セブの月といえば その4
ウルムナギ弁当を発売し始めてから数日経ちました。
本店から4号店までの各店舗では相変わらず好調な売れ行きのウルムナギ弁当ですが、5号店はといいますと、相変わらずぼちぼちな感じです。
ただ、減っているとか横ばいという感じではないんです。
ジワジワ増えている……そんな感じなんですよね。
味そのものが美味しいのは、すでに食べた方による口コミのおかげで広まってはいる感じなのですが、どうにももう一押しといった感じでしょうか……
そんなことを考えながら閉店準備をしていると、
「はぁい、店長さん」
そんな5号店の前をエラネラさんが通りかかりました。
どうやら、ご出勤の途中のようですね。
エラネラさんは風俗街の狐楼閣(ころうかく)の店長さんです。
風俗街の有力者でもあるんですよね。
エラネラさんとは、マクローコのお店を利用してくださっている風俗街の皆さんのためにコンビニおもてなし3号店とマクローコのお店を転移ドアでつないで、待ち時間に3号店を利用出来るように便宜を図ってあげたりしたもんですから、今も友好的な関係を保っています。
もちろん、そっちのサービスは受けていませんからね? ボクにはスアがいますので。
「あら、店長さんさえよろしかったらいつでもこっそりお相手させていただきますわよ。もちろん奥様にもばれないように……ね」
エラネラさんはそう言って妖艶な笑顔を僕に向けてこられました。
……しかし、不思議なものです。
こちらの世界に来る前の僕は、はっきり言っておっぱい星人でした。
目の前にいるエラネラさんのような妖艶な女性は思いっきりドストライクゾーンど真ん中でした。
……なのですが、今の僕はそんなエラネラさんを見ても、正直なところ「あぁ、綺麗な女性の方ですね」以上の感情がまったく起きないのです。
かといって、メリハリのない女性が好みと言うわけでもなく……
そう……スアが、好みになったわけです。
え~っと、このまま僕のこの趣向の変化を語らせて頂こうと思いますと、延々2,3時間はお時間をいただきまして、僕がいかにスアを愛しているかに始まってあれこれご説明をさせていただかなければならなくなってしまいますので、この部分につきましては割愛させていただきます。
「ホント、店長さんは奥様一筋ねぇ」
「えぇ、おかげさまで」
そんな会話を交わしていった僕とエラネラさんなのですが、僕の表情を見つめていたエラネラさん、
「……失礼なことをお聞きしちゃうけどさ……店長さん、なんか悩んでない?」
そんなことを言われました。
あぁ……そうですね、今、まさに今、ウルムナギ弁当の事を考えていましたから、それで悩んでいるのが顔に出ていたのかもしれません。
そういった、お客さんの感情を読むのも、エラネラさんのようなお仕事の方は専門分野といえなくもないですもんね。
僕は、そんなエラネラさんに
「実は……」
と、ウルムナギ弁当の一件をお話してみました。
一通り話を聞いてくださったエラネラさんは、
「ふぅん……じゃあ、そのウルムナギ弁当っていう弁当の売り上げがなかなか伸びないってわけだ。それで悩んでいると」
「そうなんですよねぇ……味は悪くないはずなんですけど」
僕がそう言うと、エラネラさんは少し考えを巡らせると、
「店長さんさ、一口のらない?」
そう言われました。
「のるって……何にです?」
頭にクエスチョンマークが出ている状態の僕に、エラネラさんはにっこり微笑みまして、
「こんなことを考えたんだけど……」
そう言って、お話を始められました。
◇◇
そして翌日です。
僕は、エラネラさんの意見を試しています。
目下の時間は午3時です。
先ほど、今日の朝から準備していたウルムナギ弁当の最後の1個がようやく売れました。
お弁当の販売のピークはいつもお昼です。
ですので、お昼を過ぎたら追加のお弁当はあまり作りません。
