12章 回復魔法初使用
「娘はここにいます」
娘は植物状態さながらの状態だった。医者が懸命に治療したとしても、回復する見込みはなさそうだ。
「娘は二日前から、目を覚まさなくなりました。脈はあるみたいですけど、死んでいるような状態です」
本当に死んでいるのではないか。娘の姿を見ていると、そのように思えてならなかった。
母の瞳からは、大粒の涙が流れる。心から悲しんでいるのが伝わってきた。
「娘を助けられるとすれば、アカネさんの回復魔法しかありません。娘の命を助けてください」
一刻も早く治療をしなければ、娘はあの世に旅立ってしまいかねない。アカネは目を閉じた少女に対して、回復魔法をかけることにした。人を治療するのは初めてなので、大きな不安に襲わ
れることとなった。
回復魔法の効果はすぐに現れたらしく、危篤状態だった娘が瞼を開いた。アカネは回復魔法で治療できたことに、ほっと一息をついた。
「ママ~」
母親は目を覚ました情緒の名前を、何度も何度も繰り返していた。
「サクラ、サクラ」
自分が助かっていたら、母親はこのように喜んでくれたのかな。現実世界で命をぞんざいに扱ったことおおいに悔やんだ。
「サクラ、調子は大丈夫かな」
「うん。とっても元気だよ」
宿屋の女性は、アカネに対して深々と頭を下げる。客を出迎えているときよりも、ずっとずっと深かった。客を出迎えているときは社交辞令、娘を助けてもらった喜びは本物のようだ。
「アカネさん、娘を助けていただきありがとうございます」
他人を救えたことによる感動、自分の家族ならどんなに良かっただろうかという、二つの思いが同時に芽生えることとなった。医者もこのような気持ちで仕事しているのかな。
「娘の命を助けていただいたお礼をしなければならないのですが、対価に見合うことはできません。せめてもの償いとして、宿泊費と食事代を無料にさせてください」
娘の命を助けるのは1億ゴールド以上の価値がある。宿泊費と食事代の無料では明らかに釣り合わないものの、住居を確保するまでは重宝できそうだ。
「ありがとうございます」
「本日はSランクのメインであるセカンド牛+++、セカンドキャビア+++、セカンドフォアグラ+++などの夕食をごちそうさせていただきます」
食材の後ろについている+++は、ランクを現しているのかな。最高クラスはどれくらいになるのだろうか。
「調理をしてきますので、しばらくお待ちください」
母親の足音は軽快なものだった。娘が助かったことで、気分が高揚しているようだ。