ヒプノシスハイク
「ご、ごめんなさい! 大丈夫でした?」
「突然の 視界逆さま いとおかし」
頭を下げる葵に、一超は平然と答えた。
「少しばかり手荒な手段になってしまいましたが……こうして藍袋座さんとお話出来る機会を持てて良かったです」
「そうなの? そういえば、さっき言っていた詳細とか喫緊の課題って……」
爽は周りの光ノ丸らに聞こえないようにヒソヒソ声で葵に説明する。
「町奉行の二人が仲間に入り、勘定奉行を顧問に迎え、更に当代きっての人気歌舞伎役者も陣営に加わって下さいました。残る票田はあと僅かです!」
「票田って……」
「……言い方が少し直接的過ぎたかもしれませんね、失礼しました。ですが、とにかくこちらの藍袋座さん、文化系クラブの中心人物でいらっしゃいます。その存在感は決して無視できるものではありません!」
「その通りだ!」
「あ……氷戸さま、聞こえていましたか」
「聞こえるように喋っていただろう」
光ノ丸が呆れるが、すぐさま気を取り直して、一超に語り掛ける。
「……どうだろうか、藍袋座殿、我が陣営に協力してはもらえないだろうか? 協力して頂いた暁には、文化系クラブの予算面でのバックアップに関して個人的に色々と相談に乗っても構わない」
負けじと八千代も語り掛ける。
「いえいえ、是非とも我が陣営に御協力をお願い致します。文化系クラブには女子生徒も多数在籍なされていますわよね? 彼女たちがより良いクラブ活動に専念できるよう、我々としても、サポートは惜しみませんわ」
「ははっ!」
光ノ丸と八千代の勧誘に、飛虎は声を出して笑った。
「何だ、何がおかしい!」
「そうですわ!」
「……全くもって笑止千万! アンタらが攻めているのはあくまで外堀だ」
「外堀?」
「そう俺が狙うはあくまで……本丸だ!」
「本丸ですって⁉」
飛虎は一超の前に跪き、その両手を取って、熱く語り出した。
「俺はアンタ自身の活動をまず最優先にサポートしたい。本を出したいなら、大手の出版社を紹介しよう、活動を深く知ってもらいたいなら、一流の映像制作会社を手配しよう、動画投稿を充実させたいなら、気鋭のクリエイターを引き合わせよう、全てはアンタ、藍袋座一超の俳句人生を充実させるためだ。そのためなら、俺はどんな協力も厭わない!」
「む、むう!」
「や、やりますわね……」
「俺とともに来てくれるか?」
一超は飛虎らの顔を比べながら黙っている。
「いきなりの 引く手あまたに 戸惑いし」
一超はやや困ったような表情を浮かべたのを葵は見逃さなかった。すぐさま一超の近くに駆け寄ってこう言い出した。
「決めかねているんですね、それではどうでしょう? 私たちの俳句を聞いてみて、最も優れた陣営に優先的に協力してくれるというのは?」
「あ、葵様⁉」
戸惑う爽を片手で制しながら、葵は続ける。
「勿論、あくまで優先的にです。誰に肩入れするも、またそもそも投票しないのも、それは貴方がたの自由です。とにかく確かなことは本日これから行われる勝負で、勝った陣営のみが今後も貴方がたに干渉し続けることが出来るということです。その他の陣営は一切手を引きます」
「若下野さん! 貴女は何を勝手な!」
「いや……待て」
葵に食ってかかろうとした八千代を光ノ丸が制止する。一超はフッと微笑んだ。
「句で競う 試みとやら 面白し」
「興味を持ってくれたかしら?」
「皆の詠む 様々な句を 見てみたし」
「決まったわね」
「っておい、決まったって、どうするんだよ⁉」
立ち上がった葵に飛虎が問い詰める。
「どうするって何を?」
「勝負の方法だよ!」
「その点については……サワっち!」
「はい、葵様」
葵の言葉に爽が頷いた。いつの間に用意したのか、彼女の背後には庭園の全図が示された白地図が広がっていた。爽が説明する。
「こちらの庭園には、句心を大いに刺激する場所や風景が多くあります。今回はその中でも三か所をピックアップしました。皆さんにはその三か所に関連するものや光景を題材ににして即興で俳句を詠んで頂きます。判定は藍袋座さんにお願いします。点数は5点満点で、三か所合計の点数で争います。点数が最も多い陣営が優勝となり、藍袋座さんとの優先交渉権を得ることが出来ます。よろしいでしょうか?」
「よろしいって、そんな勝手に?」
「構わん」
「よろしくてよ」
「はっ⁉」
飛虎の反応とは対照的に、光ノ丸と八千代はあっさりと勝負を受け入れた。
「ちょ、ちょっと待てって! アンタらそれで良いのかよ⁉」
「句歌に関しては人並みに嗜んでおりますわ」
「ひょっとして……自信が無いのかな、日比野殿?」
「なっ⁉」
「ならば悪いことは言わない。今の内に引き下がるべきだ」
「そうですわね、恥をかいてからでは遅いですわよ」
「……馬鹿にするなよ、この勝負受けて立ってやる!」
飛虎の言葉を受け、葵は爽に向かって頷いた。
「ではまず一か所目の俳句ポイントに向かいましょう……」
爽の案内に各人が続く。その列の後方で一超が呟いた。
「何故か 初夏の如き 心持ち」