第13話(4) 天守の決戦
御剣の傷を愛が治癒している途中で御剣が刀を杖代わりにして立ち上がる。
「ま、まだ途中なのですが……」
「いや、もう十分だ、ありがとう」
「そ、そうですか、では武枝隊長の治癒を……」
「無用じゃ」
御盾は地面に大の字になりながら答える。愛が戸惑う。
「し、しかし、大分消耗されているように見受けられます……」
「此方は自分で回復出来る。恋夏……山牙の奴めもこちらに向かってくるだろう。ここでしばらく休んで、奴と合流してから追い付く」
「回復ならば、私でもいくらかお役に立てますが……」
「其方も力を消耗するであろう。悪いことは言わん。自分の為に取っておけ」
「は、はあ……」
御剣が愛と勇次に声を掛ける。
「では、先に向かうぞ」
「は、はい……」
「了解しました」
御剣は刀を鞘に納めると、すぐに走り出す。
「た、隊長!」
「無理はなさらないで下さい!」
勇次と愛が慌てて追いかける。本丸までたどり着くと、御剣は忌々しげに建物を見上げる。後に続いてきた勇次が尋ねる。
「どうかしたんですか?」
「元々、天守など無い城だったというのに、趣味の悪いものを造りおって……」
「城と言えば、天守の一つも無くては締まらないだろう?」
実継が天守の欄干に姿を現す。
「兄さん!」
「実際には存在しなかったとされるものを築造して悦に入るのか、滑稽なことだ」
「個人の趣味さ」
「悪趣味だな」
御剣は実継の言葉を切って捨てる。実継は苦笑する。
「そうやって安っぽい挑発をして、冷静さを失わせようとしても無駄だよ。もう少し実のある話をしようじゃないか。まあ、ここまで辿り着けるとは思わなかったけど」
「……干支妖も貴様の差し金か?」
「奴らは災害のようなものだよ、とてもじゃないが完璧にコントロールすることなど出来ない。多少の誘導は出来たけどね」
「勇次を妖絶講に導いたのは?」
「彼に鬼の半妖の血が流れていることには気づいていたのだが、それを覚醒させる為の有効な手段がなかなか見つからなくてね。やや荒療治だとは思ったが、思い切ってそちらに預けてみることにした……思った以上の成果が出たね」
「姉ちゃんに何をしたんだ⁉」
勇次が問い掛ける。実継は大袈裟に両手を広げて首を振る。
「特別なことは何もしていないよ、彼女がある時、夜叉の半妖として目覚め、都合の良いことに私の手駒となった……ただそれだけのことだよ。幸運だったね」
「幸運?」
「そう、私の理想に近づくことが出来たからさ」
「理想とはなんだ? 半妖どもを従えて、何を企む?」
御剣が刀に手を掛けて問う。
「生き物と妖……その両方の血を持つ半妖こそ、この世で最も崇高なる存在だ、世を統べるに相応しい存在だと言えるだろう。そんな世界をこの目で見てみたいんだ」
「その為に世の平穏を乱し、人に仇なすというのか?」
「少し違うね……世を正し、人を排する……そういう考えだ」
「その上に貴様が立つと?」
「それも少し違う、私は導き手の一つになりたいんだ」
「……ちょっと待って」
愛がゆっくりと前に進み出る。
「愛……」
「勇次君の力を目覚めさせる為に彼を危険に晒したの?」
「ふむ……端的に言えばそうなるね」
実継が顎に手をやりながら頷く。
「私も殺そうとしたわよね?」
「ああ、影憑きの件か? あれは成り行き上としてはそうなったね」
「……母さんも操って、その手を血で汚した!」
「ちょうど良い駒が無かったものでね」
「手駒だ駒だって……人のことをなんだと思っているの⁉」
「排すべき存在だと思っているよ」
「……! 隊長!」
愛が実継を指差して叫ぶ。
「危険思想の持ち主です! 根絶対象とすべきかと!」
「全面的に同意だ!」
御剣が刀の鯉口を切り、実継に飛び掛かろうとする。
「上杉山御剣……宿り給へ」
「⁉ くっ!」
実継が形代を投げつけると、四体の御剣が現れ、御剣本人に襲いかかる。御剣は戸惑いながら、その攻撃をなんとか受ける。実継は笑う。
「ははっ! 名うての剣士殿は自らの分身相手にどう戦うかな?」
「隊長!」
「私のことは良い! 奴をやれ!」
「了解! 喰らえ―――⁉」
勇次が実継に向かって飛び掛かり、金棒を勢い良く振り下ろすが、その寸前で夜叉の半妖、鬼ヶ島一美が鎌で受け止める。
「姉ちゃん⁉」
「離れなさい……!」
「ちっ!」
一美の鎌によって押し返され、勇次は着地する。実継は愉快そうな声を上げる。
「こちらは世にも珍しい夜叉の半妖と鬼の半妖の戦いか! しかも姉弟同士の骨肉の争いだ、まず滅多に見られない光景だな!」
「……黙りなさい」
「うん?」
「黙れと言っている!」
愛が形代を手に実継を睨みつけながら叫ぶ。
「ふん、来るか、愛! 良いだろう、相手をしてやる!」
「ぐうっ!」
天守の真下で御剣は四体の御剣に四方を囲まれ、苦渋の表情を浮かべる。
「敵に回すと、この上も無く厄介だな、私!」
前方の御剣の振り下ろした刀を躱し、後方の御剣の刀を背中越しで受け止め、右方の御剣が下段に繰り出した刀を飛んで躱し、左方の御剣の刀をブーツの裏で受け流す。
「やれば出来るな、私! その一方で味方との連携は今一つだな、私!」
御剣は自賛と自省を同時に行う。そして、攻撃の反動を利用し、空中に高く舞う。
(修練や研鑚とは突き詰めれば自分自身との戦いだ……自己を乗り越えることによって、より高みへと登れる。今この状況はこの上もない好機とも言える! だが!)
