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第1話(4)ちょい生え

「それで、どうなさいますか?」

「……」

 スティラの問いに俺は黙り込む。真正面から突っ込んでもどうせさっきの二の舞だ。ここはやはり戦い方というものを考えなければならない。体は軽い、かなり素早く動くことが出来るはずだ。左右に揺さぶりをかけてみるのはどうだろうか。よし、やってみよう。俺は再び聖堂の中に入り、ミノタウロスに向かっていく。

「⁉」

「勇者様!」

 気がつくと、俺はまたもや聖堂の外に吹っ飛ばされ、倒れ込んでいる。そこをスティラの回復魔法で死の淵から生還したようだ。

「ぐっ……」

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です、この位、なんともありません」

 なんともないのはスティラのお陰だろうが、と我ながら突っ込みを入れたくなるが、この世界でも見栄っ張りは治らんようだ。しかし、あのミノタウロスめ、巨躯のわりに速さも備えているときた。完全に逆を取ったと思った次の瞬間、金棒が俺の体を潰しにきた。とても嫌な音がしたのは覚えている。激しい痛みが走ったことについては忘れる。

「勇者様?」

「スティラさん、この聖堂に裏口はありますか?」

「え、ええ、ございます」

「では……」

 スティラが聖堂の入口に立つ。ミノタウロスがそれに気を取られる。俺は裏口からこっそりと奴に近づく。これが果たして勇者の戦い方だろうかと思わなくもなかったが、まずは相手に近づかなくては話にならない。狙い通りに奴がスティラに向かい出す。俺は助走をつけて飛び掛かる。どんなモンスターでも、首を切られるか心臓を刺されれば終わりだ。俺は前者を選ぶ。Cランク勇者の豊富な経験から得た意表を突いた攻撃を思い知れ。

「喰らえ! ⁉」

 思ったより高く飛び、ミノタウロスの首に剣を振り下ろすことは出来た。だが……硬い、硬すぎる。想定以上の首の硬さだ。剣は僅かに食い込んだ程度だ。ミノタウロスは俺の体を掴むと、地面に叩きつける。俺は何度かバウンドし、三度聖堂外に無様に転がる。

「勇者様!」

 俺はまたも、スティラの回復魔法によって息を吹き返した。数分ぶり三度目だ。

「ふう……」

 俺はやれやれと言った風に溜め息をつきながら立ち上がる。余裕ぶっている場合じゃないだろ、俺。さてどうしたものかと考えていると、スティラが口を開く。

「あの、重ね重ね生意気なことを申し上げるようで恐縮なのですが……」

「ん? なんですか?」

「勇者様は魔法をお使いにならないのですか?」

「!」

「ああ! すみません! 気に障ったのなら謝ります!」

「い、いえ……」

 俺は慌てて頭を下げるスティラを制しながら考え込む。そうか、なんでそんな簡単なことに思い当たらなかったんだ。勇者が魔法を使ってはいけないという決まりなど何処の世界にも無い。剣が無理なら魔法を使えば良いじゃない。俺はスティラに尋ねる。

「この世界の魔法は詠唱などが必要ですか?」

「い、いえ、必要な系統の魔法もありますが、ほとんどは必要ありません。魔力が備わっている方ならば、ただ、念じるだけで出すことが出来ます。お見受けしたところ、勇者様にも魔力を感じられます」

「魔力……そうですか……少し離れていて下さい」

「は、はい……」

 俺はスティラを遠ざけると、盾を背中に掛けて、空いた左の掌をパッパッと開いては閉じてみる。ふむ、そう言われると、そこはかとない魔力を感じないでもない……気がする。俺は誰もいない方向に向かって、左手を突き出して叫ぶ。

「はあっ! ⁉」

 俺は驚いた。左手を突き出した先の地面に小さい木が生えたからだ。凄いっちゃ凄いが、これでどう戦うというのだろう。俺は軽い失望と、念じるだけでいいと言われたのに「はあっ!」とか叫んじゃった己が恥ずかしくなり、両手で顔を覆ってしゃがみ込む。

「ゆ、勇者様……?」

 スティラの気を遣う声が辛い。え、木? なんで? 普通こういうのは炎を放ったり、風を巻き起こしたり、雷を落としたりするものじゃないの? なんでまた木? そんなことを考えていると、俺は先の面談でのアヤコとの会話を思い出す。長く綺麗な黒髪に眼鏡がよく似合う美人でスタイルの良い転生者派遣センター職員のアヤコ=ダテニだ。



「まったりスローライフということは例えば山や森の中ですか?」

「ああ、そうなるな」

「では、使用可能魔法などは如何しましょうか?」

「魔法か……派手なものや荒っぽいものは要らない、平和なやつが良いな」

「平和……と言いますと?」

「そうだな……例えば木を生やすとか」

「木を生やす……かしこまりました」



「あああ―――‼」

 俺は大声を上げてうなだれる。肝心のスローライフ云々は叶わなくて、そんな要望だけ通るのかよ、いや、俺の蒔いた種か、木だけに……ってやかましいわ。

「ど、どうなさいました⁉」

 スティラが驚きながら心配そうに俺を覗き込む。俺はあくまでも平静を装う。

「いえ、気合いを入れただけです」

 実際には奇声を発しただけだが、とにかく俺は半ば無理矢理に頭を切り替える。この木を生やす魔法を上手く活用してミノタウロスを倒す方法を考える……全然思い付かない、それはそうだろう。なにか他の方法は……。そんなことを考えていると、聖堂の壁をドンドンと叩く音がする。そろそろミノタウロスがあの中から出てきそうだ。

