俳句バトルロイヤル~上の句~
一行がたどり着いた先には大きな池が広がっていた。葵が爽に尋ねる。
「ここは?」
「こちらは吹上大池です。昔は水練などの為に使っていたこともあるようですが、現在はもっぱらデートスポットの一つとなっていますね」
「デート?」
「ええ、例えばあちらのお二人の様に」
爽が指し示した先にはアヒルのボートを漕ぐ二人の男女の姿があった。
「んん? あれはもしかして……」
八千代が目を凝らす。そして男女の正体に気付き、ハッとする。
「あ、あれは高島津さんと大毛利君⁉ あの二人、いつの間にそんな間柄に⁉」
「ほう……少し前まで犬猿の仲だったというのにな」
「な、なんと羨ましい……じゃなくて、不純ですわ!」
「変われば変わるものだな」
歯ぎしりする八千代と微笑をたたえる光ノ丸。そんな気配を感じ取ったのかボートに乗っていた小霧と景元が池のほとりに立つ葵たちの存在に気付き、あたふたと露骨に慌てた様子を見せる。すると自身の端末が鳴った為、葵は電話に出た。
「もしもし?」
「も、若下野さん⁉ そんなところで何をなさっているの⁉」
「何をって……ご覧の通り、俳句バトルロイヤルだよ」
「初耳ですわよ! そんな皆さん御存じみたいにおっしゃられても!」
「それより景もっちゃんと随分いい感じみたいだね~」
葵はニヤニヤしながら話す。小霧は狼狽する。
「い、いや、これにはこの池より深い理由がございましてね……」
「ああ、別にこっちのことは気にしないでいいから。どうぞ楽しんで」
「ちょ、ちょっと待っ……」
葵は通話を切り、爽に向き直る。
「ごめん、サワっち。どうぞ進めて」
「……では、まず、こちらが第一の俳句ポイントになります。こちらの池の様子をご覧になって、思い浮かんだ句をそれぞれ一句ずつご披露頂きます。思い浮かんだ方から挙手をお願い致します」
「はい‼」
八千代が早くも手を挙げた。爽は多少驚きつつ、八千代を指名した。
「……では、五橋さま、どうぞ」
「リア充め 爆ぜろもしくは 池沈め」
「藍袋座さん、判定を」
一超は『1点』の札を上げた。
「さ、最低点⁉ な、何故ですの⁉」
「……宜しければ簡単に講評もお願い致します」
一超は軽く咳払いをして、呟いた。
「あらわにす 私心 はしたなし」
「……とのことです」
「わ、わたくしとしたことが、嫉妬心に駆られて……」
「お、お嬢さま! まだ始まったばかりです!」
膝を突いた八千代を憂が懸命に励ます。
「ふん……」
「氷戸さま、どうぞ」
「大池や 今に伝えし 歴史跡」
「判定を」
一超は『3点』の札を上げて講評を述べた。
「やや無難 とはいえその句 悪くなし」
「まあ、こんなものだ」
光ノ丸は得意気な表情を飛虎と葵に向ける。
「くっ……次は俺だ!」
「はい、日比野さま」
「アヒルさん でかくてしかも かわいいな」
一瞬沈黙が訪れる。
「どうだ⁉」
「は、判定を」
一超は戸惑いながら『2点』の札を上げる。
「な、何だと⁉」
飛虎の怒声にたじろぎながら、一超は講評を述べた。
「ただ単に 感想述べに 留まりし」
「ちぃ!」
「よくそんなに悔しがれるな……」
光ノ丸が呆れた声を上げる。その脇で葵が頭を抱えて呟く。
「あ、アヒルさんをネタにしようと思ったのに取られちゃった……」
「葵様……!」
爽が葵たちの後ろに控えていた秀吾郎に目配せをする。
「!」
秀吾郎は頷き、池に勢いよく飛び込んだ。
「な、何ですの⁉」
八千代が驚く。葵が閃く。
「そうか!」
「葵様!」
手を挙げた葵を爽が指名する。
「大池や 忍び飛び込む 水の音」
「判定は⁉」
一超は『4点』の札を上げた。
「やったー!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「講評をお願いします!」
「舌を巻く 忍び用いし 発想に」
「だ、そうです!」
「だそうです! じゃありませんわ!」
「どこかで聴いたことあるような……」
「そもそも、忍びを使うなど反則だろう!」
爽は八千代たちの抗議の声を両手で制する。
「……あちらをご覧下さい」
爽が池の方を指し示す。そこには竹筒の先が顔を覗かせていた。
「あ、あれは……?」
憂の疑問に爽が答える。
「いわゆる『水遁の術』というやつでしょう」
「そ、それは見れば分かりますが……」
「真面目な忍びが水遁の術の練習に勤しむ……池でよく目にする光景でしょう」
「よく目にしてたまるか! イレギュラーにも程があるだろ!」
詰め寄る飛虎を無視して、爽は話を進める。
「……では次のポイントに参りましょうか」
「シカトすんな!」
「仕方ありませんわね」
「まだ挽回の機会はある……」
尚も抗議する飛虎とは対照的に八千代と光ノ丸は気持ちを切り替えていた。
「なんで納得してんだよ、アンタら! ……だからちょっと待て! 置いていくな!」
飛虎は憮然としながらも一行の後に続いた。