ララコンベどったんばったん その2
ララコンベの商店街組合に顔を出しますと、
「えらいことですです」
「えらいことですです」
「えらいことですです」
と、蟻人達が血相を変えて右往左往していました。
「あぁ、みんなひょっとして温泉のことで右往左往しているのかい」
「「「しー!」」」
僕がそう言うと、建物の中を右往左往していた蟻人達が一斉に「それは言っちゃダメ」的に、口に人差し指をあてました。
その一糸乱れぬ様子に思わず拍手しそうになってしまった僕なのですが……今はそんなことをしている場合ではありませんね。
蟻人達は僕を商店街組合の奥にある応接室へと通してくれました。
僕はこのララコンベ温泉郷の立ち上げにあれこれ関わっていますし、コンビニおもてなし4号店を開店している店の責任者でもありますから広い意味で言えば商店街組合の関係者と言えなくもないわけですしね。
応接室で僕は蟻人達に取り囲まれて次から次へと説明を受けていきました。
で、それを総合しますとですね……
まず一番問題になっているのは温泉の湯量が激減していることでした。
そのため、温泉を24時間営業するのが困難な状態になり始めているんだそうです。
次に問題になっているのがですね、温泉の湯量が激減していることがララコンベ中に広まっていることなんだとか。
湯量が激減したのはここ数日のことですので、まだ正式な発表はしていないそうでして、今のところ温泉宿にある温泉の営業も、特にお客が少ない深夜の時間帯を「清掃時間」として閉鎖して、その間にお湯をタンクに溜めておいて日中の不足分に充てているんだとか。
僕が元いた世界だと「源泉かけ流しじゃ無かったのか!」って苦情が殺到する案件かもしれませんが、そもそもこのララコンベ温泉郷は源泉かけ流しを売りにはしていませんからね。
で、今のところこのことは関係者の間でかん口令が敷かれているそうでして、こんなに広く知れ渡るはずがないそうなんです。
「店長さんは、温泉の湯量のことをどこでお知りになったですです?」
「あぁ、僕は4号店の店長のクローコさんから聞いたなぁ」
「そのクローコさんは、どこから聞かれたですです?」
「え~っと……確か『温泉宿の皆さんが商店街組合の皆さんとしていた』のを聞いたみたいに言ってた気がするけど……」
僕がそう言うと、蟻人達が全員一斉にため息をつきました。
「ど、どうしたんだい、一体!?」
「あ、いえいえ……実はですですね、温泉の湯量のことを聞いたって人達はですですね、皆さんそうおっしゃるのですです」
「皆さんそうおっしゃるって……じゃあみんな温泉宿の皆さんが商店街組合の皆さんとしていたのを聞いたって言ってるのかい?」
「そうですです……なのですが、温泉宿の従業員に聞き取り調査をしたですですけど、そんな話をおおっぴらにした者は1人もいなかったんですです」
なんでも、湯量が減少したことは商店街組合の応接室……つまり、今僕がいるこの部屋の中で秘密裏に報告を受けて、秘密裏に調査を行い、秘密裏に応急処置を行っているそうなんです。
「……じゃあ、クローコさんはいったい誰から話を聞いたんだ?」
僕は思わず首をひねりました。
クローコさんは、見た目は派手で若干ギャル入っていますけど、すっごく正直で絶対に嘘をつかない人です。それに、街の人々がみんな一斉に嘘を言っているとも思えませんしね……
そのことも確かに気になりますけど……今、緊急で対処しないといけないのは温泉の湯量が大幅に減少している原因を調べて何か手をうたないと、ということですね。
「そうだな……とりあえずスアに魔法で調べてもらって……」
「……ん、わかった」
「うわ!? スア、もう来てくれてたのか」
いつの間にか僕の真横に転移魔法で姿を現したスアが、僕に向かって「まかせて」とばかりに右手の親指を立てています。
いきなりスアが応接室の中に出現したことに、蟻人達はみんなびっくりした顔をしています。
「こ、この部屋には魔法阻害結界を展開していたですです」
