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第5話(3)『知力』と『瞬発力』

「……ということはもう一組はアパネとルドンナか……」

 俺の呟きにメラヌが反応する。

「獣人族の娘と白髪の眼鏡っ娘よね? 獣人族とわざわざ揉め事を起こしたり、面倒な問題を抱えたりって種族はなかなか思い付かないけど……」

「いや、白髪の娘はサモナー……召喚士です」

「へえ、召喚士! その娘と獣人族ってのは結構面白い組み合わせね!」

「面白がっている場合じゃないですよ……」

 弾むような声色のメラヌに対し、俺は釘を刺す。メラヌは笑って答える。

「まあ、マジでヤバそうな報告が入ったら援軍に向かうわよ」

                  ♢

 都市の西部に位置する市場、普段は朝市などでごった返すはずだが、悪い魔法使いたちの突然の襲撃により、パニックに陥った市場は、店主や客たちが避難して、もぬけの殻になってしまった。そこに残るはアパネとルドンナであった。立ち尽くすアパネの握り拳は小刻みに震えていた。無辜の市民を危険に晒したことに対して怒っているのだろう。ルドンナはそう理解した。

「ちょっと、キミたち!」

 箒に乗って空を飛ぶ、魔法使いたちに対してアパネがビシっと指を差す。

「『チキンと豆のスープ』、ひっくり返っちゃったんだけど⁉ どうしてくれるの⁉」

 脇に立つルドンナは思わずずっこける。アパネが問い掛ける。

「ど、どうしたの、ルドンナ⁉」

「よ、予想外の台詞が飛び出たからよ……」

「予想外?」

「食べ物をひっくり返されたことより、大事なことがあるでしょ?」

「大事なこと……?」

「ええっ……首を傾げるところ? あのいかがわしい魔女も言っていたでしょ?」

「そんなことより食べ物の恨みだよ!」

 アパネのあまりにも真っ直ぐ過ぎる言葉にルドンナはこれ以上の問答は不毛だと思い、視線を魔法使いの集団に向けて語り掛ける。

「……今時、箒で飛ぶベタな魔法使いにお目に掛かれるなんて、博物館で古代生物の化石でも見たような気分よ」

「……そのような安っぽい挑発には乗らん」

 隊長格らしき魔法使いが口を開く。ルドンナはため息を挟んで話を続ける。

「オーケー、それじゃあ、素直に質問。貴方たちは何者?」

「……答える必要は無い。転生者に協力する貴様らはここで始末―――」

「要はケンカ売りに来たってことだね!」

 アパネが市場の建物を利用して連続でジャンプをして、あっという間に空を飛ぶ魔法使いたちとの距離を詰め、両手を思いっ切り振り下ろす。

「『狼爪斬ろうそうざん』‼」

「ぐはっ!」

 右手と左手でそれぞれ裂かれた二人の魔法使いは力なく市場のテントの上に落下する。

「! くっ、距離を取れ! ジャンプにも限界がある!」

 隊長の指示に従い、残った魔法使いたちはそれぞれ箒を上昇させる。アパネは舌打ちをしながら地面に着地する。

「ち、その高さは流石に届かないな……月夜だったらな~」

「上は任せなさい、アンタはあっち……」

「あっち? ……うわっ⁉」

 ルドンナの指差す方を見たアパネが驚く。獅子のような姿をした魔獣が舌なめずりをしてこちらを見据えていたからである。隊長が笑う。

「ふはははっ! いけ! 魔獣エビルライオン!」

「グオオオッ!」

 魔獣が雄叫びを上げて市場の建物を破壊しながら突進してくる。

「くっ!」

 アパネがなんとかその突進を飛んで躱す。壁にぶつかった魔獣はゆっくりと方向を転換する。アパネがルドンナに向かって叫ぶ。

「ちょっと、ルドンナ! あれはボク一人では手に余るって!」

「獣と獣人……お似合いでしょ?」

「一緒にしないでよ! ―――!」

 アパネがなにかに気が付いた表情を浮かべる。物陰に隠れたルドンナが笑う。

「そう、使えるものはなんでも使いなさい……ついでに時間も稼いでくれると尚助かる」

「随分と無理を言うね!」

 突っ込んでくる魔獣に対して、アパネが市場の野菜や果物を手に取って投げつける。だが、その程度では突進は止まらない。

「ああもう、仕方がないな!」

「⁉ ブオオッ!」

 アパネが市場にある屋台の大きな鍋を持ち上げて派手にぶっかける。熱湯が顔に思い切りかかった格好となった魔獣の足が止まる。

「獅子はウサギを狩るにも全力を出すって言うけど……少し力が入り過ぎだよ?」

「グウウウ……」

「『狼爪斬ろうそうざん・四連よんれん』‼」

「グハッ!」

 アパネは両手両足の鋭い爪を使って魔獣を切り裂く。

「狩りをするならもっと頭を使わないとね」

 倒れ込む魔獣を見ながら、アパネが自分の頭を指でトントンと叩く。

「ぐっ⁉ まさか魔獣があっさりと……遠距離から魔法を仕掛けるぞ!」

「そうはさせない……来なさい、シルフィちゃん!」

 魔法使いたちの前に女性の姿をした大きな精霊が現れる。隊長が驚く。

「な、シルフィードか⁉」

「派手にやっちゃって!」

「⁉」

 シルフィードが激しい突風を巻き起こす。魔法使いたちは成す術なく吹き飛ばされ、建物の壁や地面に叩きつけられ、動かなくなる。アパネが目を丸くする。

「うわっ、情け容赦ないね~」

「やられる前にやる……何か問題でも?」

「いや、全面的に同意するよ」

 アパネが両手をポンポンと叩いてルドンナに賛意を示しながら考えを巡らす。

(ルドンナの助言が無ければ、ただただ策も無く逃げまわるだけだったかも……これからは単なる狩りや格下の相手だけじゃなく、格上の存在と戦う機会も増えるかもしれない……自分で言うのもなんだけど、『知力』をもっと付けないといけないかな……)

 ルドンナは片目を瞑って眼鏡を拭きながら、もう片方の目でアパネを見る。

(猪突猛進が過ぎるきらいがあるけど、あの『瞬発力』は見習うべきかもね……。アタシの召喚はやっぱり時間がかかり過ぎる。もう少し工夫が必要になってくるわね……)

 ルドンナが眼鏡を拭き終わったタイミングを見計らって、アパネが声を掛ける。

「じゃあ、合流地点に急ごうか!」

「あのいかがわしい魔女をどこまで信用して良いものか分からないけど……」

「でも、ショーが一緒にいるんでしょ?」

「実質、人質にとられているようなものね、世話の焼ける勇者様だわ……」

 アパネとルドンナは走り出す。

                  ♢

「はっくしょん!」

「ちょっと、せめて向こうをむいてやってよ……」

 いきなりくしゃみをする俺にメラヌは迷惑そうな目を向けてくる。

「す、すみません……それでアパネたちは?」

「見事に敵を撃退したって」

「それは良かった。後は合流するだけですね―――⁉」

「くっ、攻撃⁉」

 突然、何者かの攻撃を受けてメラヌの箒が折れる。俺たちは地上に落下する。

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