「くっ……時間がないか……」

「後もう少しは猶予が稼げるかと……結界魔法をもう一度強めにかけ直しましたので」

「ええっ⁉」

 俺はスティラの言葉に驚く。さっきも言ったが、この世界の魔法についてはまだ疎い。元々そこまで詳しいわけでもないが。とにかく、長たちがミノタウロスを封じ込める為に使った結界魔法、あれがそんな簡単な代物ではないと素人目にも映った。

「あのレベルの結界魔法をスティラさんも使えるのですか?」

「いえ、わたくしは回復魔法専門に修行して参りましたので……あの系統の魔法を実際に見たのは初めてです。正直見よう見まねですが」

 なんだそれ、一度見た魔法はすぐに自分のものに出来るとか、ますますチートじゃないか、この娘。俺は片手を顎にやって考えこむ。

「あ、あの、勇者様?」

「スティラさん、頼みがあります……」

 数分後、俺たちは再び揃って、聖堂の正面から中に入る。

「おい、化け物!」

 ミノタウロスが振り返り、こちらに向かって近づいてくる。俺は聖堂の中を改めて見渡す。そして、あるものを確認する。よし、あれを使おう。スティラが心配そうに問う。

「お考えは分かりました。しかし、どうやって?」

「見ていて下さい。もう少し近づけ……もう少しだ……よし! 『大地に芽生えよ!』」

 俺はミノタウロスがある地点まで来たのを見て左手を振りかざし叫ぶ。地面から大きな木が生える。俺はその木をてっぺんまで駆け登り、右手に持った鉄剣を振りかざす。

「それ!」

 俺は天井からぶら下がっていた太い紐を斬って、そこに繋がっていた大きなシャンデリアをミノタウロスの頭上に落下させる。

「⁉」

 予想だにしない攻撃を受け、ミノタウロスは膝を突く。俺はすぐさま奴の背中に回り、心臓の辺りを滅多刺しにする。スマートな戦い方ではないが、そんなことを言っている場合ではない。俺はミノタウロスがぐったりしたのを見て、スティラに声を掛ける。

「今です!」

「はい!」

 スティラが杖を振るうと、聖堂の建物がガタガタっと音を立てて崩れ、煉瓦の雨嵐がミノタウロスの体を襲い、煉瓦に埋もれて身動きが取れなくなる。

「グオオオオオッ!」

 ミノタウロスが雄叫びを上げて倒れ込む。シャンデリアに備え付けられた大量の蝋燭の火が大きな炎となってミノタウロスの巨体を一気に包み込む。

「『ちょい生え』! 『ちょい生え』! ……」

 俺は思った以上に作戦が上手くいったことに変にテンションが上がり、妙な言葉を連呼し、小さい木を生えさせては火にくべ、生えさせてはくべ、を繰り返す。火は派手に燃え上がり、ミノタウロスはしばらく苦しんでいたが、やがて完全に力尽きて動かなくなる。

「や、やったか……?」

 その後、水系統の魔法を使える年寄りのエルフたちが消火活動に当たり、火は消えた。ミノタウロスはほとんど骨だけと化していた。それを確認した長が喜びの声を上げる。

「おおっ、流石は勇者様じゃ! モンスターを見事倒して下さった! 今宵は宴じゃ!」

 いや、倒したのはスティラのお陰だ。初見でコツを掴んだ結界魔法を応用し、聖堂の建物を崩して、ミノタウロスを煉瓦に埋もれさせたのだ。膨らんでいた風船を一気に萎ませる要領だ。作戦を考えついたのは俺だが、実行に移せたのは彼女のチート魔力あってこそのものだ。俺はなんだろう……薪をくべていただけだ。何をやってんだ、俺。

「すみません……大事な聖堂が崩れてしまいました……」

「なんのなんの、幸い祭壇や祭具類はほとんど無事でした。お気になさらないで下さい」

 頭を下げる俺に対して長は気にするなという様に手を振る。しばらくして地下室で宴が始まった。エルフたちが集落の危機を救った英雄である俺にどんどん酒を持ってくる。いや、救ったのは主にスティラなんだが……バツが悪い俺は勧められるままに酒をあおる。

「……それで宜しいですかな? 勇者様」

「んえ? あ、は、はひ! ドーンとお任せ下さしゃい!」

 すっかり酒の回った俺は、長の言葉をよく聞いてもいないのに返事をする。翌日……

「では……どうぞお気を付けて」

 長たちに見送られ、俺は馬車を曳く馬に跨っている。全然聞いていなかったが、どうやら俺は冒険の旅に出るようだ。まあそれは良い、勇者だからな。それよりも気になるのは幌付きの荷台にスティラが乗っていることだ。俺は振り向いて彼女に問いかける。

「あ、あの……スティラさん? どうして貴方まで乗っているのです?」

「スティラさんだなんて……どうぞスティラとお呼び下さい。ショー様」

 そう言って、スティラはポッと顔を赤らめる。あれ、なにこれ、ひょっとして何かあったパターン? 泥酔していた俺には残念ながら記憶が無い。俺は天を仰ぐ。馬は進む。

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