御剣は四体の御剣を見下ろしながら叫ぶ。
「だらだらと長引かせている暇は無い!」
御剣は降下しながら刀を構える。
「上杉山流秘奥義、『凍剣円舞』‼」
御剣は円を描くように刀を振るう。四体の御剣は一瞬にして凍りつく。
「くうっ!」
天守の欄干の下に位置する屋根で、勇次は一美の攻撃をなんとか躱す。
(鎌の太刀筋が鋭い! 躱すので精一杯だ! こちらから攻撃する隙が無い! 俺よりも半妖としての覚醒度合いが違うってことか⁉)
勇次は内心舌打ちをする。そこに御剣が下から声を掛ける。
「怯むな、勇次!」
「隊長⁉」
「貴様も少なからず修羅場を潜り抜けているはずだ! それを思い出せ!」
(そ、そうだ……俺だって!)
勇次は妖絶講隊員としての日々に思いを馳せる。顔を埋めた時の千景の豊満な胸、(今にして思えば)スカートに潜り込んだ時の万夜の程よい肉付きの太もも、押し倒した時の億葉の華奢な体、風呂場で鉢合わせしてしまった時の愛の半裸、邪粘に覆われた際の御剣のよく引き締まっていて、それでいて出る所はしっかりと出ている体……。
(ロクな思い出が無えな、俺! いや、ある意味良い思い出なのか?)
勇次は首をブンブンと左右に振る。すると一美が鎌を振ろうとしていた。
「やべえ! ええい、煩悩退散!」
「⁉」
半ばやけくそになった勇次が金棒で足元を叩くと、周囲の瓦が崩れ、一美がバランスを失って、体勢を崩す。
「おおっ! 今だ!」
勇次が金棒で一美の腹を突く。
「かはっ……!」
攻撃を喰らいながらも反撃しようとする一美に対し、勇次の反応が遅れる。
「ちぃっ!」
「そこまでだ」
「ぐっ!」
一美の背後に回った御剣がその首筋に手刀を入れる。気を失って倒れ込む一美を勇次が慌てて抱き抱える。
天守の中で、愛と実継が相対する。愛が語りかける。
「……大人しく投降して下さい」
「ほう、怒り心頭かと思ったが、まだ情は残っているか」
「それは……兄妹ですから」
「生憎、私はお前に対して愛情は無いよ」
「えっ……」
「兄もお前も嫌いだったんだよ! ことある毎にこれ見よがしに自分の神力の高さを見せつけやがって! 私にどうしようもない劣等感を植え付けた!」
「そ、そんなつもりは……」
「苦労の末、私はお前よりも高い神力を有するに至った! 上杉山御剣、宿り給へ!」
実継は四体の御剣を出現させる。愛が驚く。
「⁉ そんなに続け様に形代を具現化するなんて!」
「尊敬する隊長の剣でくたばるが良い!」
「……丑泉、宿り給へ!」
「なんだと⁉」
愛は四体の丑泉を同時に出現させる。丑泉の急襲により、四体の御剣は消滅する。
「はあ……はあ……」
「そんな……干支妖を具現化するだと……?」
「先程、言葉をかわしましたので……」
愛は膝を突く。すると、四体の丑泉は紙切れと化す。実継は笑みを浮かべる。
「ふははっ! 流石のお前でも、干支妖を四体同時に具現化させるのは無謀だったな!」
「くっ……ただ、それは貴方も同じでは?」
「まだだ! 上杉山御剣、力を貸し給へ!」
実継は形代を体に貼りつけると、壁に掛かっていた刀を手に取る。
「!」
「お前は私直々に始末してやる!」
実継は刀を鞘から抜き、愛に向かって振り下ろす。
「貸しても良いとは言っていない……」
「なっ……!」
「隊長!」
御剣が刀を一振りして、実継の体を斬り付ける。
「ぐぬっ……」
実継は刀を落とし、膝を突く。御剣は冷静に告げる。
「大体構えからしてなっていないぞ、それではどうせ私の力を活かせないだろう」
「き、貴様っ……!」
「喜べ、手加減をしてやったぞ、本当は首を刎ねて終いにしたかったが、貴様には色々と聞きたいことがあるのでな……」
御剣は刀の刃先を実継に向ける。実継は傷を抑えながら、憎憎しげに叫ぶ。
「隊員の肉親に対して容赦なく刀を振るとは……!」
「はっ、一体どの口が言うのか……それに少しばかり調べが甘いぞ」
「?」
「妖絶士としての私の生き様を知らないのか?」
「生き様だと?」
「そうだ、私……上杉山御剣は躊躇しない!」