第13話 不器用な男
いつも活気で溢れているギルドはあり得ないほどに静まり返っていた。その静寂の中である受付カウンターが冒険者たちの注目を集めていた。
かなりの威圧感を放っている武闘派の大男、それに相対するのは装備からしても明らかに冒険者になりたての青年。その青年が顔色一つ変えずに大男と相対していること自体、称賛に値することだろう。
しかしこの後の青年に起こる出来事を想像すると、ギルド内にいる冒険者たちは哀れな目を向けずにはいられなかった。
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「おい!聞いてんのか?」
その静寂を打ち破りかのようにその大男、ゲングは俺に怒鳴りかけてきた。せめてもうちょっと声量を抑えてほしいものである。
「はい、聞いてます。あなたは一つ勘違いしてますよ」
「はぁ?勘違いだぁあ?!」
「僕はレイナさんにデレデレしてません。依頼の達成報告をしていただけです」
「そんな言い訳が通用すると思ってんのかぁ?!!!」
え~、この人話が通じないタイプの人かよ。これは本格的にどうしたものか。このゲングとかいうやつが大声で怒鳴っているからめちゃくちゃ注目浴びてるんだけど!最悪だ...
それにレイナさんも他の受付嬢さんも対処に困っているようだ。おそらくこいつがそこそこの実力があるせいで下手な対応が出来ないのかもしれない。ここは一か八か、話をそらしてみるか!
「ところで、"俺のレイナ"と言うということはあなた...レイナさんのことが好きなんですか?」
「は、はぁ~?!!何言ってんだテメェ!!!」
おっと、若干の動揺が見えるぞ。こいつもしかして...こんな見た目なのに"あれ"なのか?
「ちょっとゲングさん、耳貸してもらえますか?」
「あぁん?何だ?」
好戦的な態度ながらも俺の方に近づいてきてくれた。
なんだよ!素直かよ!!!
俺は周りに聞こえないように小さな声で話しかける。
「あなたの態度や反応からもう分かりきっていますが...レイナさんのこと好きですよね?」
「テメェ...ぶっ殺されたいのか?!」
「あの、話が進まないので素直になってもらっていいですか?もう分かってますので」
ツンデレを冷たくあしらうとゲングは俺の態度に少し驚いたのか少し間をおいてから首を縦に振った。おそらくこの人はあれだろう、好きな女の子にちょっかいを出すことでしか好意を表せない男子小学生みたいだ。不器用でツンデレタイプのようだ。それが分かれば対応方法はある程度見えてきた。
「まずゲングさん、その威圧的な態度はあなたなりのレイナさんへの好意かもしれませんが、完全に逆効果になってます。むしろ嫌われてますよ」
「はぁ?!そんなわけ...」
「そんなわけあります!いいですか、何を勘違いしているのか知りませんが威圧的な態度と男らしい態度っていうのは全くの別物です。本当にレイナさんに好かれたいならまずはその怒鳴り声と威圧的な態度を改めてください」
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な、なんなんだよ...こいつ
俺が怒鳴りつければ誰もが青ざめた顔をして逃げていくというのに...
目の前のこのヒョロガキは臆することもなく俺に話しかけてきて、しかもこの俺に説教までしてきやがった。最初は生意気なガキだと思ってブチ切れていたが、こいつは真剣な表情で俺のことを見ている。
そんな顔を見ていると俺の中にあったモヤモヤとした何かが綺麗に晴れていった。こいつの話なら聞いてやってもいいかもしれない、そんないつもの俺らしくない気持ちが湧いてきやがった。
━━そうだ、確かに俺はレイナのことが好きだ。最初は他の奴らと同じように冒険者と受付嬢、それだけの関係だった。人とのコミュニケーションが苦手だった俺は他の冒険者とつるむこともなく自然と一人になっていった。ある奴は俺を見るなり顔を青ざめてすぐに逃げていき、ある奴は腫れ物に触るかのように接してきやがる。
それが"普通"なのだと俺はどこかで諦めていたのかもしれないな。誰からも怯えられ、避けられて、いつも一人で活動する。無性にイライラし出したのもこの頃からだったかもしれないな。
そんな中で唯一俺の目を見て堂々と話してくれていたのがレイナだ。そんな態度に俺は次第に心のよりどころを見つけていったのかもしれない。
あいつといればこの荒れ狂った心が少しは静まっていく、そんな気がしていた。次第に俺はいつもレイナを気にするようになり、あいつに群がる奴らに対して今まで以上に怒りが湧いてくるようになった。
そうなってからはレイナと頻繁に話している奴を見かけると、怒鳴りつけるようになってしまった。俺の安らぎを取られるような気がして、はらわたが煮えくり返るような怒りが心を支配する。好戦的な態度で相手を怯えさせる、俺にはその方法しか分からなかった…
「い、今更そんなことしろったって...俺は、じゃあどうすればいいんだよ!!」
こんなことを目の前の頼りなさそうな男、しかも初対面のやつに言うなんて...本当に俺らしくねーな。
「そんなの簡単ですよ。“あなたらしくない“ことをすれば良いんですよ」
「俺...らしくない...?」
何を言っているんだ、こいつは?...頭おかしいのか?