「そ、それを突破して入ってこられたですですか?」
困惑しきりな皆さんを前に、スアは
「……あぁ、そういえば何かあった、ね」
涼しい顔でそう言ったのでした。
蟻人達の話ではかなり強力な結界を張っているそうなのですけど、スアにかかれば「何かあった」程度のようですね。
スアは、みんなの前で右手をかざしました。
すると、その手の先……部屋の中央にある机の上に何やら立体模型のような物が浮かび上がってきました。
よく見ると、それはララコンベの地図のようですね。
それを見ていると、みるみるうちに地面の下部分まで詳細に再現されていくのがわかります。
そこには温泉の源泉の流れも再現されていますね。
おそらくスアは、この一帯の地形を魔法でスキャンしながら、その結果をここに投影しているのでしょう。
「……ん?」
その地図を確認していた僕は妙なことに気が付きました。
「……なんだこの棒みたいなのは?」
僕はそう言うと、地図の一角を指さしました。
そこには、ララコンベの泉源に向かってまっすぐ伸びている管のような物がありました。
不自然なまでに一直線ですので、自然に出来た物とは思えません。
「スア、これが何かわかるかい?」
「……管、ね……人工物、よ」
スアは、そう言うとその管の先に向かってスキャンを実施していきました。
その管は、ララコンベの周囲を覆っている渓谷の真下をくぐり抜け、まだまだまっすぐ伸びています。
「……魔法障壁が張られてる、わ」
不意にスアがそう言いました。
同時に、渓谷を越えた途端に管のスキャニング画像が乱れ始めました。
「誰かが、意図的に邪魔してるってこと?」
「……そうみたい、ね……でも」
そう言うと、スアは今まで右手だけでスキャニングを行っていたところに左手を添えました。
すると、乱れていた画像が一瞬にしてクリアになったのです。
「……私ほどじゃ、ない、わ」
スアはそう言いながらスキャニングを続けていきました。
そして、その管が続いていった先には……何やら街が建設されているような場所がありました。
それを見た蟻人達が一斉に目を丸くしました。
「そ、そこはオザクザク商会が開発している場所ですです」
「オザクザク商会温泉郷ですです」
「え?」
その言葉を聞いた僕も、思わず目を丸くしました。
……つ、つまりなんですか?
この管を設置したのがオザクザク商会で、この人達はララコンベ温泉郷のお湯を横取りしているってことですか?
よく見ると、オザクザク商会が開発しているという温泉郷からは、あと2本の管が伸びています。
合計3本の管で、ララコンベ温泉郷のお湯を横取りしようとしているということでしょうか?
「……管を伸ばしているのは、魔法使いのよう、ね」
「魔法使いがやってるのかい?」
「……うん。管には隠蔽魔法がかけられてる、し……魔法で伸ばしてる痕跡がある、わ」
スアはそう言うと、腕組みしたまま考えを巡らせていました。
その横で、蟻人達は大騒ぎになっています。
「あのオザクザク商会ってば、友好協定を結ぼうとか言っておいてそんなことをしていたですですか」
「ひどい話ですです、お湯の横取りなんてあり得ないですです」
蟻人達は即座にこの国の法律を確認したのですが、それによりますと地下資源の所有権はその地上部分を専有している者にあると定められていました。
つまり、泉源はララコンベのものであり、そこに管を伸ばしてお湯を横取りする行為は明らかに違法ということです。
ただ、あれですね。
今の段階ではオザクザク商会は表だっては尻尾を見せていません。
泉源を発見して温泉郷を作ろうとしているので、よかったら仲良くしてね的なことを言ってきている段階なわけです。
この段階で
「お前達、地下に管を通してララコンベの温泉を盗んでいるだろう!」
と言ったとしても
「あら、そんな管があったのですか~ぜぇんぜぇん気が付きませんでしたわ~ (棒読み) 」
みたいな対応をされかねません……さて、どう対処したものでしょうか……