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8.見送りの宴

 間もなく午後になる時間。

 ガエウの店に行くためにクローゼットに入り、外出用のワンピースに着替える。
 今日は綿の生成り地のワンピースにし、髪をいつものように頭の高い場所で結わく。
 マレも眠そうにしながらも、にゃごにゃごと言いながら人間に変身している。
 二人とも外套を羽織り、いつものようにクローゼットの中のドアから外に出る。

 10月の終わりの穏やかな天候の中、ガエウの食堂を目指した。

「ガエウさん、こんにちは!」
 食堂に到着して、いつものように元気よく挨拶をしたのだが、すぐに固まってしまった。
ガエウの店はこじんまりとしていて20人も入ればいっぱいになる。
 今日の食堂は本当にぎっしりと人が入っていて、アリーナが予想していた以上の人数が目の前にいたのだ。
 確認してみるとアリーナが対応した相談者ばかりで、マレの茶飲み友達の女性陣はいない。
 その様子にほっとしたようなマレが後ろにいる。
「アリーナ、よくきたな!」
 ガエウは朗らかに声を掛けてきた。そして、食堂の中にいる人たちがトゥイーリを暖かなまなざしで歓迎してくれている。
「みなさん……!」
 アリーナは驚きのあまり、入口近くで立ち止まってしまった。
「みんな、アリーナに世話になったから、最後の挨拶をしたい、って言い始めてな」
「そうなんですか?本当にありがとうございます」
 アリーナは嬉しくて涙を流した。
 その様子を見てガエウは
「さぁ、早く席に座ってくれ」
「はい!」
 ガエウに促され店の真ん中に用意された席に座る。
 そこには大皿にのったサラダが置かれていて、取り皿が配置されていた。
「これから温かいものを持ってくるから、少し待ってな」
 とガエウはキッチンに入って、準備を始めた。
「アリーナ!」
 声を弾ませ、抱きついてきた女性はオリビアだった。
 その後ろにはジョルジが笑顔を浮かべて立っていた。
「しばらく会えないと思ったから、ガエウさんにパーティーを開いてほしい、ってお願いしたの」
「そうだったんですか」
 アリーナはお礼を込めてオリビアをぎゅっと抱きしめ返した。
「ありがとうございます」
 何度言っても言い足りないほどだ。
「二人はよくここでご飯食べていたからな」
 ガエウが料理を持ち、こちらに向かいつつ話している。
「アリーナのおかげで常連客がたくさん増えたんだ」
「それは、よかったです」
  アリーナの笑顔をみながらガエウは国の名物料理について説明を始めた。
「この国は山から流れる大きな川が流れていてな。栄養が豊富なのか、この国で採れる野菜は甘いのが特徴なんだ。この国の野菜を食べると、他の国では野菜が食べられなくなるらしいぞ。そんな甘い野菜を使った料理がこの国の名物なのだ。まずは野菜スープだな」
 こと、と目の前に置かれた鍋は透き通っていて、人参、玉ねぎ、蕪などが煮込まれているようだ。
 ガエウは小分けのスープ皿に二人分よそおい、アリーナとマレの前に置いた。
「さぁ、食べてくれ」
 アリーナとマレは、いただきます、と声を出した。
 まず、スープだけを味わってみると、水だけで煮込んだと思えないほどしっかりと味が付いていた。
 具材の野菜も柔らかく煮込まれており、甘さが口の中にひろがる。
「とっても美味しいです!お野菜がこんなに甘いなんて不思議です」
 王城でも食事にスープが出ることはあったが、ここまで野菜の甘みを感じたことはなかったため、感動してしまった。マレも目を見張りながら食べている。
「よかった」
 ガエウは二人の様子にほっとしたような声をだす。
「ほかにも料理を作ったから持ってくるな」
 とガエウは厨房に戻り、鶏肉の香草焼きを各テーブルに置くとまた厨房に戻り、今度は野菜を蒸した皿とチーズが入った小さな器を一緒に持ってきた。
「蒸した野菜にチーズを付けて食べるのもこの国の名物なんだ」
 ガエウの説明を聞いて、食べやすく細長く切ってある人参を手にとり、チーズを付けて食べる。
「人参の甘みとチーズの酸味がよく合いますね!」
 美味しそうに食べるアリーナを見て、周りにいた人たちも近くのテーブルに座り食事を始めた。

「アリーナがこの食堂にきた時は、たしか、8歳くらいだったか?」
 ガエウは目を細めながらアリーナを見る。
「そうですね、8歳になった頃でした」
 遠い目で話すアリーナ。

