41話 鉄仮面
アルは少し、言葉を選びながら、話をしているように見える。
「外側だ。我らの知る世界とは異なる、未知の場所からの来訪物だ」
「あの光の女神のような物か?」
俺は先程の戦いを思い起こし尋ねると、正解のようだ。
「うむ。あの光は意識があるより、”興味”に近い感覚を持っているんだろう。その証拠に、単体ではこちらが求めない以上、何もしてこない」
「まさか、無垢な赤子とでもいうのか?」
「そうだな。近いといえば近い。乗っ取られた側の精神や考えを色こく受け継ぐ。ゆえに過去1体だけ、仲間になった事例がある」
「今でも存命か?」
「わからん……。今でも言えるのは、生きているとしたら、我らの手に負えない化け物か、または……」
「どうした?」
「予測がつかないのだ」
こうしてこの話は一旦終えた。そしてあの光の女神のような物は、おそらくは尖兵であること。我らの様子を探り、然るべきタイミングで何かが、顕現するであろう予測だ。
その得体のしれぬ物は、長寿命だと考えられているようだ。その場合、時間の流れが他と一線を画す。人にとっての100年が、彼らにとって1日ぐらいの極端に、時間感覚がずれると思われている。
なので、いつどのタイミングで現れるか、検討がつかないとのことだ。
いつくるのかについては、正直仕方ないところもある。それだけ、感覚も違い生きている世界が違いすぎると、相手にもならないからだ。とはいえ、そんな奴でも、いつかは相手にしないとならないかもしれない。
俺の今、重要なことは二つ。一つ目は、任せっきりになるエルの魂探しだ。次に重要なことは、焼印に必要な材料を集めることだ。
まずは、一番近い町に向かう。そこに、一つ目の材料にまつわるヒントがあるらしい。何が必要かは、教えてはくれる物のどこにあるかまでは、自分たちで探せとのことだ。
ごく当たり前の話だ。
今の気配だと、何か特殊な者がいるらしい。その者は、神族で焼印を入れて成功した数少ない事例。
俺たちは、アルと別れて町に向かう。俺たちがいた神殿は幻影でなく、強制転移に近い物だったようだ。アルのゲートで送られた先の町は、すぐ目の前だった。
「レン? 大丈夫か?」
リリーは俺に気遣ってくれているのか、心細そそうに声をかけてきた。どうやら俺は、心配をかけすぎてしまったようだ。
「心配かけたすまない。俺は大丈夫だ。希望もある」
「そ! そうだよな! 希望はあるな! うん! うん!」
幾分リリーは安心したのだろうか、表情は少し明るい。あの使い魔の活躍次第で、エルの復活までの時間が変わる。あの使い魔のことだ、今頃必死になって探しているだろう。
目の前の町は、白いレンガを積み重ねた砦に囲まれた町だ。ざっと見て、高さは十メートルぐらい、余裕であるだろう。何から守っているのか、あの堅牢そうなところを見ると、相当な奴がいるのかもしれない。何も無い荒野のど真ん中にあるこの場所は、遠くからでも目立つ。
しかもかなり広い。ここまでの広さを誇る町は、今までに見たことがないほどだ。
近づくにつれて、何か空気の層を通過したような感覚が、体で感じとれた。いわゆる、結界の一部なのかもしれない。リリーにも確認すると、感じていたようで、もう一つさらに先にあるらしい。そこまで気がついているとはさすがだ。
もう一枚は砦の直前に貼られていた。先程よりもより、濃密な空気な感じがした。違いといえば濃さぐらいで、俺もリリーもなんともない。
この時、異様な気配を感じた。アルの言っていた奴なのだろうか。”見ればすぐにわかる”とは言っていた物のこの気配だと、遭遇する者によっては気絶するほどかもしれない。
そうその遭遇する者の違いは、天使か悪魔かの違いだ。
当然悪魔である俺に対して、影響は強いはずのこの気配は、今は人間の状態に戻っているため、どの程度の影響かは予測でしかできない。
なぜかゆっくりと、近づいてくる感覚がある。
俺はリリーと顔を見合わせると、門を通りその気配のする方角に向かった。
――何だ?
人が多く行き交う大通りで、突然視界にはたった一人の人物だけが、目に止まった。相手側もこちらに気がついたのか、ゆっくりとした足取りでやってくる。敵意も殺意もない。あるのは、俺の知る神族の気配に似た何かだ。どこか、異物が混じったような変な感覚だ。
遠目で表情は伺いしれない。わかるのは、俺よりやや背は高く女性であることだ。
言葉を交わせるほどの距離にくると、はっきりしたことが一つだけあった。
「……鉄仮面」
「左様。私は鉄仮面だ。お初にお目にかかる。悪魔のレンに妖精のリリーよ……」
「なぜそう思う?」
「アルから聞いている」
「なるほどな……」
互いに言葉をこのあとは交わすことなく、ただ互いの体を通り越して魂を見ていた気がする。
その沈黙を破ったのは、鉄仮面だった。
「一つ目を探していると聞いた。場所なら知っている」
「……」
「安心してくれ。対価など野暮なことを、要求するつもりはない。この先を真っ直ぐに行くと、黒い塀に囲まれた白い塔がある。そこから、天空の迷宮殿に転送され、その中にある。かなり難儀だぞ、あそこは……」
「そこまで強い魔獣が現れるのか?」
「名前の通りの迷宮だからだ。常に道が変わり入るのは簡単で、出るのは相当きついぞ」
「なるほどな、鉄仮面は何度かあるのか?」
「かつてアルとな……。数ヶ月出るのにかかった……」
言葉を重ねるほど、気さくな感じがしてくるのは気のせいだろうか。まさしく迷宮と言えるものらしい。
「攻略する方法はあるのか?」
「ないな。毎回一定時間がたつと、無作為に道が変わる。唯一言えるのは”戦っているうちに”出口に近づき、最後に大物を倒したら出られた。壁や地面に印をつけても意味がないからな、気をつけるんだ」
やけに丁寧に教えてくれるものだ。”戦っているうちに”とは、割と核心をついているんじゃないかと思っている。
「わかった。かなり助かる情報だ。ありがとう」
「いや……。気にするな。私は、少々喋りすぎたようだ……。成功したら、また会おう」
何か気まずいことでもあったのか、そそくさと立ち去ってしまう。リリーはどこか、膨れっ面をしながら俺をみる。一体なんだ? 俺が何かしたのかと思いつつ、言われた道を見た。
「向こう側か。確かに遠目に塔が見えるな」
「そうだな! 確かに! 私とレンの二人で攻略だな!」
「ああそうだ。頼りにさせてもらうな」
「うん! うん! 任せてくれ!」
リリーは何かとても嬉しそうだ。俺たちはこのまま、着の身着のままで歩き出した。