俺らしくないことって何だよ。
「いいですか、あなたはレイナさんに好かれたいんですよね。でも今のままでは好かれるなんて夢のまた夢です。今まで通りじゃダメなんですよ。初対面の僕でもこれだけは分かります、『あなたは変わる必要がある』」
「変わるったって...」
「単純です。今までは周りに怒鳴り散らして威圧感を与えてきたのであれば、これからは周りに優しくなればいいんです。相手のことを思いやって困っている人を助けたり、何なら相手を困らせないようにするだけでいいんです」
優しくなる...?この俺が、か?
「そんなの、出来るわけないだろ!!俺が...俺が今までどんな気持ちで...」
「そりゃ知らないですよ。あなたの気持ちも、あなたの葛藤も、あなたにしか分かりません。でもあなたが一番わかっているでしょ、今のままじゃダメだってことを」
...本当に何なんだよ。
何も知らないくせに、何も分からないくせに...
そうだよ、そんなこと分かってんだよ!今のままじゃダメなことぐらい。
でも分からないんだよ、どうしたらいいか。どうすべきなのか。
「...とりあえず"ありがとう"と感謝を伝えてみるのはどうですか?」
「...感謝?」
「はい、何をしていいのか分からないなら感謝を伝えることから始めてみてはどうでしょう。何かしてもらったり、助けてもらったときに"ありがとう"と感謝の気持ちを伝えるんです。もちろん怒鳴ることや相手を威圧することは意識してやらないことが前提ですけどね」
感謝...感謝なんかで何か変わるのか?そんな簡単なことで変わるなら俺は...
「...本当にそれで変わるんだろうな」
「それはゲングさん次第です。本気で変わりたいと思うのなら、まず一歩進まないと始まりません。そこから上手くいくのかどうかは"神のみぞ知る"ってやつですよ。でもただ一つ言えるのは、今こうやって怒鳴らずに話しているゲングさんは普通に接しやすいですよ」
こいつの言っていることが馬鹿らしくて自然と笑いが込み上げてきた。何だよ、こんなに説教じみたこと言いやがって、最後は知らないってか。無責任にも程があるぞ。
...しかし何故だか悪い気はしない。むしろ清々しいほどに心はすっきりとしている。こんなに人と腹割って話したのはいつぶりだろう。いいぜ、ここまで言われて出来ない言うのものも俺らしくない!やってやろうじゃねーかよ!!
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ふぅ~、何とか話を逸らすことが出来たな。
ゲングは何だかスッキリしたような顔つきになり、その場から去っていった。何とか後腐れなくこの場を乗り切れたようだ。てか人って本当に見かけによらないよな。あんな強烈な威圧感を放っている人でも中身はただの不器用なだけだったんだから。
てか俺、こんなに人と事務連絡以外でしゃべったのいつ振りだろう。前世で精神疾患を患ってからは人と関わることを全力で避けてきたからな。人と話すだけで動悸や発汗とかのパニック症状に陥ってたやつがどうして今は何ともないんだろう。
生まれ変わったからか?いや、もしかしたらスキルが関係しているのかもしれない。でも正直何でもいい。俺はまたこうやって誰かと関わることが出来るようになったのだから、それだけで『幸せ』なのではないだろうか。
「ユウトさん!大丈夫でしたか?!」
そんな感傷に浸っていると背後からレイナさんが心配そうな顔をして声をかけてきた。俺はこうやってレイナさんとも何もなく関われていることを改めて嬉しく感じていた。
「全然大丈夫ですよ。あのゲングって人も話してみれば意外と不器用なだけの人でしたし」
「そ、そうですか。でもあのゲングさんを前にして一歩も引かないなんて、すごい肝が据わってますね」
いや~、それはおそらくスキルの影響じゃないかな...
なんて言えないし、隠しておこう。
「人を見た目で判断しないようにしてるんですよ。見た目と噂なんて当てにならないですしね」
咄嗟にそんなごまかし方をしたが、これは本心なので嘘ではない。
見た目や噂を鵜吞みにしているとどこかで痛い目をみる、これ物語あるあるね。
「それってすごく素敵な考え方ですね!私もそんな風に考えられるようにしたいです」
レイナさんは十分に出来ていると思うけどな...
俺の方がまだまだ偏見で見ちゃうことだってあるし、今だって最初からチンピラだって決めつけちゃってたし。人を見た目や噂で判断してはいけない、改めて心に刻んでおこう。
そんなこんな予想外のトラブルもあったが無事に納品も終わり、ランクアップも出来たので順調に目標へと近づいている。明日からはもっと稼げるように頑張らないとな。っと言っても働きすぎもよくないのでどこかで休みをちゃんと入れる必要があるな。
そんなことを考えながらギルドを後にして宿へと戻る。
いつも以上に精神的に疲れていたのは言うまでもないだろう。