている。
けっこう年上っぽいけどこれぐらいの年の差なら全然いけるわ !
この村が好きになりそうよ。
「大聖女アイリ・マツナミです。アイリとお呼びください。ところで村長さんは独身ですか↗↗?」
「これでも30過ぎの妻子持ちなんだよ、アイリ !」
あ~ん、残念だわ。残り物に良い男はほとんど無いものよね !
不倫なんて未熟な私にはハードルが高すぎるし、ここは諦めるしかないようね ⤵⤵⤵
村長さん、さようなら !
勝手に落ち込む私に村長は続けた。
「何もない村だけど周辺は魔物が少なくない。この村でゆっくりしていくと良いよ。急ぎの予定が無いのならこの家に泊まっていきなさい」
どうやらこの村の人達は貧しいけどとても親切そうね。