神のみぞ知る? その1
早朝、本店の厨房に顔を出すと
「あら店長様、おはようございますぅ」
と、異常に上機嫌な様子の魔王ビナスさんの姿がありました。
……はて?……確か昨日はすさまじく怒っていらっしゃったはずですが……
確か、内縁の旦那さんが変な物を買ってきたうんぬんかんぬんで……僕の知り合いの某商会店主が命の危険にさらされかねないため、あえて店名は控えさせて頂きますが……とにかく大変な事態になっていたはずですが?
そんな事を考えている僕に、魔王ビナスさんは
「え? 私そんなに機嫌がよく見えますかぁ? あらいやですわ、うふ、うふふ……」
顔を真っ赤にしながら体をくねくねさせています。
「いえね、昨日のあの一件があったじゃないですか? あの後、ようやく旦那様も『俺が悪かった』とご自分の非を認めてくださいましてねぇ……お詫びってことで……一晩中……うふ……うふふ……うふふふふ」
魔王ビナスさんはそう言いながら思い出し笑いをなさっています。
顔は真っ赤です。
……うん、まぁ、だいたい理解いたしました。
内縁の旦那さんってば、魔王ビナスさんの機嫌を直すために旦那さんががんばったわけですね。
この場合、仲がよろしいことで、で、いいのかな?
僕は、体をくねくねさせながらも、弁当作成業務をいつも以上のスピードでこなし続けている魔王ビナスさんを苦笑しながら見つめていました。
◇◇
とまぁ、そんなわけで魔王ビナスさんもおちついてくださったことで、コンビニおもてなしも通常営業に戻ることが出来ました。
氷嚢も若干在庫は残りましたけど、そのほとんどをセルブアが買っていってくれましたのでまぁ問題ありません。
フレイムゾンビドラゴンが山の中腹に巣くっていたせいで、その頂上にあるルシクコンベに影響が出てないか心配だったんですけど、転移ドアを通ってグルマポッポに会いにいったところ。
「ほ? なんですかそれはぼふぅ?」
と、きょとんとされてしまいました。
なんでも、ルシクコンベはいつもどおりの気温がずっと続いていたそうです。
ってことは……フレイムゾンビドラゴンの熱は下方にしか影響を与えなかったってことなんですかねぇ?
スアにも聞いてみたんですけど、
「……フレイムゾンビドラゴンは、存在自体がレアだから……私もわからない」
とのことでした。
まぁでも、あんな怪物、もう二度と出てくることはないでしょうし、心配することはないでしょうけどね……多分……
◇◇
そんなある日のこと
5号店でいつものように勤務をしている僕の前に、いきなり魔法陣が展開しはじめました。
えぇ、2度目ですからね、今度は動じませんよ。
ひるむことなく魔法陣を見つめている僕の目の前で、その中からマルンが姿を現しました。
セルブアが出てくると思っていた僕は、ちょっと予想が外れたわけですけど、まぁ、神界からの来訪者ってのは当たってたってことで。
「あぁ、店長さん、こんにちわ」
「やぁ、マルン。ヤルメキススイーツの仕入れかい? それなら本店に行ってもらわないと」
「いえ、今日は店長さんにお願いがあってまいったのです」
「僕に?」
妙に改まっているマルンを応接室に案内した僕は、そこで話を聞くことにしました。
シャルンエッセンスが運んで来てくれたお茶を飲みながら、マルンは
「コンビニおもてなしさんのご厚意のおかげで、神界で営業しています私のお店、『ヤルメキススイーツのお店』は連日大盛況です、本当にありがとうございます」
そう言って頭をさげました。
「いやいや、これもマルンが頑張っているからだよ」
僕がそう言うと、マルンは
「いやぁ、それほどでも……」
そう言いながらテレています。
ここで『そんなことはありません』とかいって謙遜しないのがマルンです。
で、マルンは一通り照れた後、小さく咳払いをしてから僕へ視線を向けました。
「店長さん、そこで折り入ってお願いがございます」
「はい、なんでしょう?」
「ヤルメキススイーツのお店の二階にですね、コンビニおもてなしを開店させていただくわけにはいかないでしょうか?」
「え?」
その言葉に、僕は目を丸くしました。
神界ですよね?