 この国で占い師は貴族の専属占い師でなければ、街中の店先を借りて占いをすること多い。このため、どこか店先を借りようと人間に変身したマレはトゥイーリを連れて城下町を歩いていた。
 その時に食堂からがっしりとした体躯のちょっと怖い顔をした人が手に看板を持って出てきた。
 意を決してマレはその人に声をかける。
「店主さん、こんにちは」
「はいよ!」
 見かけによらず、普通に話してくれたことにほっとし、
「この店先で占いをさせて頂きたいのですが……」
 と話し始める。
「お兄ちゃんが占い師かい?」
「いえ、この子を占い師として経験を積ませたいのですが……」
「はぁ!?」
 食堂の店主は驚き、男の近くでかたまっている女の子を見た。
「いや、何歳なんだ?」
「8歳になった」
「いや、そもそも、本当に占い師なのか?ディユ家で修行してきたのか?」
「はい、私がディユ家の当主で、この子はどの子よりも能力が高く早めに経験を積ませようと思ったのです」
(いやいや、全部嘘だわ……)
 トゥイーリは嘘を並べ立てるマレの右手をしっかりと握りながら、困惑を顔に出さないようにしていた。
「ふ~ん」
 店主は訝しげに親子をまじまじと見る。と、その時、トゥイーリの左手の二の腕にはめられている腕輪が目に入った。
「おっ、その腕輪?」
「はい、ディユ家に伝わる家宝であり、伝説の占い師が使っていたものです」
「そうかい……なら、ちょっと試させてもらおうか」
 店主はにやりと笑うと
「それじゃ、俺の誕生日を当ててくれ」
 と言った。
「食堂の中に入っても?」
「好きなところに座って占ってみろ」
 店主は店の中に入れて親子を適当に座らせた。
「アリーナ、占いをしよう」
 アリーナはとりあえず、頷いて、水晶玉を取り出し、集中力を高めていく。
 しばらくの沈黙のあと、
「誕生日は11月26日、11時頃に港町のヴェラオンでうまれた」
 店主はひゅ~と口笛を吹くと、
「正解だ。いままで誕生日は当てても時間までは当てたやつはいない」
 トゥイーリはほっとした。的中したことに安堵したからだ。
「よし、ここで占いしてもいいぜ」
 とガエウはにかっと笑った。
 
「なんだか、この前のことのような気がします」
 アリーナはしんみりとした口調になると、ガエウも
「ああ、本当に」
 としんみりとした口調になった。
「くる客みんな最初はびっくりしてたな」
 マレがくすくすと笑っていたが、ふと別の件を思い出して、
「そういえば、最初の頃の相談者でよい結果が出たからと、その後なんの努力もせずに農作物を枯らした人がいたな」
「いましたね……あれ以来、言葉に気を付けるようになりました」
 アリーナはその時のことを思い出す。
 天候不順の年で、農作物の収穫量はどうなるか?と相談があったのでタロットカードで慎重に占った結果、前年並みがやや良いくらいになるだろう、と伝えたところ、畑の世話をほったらかしにしてしまい、結果、前年よりかなり収穫量が少なくなってしまった。
 その出来事があってからアリーナは占いの結果は努力を放棄したら成り立たない、占いはあくまでもアドバイスにしか過ぎない、と話すようになった。
 オリビアもそうだ。相性はいいと占いは教えてくれていたが、その結果に満足して歩み寄らなければジョルジと付き合うことはなかった。
 占いの結果を信じ、それを実現させようと前に進まない限り、何も手に入らないのだ。
「いい経験になりました」
 アリーナはぼそっとつぶやく。

 相談者のその後の話しを聞いているうちに夕方が近づいてきていた。
「ガエウさん、そろそろ時間なので帰ります」
「おお、もうそんな時間か。時間が経つのが早いな」
 ガエウは立ち上がると、食堂の客にむけて、
「名残惜しいけど、そろそろ終わりの時間だ」
 その言葉にアリーナは立ち上がり、ガエウに
「お礼をもう一度伝えたいです」
 と小さな声で話した。ガエウは頷くと、
「最後にアリーナからお礼を伝えたいそうだ」
 食堂のみんながアリーナに注目する。こほん、と咳払いをして
「みなさま、お忙しい時に温かい時間を過ごさせていただき、本当にありがとうございます」
 アリーナは一礼をする。
「これから西へと旅しますが、時折、こちらの国にも戻り、この食堂にきます。その時、会うことができれば、声を掛けてください。その時に困っていることがあれば手助けできればと思っています。そして2月のジョルジさんとオリビアさんの結婚式には顔を出したいと思います。それまでみなさま、体調を崩されることのないよう、元気でいてください。今日は本当にありがとうございました!」
 食堂のみなさんからの温かい拍手に送られるように、食堂を出る。
 そして食堂を出たあとに、ガエウがそっと分厚い封筒をアリーナに渡した。
「昨日までの場所代だ。旅するなら必要だろ?」
「えっ、いえいえ、これは受け取れません!場所を貸していただいたお礼なのですから」
「場所代以上に常連客をたくさん作ってくれたんだ。だから遠慮せずに受け取ってくれ」
 ガエウの言葉に、迷ったけど、ありがたく受け取ることにした。
「本当にありがとうございます。何回言っても足りないくらいです」
 アリーナは深々と頭を下げた。
「気を付けて行ってこい!いつまでも待っているからな」
 ガエウの明るい声と笑顔に涙が出そうになるのをこらえて
「お世話になりました。いってきます!」
 手を振りながら家路についた。

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