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もしもし? その2

 スアが取り出したのは水晶玉でした。
 その水晶玉はかなり小型で、直径3cm程しかありません。
 スアが言うにはですね、この水晶玉は通話水晶と言うそうなのですが、2つで1組になっていまして、その対の水晶玉同士で会話をすることが出来るんだそうです。
 水晶玉同士が離れ過ぎちゃうと通話出来なくなるそうなんですが、このナカンコンベの街中くらいであればお互いがどこにいたとしても問題なく通話出来るそうです。
 確かにこれは便利です……便利ですが、大きな問題も抱えています。
 と、いうのがですね……予約をしたい方とマクローコのお店に通話水晶が1個づつあればいいわけですが、予約したい人が仮に100人いた場合、マクローコのお店には通話水晶が100個置かれることになるわけです。で、 予約の通話が入ってきた水晶玉を素早く見つけ出して、その水晶玉に対してお話をしていかないといけないわけですが、これを人力で行おうとすると間違いなくすごい重労働になること請け合いです。
「う~ん……確かに便利なんだけどなぁ……」
 僕は、そんな事を考えながら腕組みしていきました。
 何かいい手はないか、と考えてみたものの、いくら考えを巡らせても何も浮かんできません。
 電話番に人を雇うにしましても、100個の通話水晶を相手にして問題なくこなそうと思ったら一体何人雇えば良いのでしょう……想像すら出来ません。
 僕がうなっている前で、スアも腕組みして考えこんでいたのですが、少し鼻の下をこすった後、
「……そうだ、この手でいこう」
 おもむろにそう言いました。
 ……今の仕草がどこかの小さなバイキングみたい見えたのは、きっと気のせいだと思います。

 スアはそう言うと一度自分の研究室へ戻っていきました。
 で、研究室から戻ってきたスアは、いかつい本を10冊抱えています。
 その本には「隔週刊木人形を作ろう:改訂版」と書かれています。
 これ、コンビニおもてなし3号店のエレ達のような木人形を簡単に作成できるキットです。
 スアが全面監修していまして魔女魔法出版が刊行したベストセラーなのですが、これ、全10冊、合計1千万/僕が元いた世界の通貨換算もする高級品なんですよ。
 で、それを惜しげもなくビリビリ破いて中身を取り出し組み立てていくスア。
 その際、パーツのいくつかに魔法をかけて変形させています。

 で

 ほどなくして出来上がった木人形を見て僕は首をかしげました。
 このキットは普通に組み立てれば人族の姿になるはずなんですが、なんかですねスアが組み立てたこの木人形はその上半身全部がでっかいがま口財布みたいな形状をしているんです。
 それに手足がくっついているのですが……これ、どっかの特撮のロボット学校物に出て来た泥棒ロボットみたいな感じですね。
 スアがその口を開けてその中を見せてくれたのですが、その中にはカタツムリの殻みたいなのがびっしり詰まっていました。
「……試して、みる?」
 スアはそう言うと、殻の中に通話水晶を1つ入れました。
 すると、それを吸い込んだ殻はパタンと蓋を閉じていきました。
 で、スアはその通話水晶と対の通話水晶を僕に手渡しました。
「……『通話』って、念じて」
「よし、わかった」
 スアに言われた通り、僕は脳内で『通話』と念じていきました。
 すると、僕が手にしている通話水晶が急に光り出し、その中から
『通信ありがとうございます。こちらはコンビニおもてなし美容室マクローコのお店でございます』
 女性の声でそう聞こえてきたのです。
 これ、この殻が、その内部で通話水晶に向かって話しているんだそうです。
 この殻、トーキングシェルという魔法がかけてあるそうなんですが、文字通り殻の中で通話水晶に向かって話をすることが出来るんだそうです。
 簡単な会話しか出来ないらしいのですが、予約の時間を聞くくらいは問題なく出来るみたいです。
 で、このトーキングシェルはがま口木人形の体内ですべて連結されていまして、がま口木人形が脳内でトーキングシェルが通話した内容を集積し、予約を調整していく仕組みになっています。
 で、通話相手が希望された時間に先に予約が入っていれば、
「申し訳ありません、その時間は先に予約が入っています」
 と応対するよう設定されています。
 こんな感じで、殻1つ1つが簡易な意思を持っていて、予約に特化した簡単な会話が出来るわけなんです。
 で、がま口木人形がそれをまとめた予約状況一覧は、木人形の頭のボタンを押すとその頭上にウインドウが表示されまして、その中に表示される仕組みになっていました。