夕飯代わりに買って帰ってくださる方のために、売れ筋のタテガミライオン弁当だけ追加を準備しているのがいつもなんです。
ですが
今日のコンビニおもてなしでは、午後4時にウルムナギ弁当をどーんと追加しました。
ピアーグのナスアに頼んで、朝一に作ったのと同じ量のウルムナギ弁当を準備しました。
これは、今までのコンビニおもてなしでは異例の対応です。
ですが、
「さぁ、店長さんが採用なさった作戦ですからねぇ、このルービアス目一杯がんばりますですよぉ」
試食配布担当のルービアスは、そう言いながら入念に膝を回しています。
他のみんなも、気合い満々の表情です。
ジナバレアは、久々に店の前に屋台をだしまして、そこで店頭販売を行っています。
ここでは、一緒にスアビールも販売しています。
で、そんなジナバレアの後ろに、僕は特性ポスターを一枚貼りました。
にっこり笑ったエラネラさんの画像の横に
「明日の元気に、ウルムナギ弁当」
そう文字の入ったポスターです。
これは、5号店のみで使用するため、1枚しか作っていません。
この作戦ですが、文字通り「ウルムナギ弁当で明日の活力を養いましょう」とアピールしようとしているわけです。
コンビニおもてなしのある都市のうち、1号店から4号店の各店は、農作業や工業といった
「まさに今日、今から、これからの元気を補充したい」
そんな方々が多いわけです。
ですが、このナカンコンベでは、事務仕事に従事なさっている方が多いため
「タテガミライオン弁当ならともかく、昼からウルムナギ弁当はちょっと重いかなぁ」
そう思われているお客様が結構おられるんじゃないかって話になったわけです。
「ウチのお店を利用する人でもさ、しっかり美味しい物を食べてからやって来てる人、多いのよね。だからさ、このナカンコンベだと夜販売も需要があるんじゃないかしらね?」
このご意見を参考にさせていただいたわけです、はい。
正直、確信はいまいちありません。
ですが、何もしないと、結局今までどおりな気もします。
まぁ、今日の様子を見て明日からの対応を考えれば……
僕は、そう思いながら店の外を見ていたのですが
「え?」
思わず目が点になりました。
いえ……屋台がですね……ジナバレアがやってる屋台の前がすごい人だかりになっていたんです。
「いやぁ、この弁当気になってたんだけど、帰りに寄ったときはいつも売り切れててさぁ」
「ちょっと重そうだったからさ、帰りに買おうと思ってただけど……」
皆さん、口々にそう言われながら、ジナバレアの屋台でお弁当を買っていかれています。
「店長! もうないで!」
「え? もう!?」
ジナバレアの言葉に、僕は目が点になりました。
いつも朝一に作成している数がですね、夕方販売を始めてまだ1時間も経っていないのに完売してしまったんです。
しかも、お客様はまだまだおられます。
「うわ!? こりゃ大変だ!」
僕は、慌てて電動バイクコンビニおもてなし君1号を使って食堂ピアーグへ急ぎました。
◇◇
結局この日は、夕方から閉店までの間に、2回も追加をつくることになりました。
当然、1日の1店舗におけるウルムナギ弁当の最高販売記録です。
一緒に販売したスアビールの売り上げもとんでもなかったです。
もともと毎日よく売れているスアビールなのですが、今日の売り上げはすさまじくてですね、本店から4号店の各店の明日販売用の在庫を全部回してもらってもまだ足りなかったほどなんです。
スアビールは増産体制が整ったおかげで、最近は一人あたりの販売制限を行わなくてもよくなっていたのですが、この調子が続くようならさらなる増産を考えないといけないかもしれません。
僕はそんな事を考えながら、先ほど閉店したばかりの5号店の中を見回していきました。
みんな疲れ切っていたのですが、揃っていい笑顔でした。
さてさて、この調子で5号店でもウルムナギ弁当が売れていってくれるでしょうか……