第1話(3)一応クレーム入れてみた
「いきなり怒鳴りつけられても……何事でしょうか、ショー=ローク様?」
アヤコと名乗った女がややうんざりしたような口調で俺に問う。
「今、俺がいるこの世界の事だ! なんだ、あのミノタウロスは⁉」
「ミノタウロスは牛頭人身の怪物で……」
「それは知っている! 俺が聞きたいのはあのデタラメな強さだ!」
「デタラメ?」
「そうだ! 最初の戦闘だぞ⁉ いきなり半殺しだ! いくらなんでも強すぎる!」
「ふむ……」
アヤコが考え込む。何かを操作する音が聞こえてくる。恐らく俺との面談の時にも使っていたあの機械端末の出す音だろう。
「ひょっとしてあれか? 強制的に負ける戦闘ってやつか?」
「いや、それは無いと思いますが……あ~そうですか……」
端末を操作する音が止まり、アヤコは自分だけ納得した様子を伺わせる。
「なんだ?」
「すみません……ショー=ローク様、貴方のご希望を今一度確認しても宜しいですか?」
「『Dランク異世界でのまったりとしたスローライフ』だが……?」
「『SSSランク異世界でののっぴきならない冒険ライフ』ではなく?」
「いや、全然違うだろ⁉」
「どうしてこうなったのでしょう?」
「こっちの台詞だ! さっき、血がドバっと出て、一瞬走馬灯が見えたぞ!」
「『異世界でのベッタリとしたスローモーション』、部分的にはご希望に沿えていますね」
「『まったりとしたスローライフ』だ! 『たりとしたスロー』しか合っていないじゃないか! 部分的にも程があるだろう!」
「まあ、少し落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられるか! 本当にどうしてこうなったんだ⁉」
「……面談データによりますと、『他種族が大勢いる異世界が良い』とのご希望もあったかと思いますが……」
「ああ、そう言ったな、やはり人間だけというのもいまいち味気が無いからな」
「『たまにはチート能力に恵まれたい』とも……」
「自慢じゃないが、俺は今までの様々な異世界での冒険をほぼほぼ、所謂チートスキル無しで乗り切ってきた。例えば……」
「大体の経歴は把握しておりますので、思い出話は結構です」
「と、とにかく、そうやってどうにかこうにかCランクまで登りつめたんだ。そろそろチートスキルまみれな異世界に転生を希望しても罰は当たらないだろう?」
「なおかつムフフなハーレム展開を希望すると……」
「そこまで直接的な言い方はしていないが、出来ることなら美女に囲まれたいというような趣旨の発言はした覚えがあるな」
「ふむ、そうですか……」
アヤコが端末を操作する音が聞こえる。やや間が空く。
「どうした?」
「原因が分かりました」
「本当か⁉」
「ええ、『人間以外 他種族 大勢 チート ハーレム』で検索にかけたところ、一番最初に検索結果に出てきた異世界を紹介してしまったようです」
「なっ⁉」
「どうやら検索ワードに『Dランク スローライフ』というワードを入れ忘れてしまっていましたようですね……てへっ」
「てへっ、じゃない! そっちのミスじゃないか!」
「詳細の確認を怠ったそちらの落ち度もあるかと思いますが」
アヤコが眼鏡をクイッと上げる音が聞こえてくる。
「くっ……まさか転生十何回目で、こんなことになると思わないだろう……」
「油断大敵というやつですね」
「なんでちょっと偉そうなんだよ」
「そのようにお感じになられたのなら申し訳ありません。ただ、ご承知のことかとは思いますが、現状こちらから転生者の方に何か出来るわけではありませんので」
「どうすれば良い?」
「まあ、一番は目標を達成することですね」
「無茶を言うな、初っ端のモンスターにすら歯が立たないんだぞ? 情けない話だが、この世界は俺の手には余る」
「であれば、目標を放棄するということになりますね」
「……つまり、死を選べってことか?」
「そうなります」
「痛いのも苦しいのも嫌だな」
「それはこちらの知ったことではありません」
アヤコは冷たく言い放つ。
「ぐっ……」
「これもご承知のことかと思いますが、よほどの例外でもない限りは、一度転生した世界を途中で抜け出すことは出来ません」
「ううむ……」
「私から言えることはただ一つです」
「一つ?」
「健闘を祈ります」
「いや、そうは言ってもだな!」
「これ以上は時間外業務になりますので……失礼します」
「あ! ちょ、ちょっと待て! ……切りやがった」
俺は途方に暮れる。ここからポーズ状態を解くと、時間は再び動き出す。俺はミノタウロスの痛烈な一撃を喰らい、腹部から大量の出血をしていた。このまま放っておけば、死に絶えるだろう。ただ、あまり受け入れたくない死に方だ。どうせならば首を刎ねられた方がまだマシだった。しかし、このままジッとしていても事態が好転する訳ではない。
(仕方が無いな……ポーズ解除)
再び時が動き出す。俺は相当の痛みと苦しみに襲われることを覚悟した。だが、なんとも無かった。俺は不思議に思い、自らの腹部を確認する。すると……
「⁉ 傷が治っている⁉」
先程チラッと見て、すぐに目を逸らしたのだが、俺の腹部は多量の血にまみれ、臓物も少しまろび出ているようななんともグロい状態だったはずなのだ。それが綺麗さっぱり治っている。傷跡も無い。骨折も治ったようで、そちらの痛みも全く感じない。
「どういうことだ……?」
「勇者様! 良かった……!」
スティラが俺の手をか細い両手で握り締めてくる。俺は彼女に尋ねる。
「ひょっとして、貴女の魔法ですか?」
「はい、わたくしの回復魔法で治癒させて頂きました。まだまだ未熟ですが……」
スティラは目に溜まった涙を拭いながら答える。出逢ったばかりの俺の命が助かったことに感激してくれているのか、良い娘だな……いや違う、そうじゃない。ほぼ即死級の傷を完璧に治癒してしまったというのか? なんてこった、彼女の方がチートじゃないか。
「……生意気なことを申し上げますが、勇者様が傷付いたら何度でも治して差し上げます。ですから、思いっ切り、何の遠慮も無く、モンスターと戦って下さい!」
スティラは決意の固まった表情で俺に語りかけてくる。あーこれはあれだ、今一つ自分の能力に自信が持てなかった娘が覚醒のきっかけを掴むってやつだ。でも生憎、俺が自信喪失気味なんだよな……いや、気味じゃなくて、もう粉々に砕け散っているのだが。
「スティラさん……」
「は、はい?」
「良い眼差しだ、勇者の供に相応しい……」
いや、何を言っているんだ、俺は。確かに綺麗な顔立ちをしているが。そんな言葉を掛けている場合じゃないだろう。しかし、言葉と行動が全然一致しない。俺はすくっと立ち上がると、剣を構えて叫ぶ。
「さあ、モンスターを討伐し、この地に平穏を取り戻しましょう!」
「はい‼」
本当に何を言っているんだ、俺。ああ、このカッコつけたがる癖をどうにかしたい。