「つまり、予約を希望するお客さんにこの通信水晶をお渡ししておいて、マクローコのお店を利用した糸岐は事前にこれで予約をとってもらえばいいわけだ」
 僕の言葉に、スアはこくりと頷きました。

 ただ、スア的にもこれは僕の話を聞きながら試験的に魔法生成した品物になるそうですので完璧とはいえないそうです。
 まぁ、それは仕方ありません。何しろこの世界で始めて実用化されたシステムですしね。
 あとはマクローコ達に実際に使用してもらいながら、何かあればその都度対応していくしかなさそうですね。

◇◇

 と、いうわけで、翌日の営業から早速この通信水晶を皆さんへ配布していきました。
 風俗街のお姉さん達がメインですので、狐楼閣(ころうかく)のエラネラに通信水晶の配布を手伝ってもらうことにしました。
 最初僕が狐楼閣を訪ねると、エラネラ
「まぁまぁ、店長さんじゃないか。約束通りアタシが直々にサービスしてあげるよぉ」
 満面の笑みを浮かべてくださいました。
 で、その誤解を解くのが一苦労だったんですけど、ようやく事情を理解してくれたエラネラさんは
「オッケー、そういうことなら任せときな……でもさ、いつかはサービスもさせておくれよ?」
 そう言って僕の脇腹をツンツンしてきました。
 スアがすぐに転移魔法でやってきたのは言うまでもありません。

 エラネラさんのおかげで、その日のうちにかなりの数の通信魔石を配布することが出来ました。
 新たに希望されたり、紛失されるケースなどを考慮しましてエラネラさんには予備を多めにお渡ししていますので、風俗街のお姉さん達の多くは、マクローコのお店にこなくても通信水晶を手に入れることが出来るわけです。
 で、お店にやってきたお客さんの中で、エラネラさんから通信魔石をもらっていない風俗街のお姉さんや、風俗街以外にお勤めの皆さんには、お店で通信水晶を配布していきました。
 
 3日もするとがま口木人形が騒がしくなりはじめました。
 がま口の中で通信を受信し応対しまくっているのでしょう。何やらカチャカチャ、ピーピー忙しく音がなり続けています。
 そして、マクローコががま口木人形の頭を押してみると、その上部にウインドウが表示され、その中に予約表が表示されたのですが、その中にはびっしり綺麗に予約が詰まっていました。
 営業を開始すると、その予定表通りにお客さんがやってこらました。
 中には急な用事でこられなくなる方もおられますし、飛び込みでこられる方もおられます。
 そこは、マクローコに臨機応変に対応してもらうことにしてあります。

 この通信水晶システムを導入したことで、どうにかマクローコのお店がお客さんでにっちもさっちもいかない状態に陥ることはほぼなくなりました。
 ただ今度は、なかなか予約がとれないといった苦情が聞こえはじめました。
 これはマクローコが1人でお店を回せるように、予約受諾数をそれに合わせているのが原因です。
 その解消のためにも、新たなスタッフを雇用・育成することも考えないといけません。
 そのことをマクローコに話してみたところ、
「わかった! マクローコ、デラ頑張るんば!」
 そう言い、いつもの舌出しダブルの横ピースをしてきました。
 システムはともかく、マクローコはやっぱりマクローコってことですね。

◇◇

 そんなある日のことでした。
 コンビニおもてなし5号店が閉店した直後に、マクローコが血相をかえて駆け込んできました。
「て、て、て、店長ちゃん! これ! これ、なんかおかしいっぽい!」
 そう言いながらマクローコは、僕にトーキングシェルを放り投げるようにして手渡しました。
 どうやら、がま口木人形の中から取り外して持ってきたようです。
 で、よく見るとそのトーキングシェルは赤く明滅しながら
『異常事態・異常事態』
 と連呼していたのです。

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