この世界の上の世界ですよね?
神様みたいな人達がいる世界ですよね?
なんでそんな世界に、このコンビニおもてなしを?
逆ならわかりますよ?
神界のお店がこっちの世界にやってきて、コンビニおもてなしのライバルになるとか……
「あ、いえいえ……神界のお店じゃ正直、コンビニおもてなしに太刀打ちできませんよ」
「え? そうなの?」
「えぇ、神界の人達って、欲しいものがあったら自分の使い魔を使って下部世界に買い出しにいかせていますからね」
「え? じゃ、じゃあ神界にはお店はないわけ?」
「一応あるにはあるんですけど、みんながみんな下部世界で調達してるもんですから、品揃えがすっごく悪いんですよ。置いていても売れないっていうか」
「あぁ、なるほど……でも、みんながみんな下部世界に買い出しに行かせてるんじゃ、コンビニおもてなしを出店しても意味がないんじゃない? 結局下部世界に買い出しにいかれちゃうんじゃ……」
「いえ、それがですね……ちょっとこれをご覧頂けますか……」
そう言いながらマルンは僕に一枚の紙を手渡しました。
「……これ、使い魔達が主人の神界人から頼まれたお使いの一覧なのですが……」
その一覧を確認した僕は、ちょっとびっくりしました。
そこには、魔法薬や魔石のような特殊な物に混じってですね
デラマウントボアのお弁当
タテガミライオンのお弁当~照り焼き
タテガミライオンのお弁当~デミグラスソース
ジャッケ弁当
と、まぁ……どこかでみたようなメニューが……
「っていうか……これ、ウチの店のメニューじゃないの?」
「えぇ、どうもですね、このコンビニおもてなしの弁当が、一部の神界人の間で人気になっているようでして、お使いにいかされる使い魔達が急増しているそうなんですよ」
ここでマルンが僕に、さらに近寄ってきました。
「で、ですね……私のお店が、コンビニおもてなしさんからスイーツを仕入れていると知った使い魔達がですね『ここでコンビニおもてなしの商品を扱ってくれないか』って言って来てるんですよ」
そう言って、マルンはフフフと笑いました。
……多分、今の僕達って端から見たら
「そちも悪よのぉ」
ってやってる感じなんでしょうね……
使い魔の皆さんが転移魔法を使うと、結構疲れるそうなんです。
ですが、ウチの弁当を気に入っておられる神界人の方々は、ほぼ毎日のようにコンビニおもてなしにお使いに出向かせているそうなんです。
もちろん全ての使い魔がってわけじゃないらしんですけどね。
で、その出向かされているグループは疲労困憊なんだそうです。
……まぁ、その使い魔さん達のお役に立てるのなら……
そんなわけで、コンビニおもてなしの神界出張所を作ることになりました。
今回は、定期魔道船の中にある売店形式のお店ですので、あくまでも出張所です。
今後については出張所の売り上げ具合をみながら決めることになりました。
「ところで、店員はどうするんだい? 2階にお店を出すんだったら最低でももう1人店員をどうにかしないといけないんじゃないのかい?」
「えぇ、それはこれから神界で募集をするつもりなんですけど、それまでの間はツテがあるので頼んで見るつもりです」
マルンは笑顔でそういいました。
◇◇
翌日になりました。
再び僕の前に姿を現したマルンの横には、メイド服を着込んでいる1人の女性がいました。
「……で、あなたが、そのマルンさんの店の臨時職員の?」
「えぇ、家の皆さんが全員海に行っていますので、その間だけお手伝いさせていただくことになりました、タニアと申します」
そう言って、そのメイド服の女性はぺこりと頭をさげました。