7.マレの怒り
マレは随分と昔は人間だった。
肉体がなくなったあと、占い師を遣わせた神により、魂のみこの世界にとどまることになった。
目的は子孫を見守ることだ。
王家とディユ家の間で生まれた娘が6歳の誕生日を迎えた日に王城に行き、その娘の側で成長を見守る。
ただ、娘が16歳になると、マレは一旦北の山ふもとにあるディユ家にもどり、子の生誕を待ちながら冬眠に入る。
地上のわずかな気配で目を覚まし、王城に向かう。
それをずっと繰り返してきた。
アリスィが亡くなったことは冬眠が明けてから、アリスィの母親のラウラから聞かされた。
聞いた時は後悔しかなかった。
アリスィの置かれた環境は歴代の娘たちの中で一番悪かった。
それはわかっていたが、子ができればいい方向に行くだろうと楽観していた自分もいた。
いつしかその後悔は憎しみに変わり、アリスィを殺した王城へと向かっていった。
一族の娘を殺した王族に、ディユ家をないがしろにするということはどういう結果になるか、きっちりとわからせたいという思いが胸の中でくすぶっていた。
昨日のトゥイーリの言葉で、一度は引き留めようと思ったが、復讐の機会が訪れたのだ、と思えた。
それなら、準備をして徹底的にこの国を壊してしまおう。
たとえそれでこの国が滅びたとしてもかまわない。
王城を出て、魂だけになると、そのまま北のディユ家と向かった。
ラウラは何かを察していたのか、ディユ家の玄関前で待っていた。
ラウラもまた、プラチナブロンドに深い藍色の瞳を持っており、ディユ家の血をひいているのが一目でわかる。
「おひさしぶりです、マレ様」
地上に降りると、人間に変身した。
「ひさしいな。今日は願いごとがあり帰ってきた」
「はい、わかっています」
ラウラはすべてを見通していたかのように答え、
「準備はできています。いつでも大丈夫です」
と頷いた。マレはその言葉を確認すると、ディユ家に入ると、禊ぎをすませ、ラウラと共に神から宣託をうけるため、屋敷の中にある部屋に籠った。
ディユ家での儀式が終わると、約束通りの日程で王城に戻った。
マレは裏口から王城に入り、トゥイーリのいる部屋へと人間の姿のまま帰ってきた。
マレと向かい合って座っているが、気まずい沈黙が部屋の中に漂う。
口を開き、言いかけてはやめて、と何度か繰り返していたトゥイーリは自分の心を奮い立たせ、マレに話しかける。
「あの、マレ、昨日はわがままを言ってごめんなさい」
マレは苦悩を顔に出していた。
「いや、いいんだ。本当はこのままこの城に居てくれたほうがいい。だけど、そうだな、トゥイーリは何も知らずにここに閉じ込められている。私は事情を知っていても、制約がありすべてを話すことができない。何も知らせずにここに縛り付けておくのも限界だろう。なにより、初めてトゥイーリに会った日の夜にアリスィは、自由に生きろと言った。それなら……」
マレは最後の迷いを振り切るようにトゥイーリを真正面から見つめ、
「それなら、王城を出るために計画を立てよう。誰にも知られないように」
マレの目に浮かんだ暗い影にトゥイーリは慄きながら頷いた。