南方より来たりて その2
「オルパ熱ですです!?」
ナカンコンベ商店街組合にやってきた僕の言葉を聞いたレトレは目を丸くしながらとびあがりました。
「そ、それは本当ですです!?」
「あぁ、間違いないよ。スアが触診した結果だからね」
そう言いながら僕は、一緒にやってきているスアの肩をポンと叩きました。
ただ、カウンターの向こうにいるエレエからは小柄なスアが見えないみたいでして、レトレはカウンターの上からのぞき込むようにしてようやくスアの姿を確認し、大きく頷いていました。
「伝説の魔法使いのスア様の診断でしたら間違いございませんですです。となりますと、至急関係各所に連絡をしてですですね……」
レトレはそう言いながら慌ただしく事務所の中を動き回り始めました。
「あ、で、レトレ、一応情報というか、今わかってることを伝えておくね……」
僕はそう言うと、駆け戻ってきたレトレに、
・南方から来ている商会の従業員が風俗街に多く出入りしていること
・その相手をした風俗店の店員に感染者が集中していること
・従業員の多くはすでにおもてなし診療所で治療したこと
これらのことを伝えていきました。
「ご協力非常に感謝ですです。改めてお礼に伺わせていただきますですです」
エレエは、僕とスアに何度も頭を下げると、再び慌てた様子で事務所の中を駆け回り始めました。
「……とりあえず、伝えることは伝えたし、今日は帰ろうか」
僕がそう言うと、スアはコクンと頷きました。
スアと手をつないで商店街組合を後にした僕なのですが、そんな僕の腕にスアがぴとっと頬を寄せました。
「……ひさしぶり、ね。二人きり」
そう言いながら、スアはうれしそうに笑いました。
「そうだね。最近忙しかったからなぁ……」
僕はそう言うとスアの手を握り返しまして
「晩ご飯まで時間があるし、少し街中をデートして帰ろうか?」
そう言いました。
するとスアは頬を赤く染めながら大きく頷きました。
と、まぁ、そんなわけでしばらく街中デートを楽しんだ僕とスアですが、その影響でしょうか、ベッドでのスアがいつもよりかなり積極的だったとだけお知らせしておきます。
◇◇
翌日になりました。
早朝、いつもの時間に5号店へ顔を出した僕に
「店長、ちょっと来て欲しいんだけど、いいか?」
おもてなし診療所のテリブルアがそう声を掛けてきました。
「何かあったのかい?」
「あぁ……ちょっと面倒くさいことが起きててさ……」
テリブルアはそう言いながら眉をしかめました。
(なんか昨日の朝もこんなことがあったような……)
そんなことを思いながらテリブルアの後についておもてなし診療所へと入るとですね、そこには1人の男性が立っていました。
口ひげを生やしていて、なんか豪勢な飾りがつきまくった服を身につけています。
その男性は、僕へ視線を向けると、
「君がこのけしからん診療所の責任者かね?」
いきなり威圧的な言葉でそう言いました。
ふんぞり返って、なんか嫌な感じです。
「えぇ……診療はテリブルア、薬は別のものにまかせていますが、責任者は僕ですが」
一応大人ですので、嫌悪の感情は一切表に出すことなくとことん愛想笑いを浮かべながら答えた僕。
「……ふん、こんないかがわしい店の責任者だけあって、貧相な顔立ちだな……背だけは高いようだが」
「はぁ……どうも」
「……で、だ、貴様どういうつもりだ?」
「はい?」
「『はい?』じゃないだろう? 貴様が商店街組合にデマを流したんだろう?」
「は? デマ?」
「そうだ。この都市にオルパ熱が蔓延しているなどというデマをだな……」
「だからデマじゃねぇってさっきから何度も言ってるだろうが! ものわかりの悪いおっさんだなぁ」
「おっさんではない! 私はこの街で魔法治療院を営んでいるタルケンだと言っておろうが、小娘!」
途中で口を挟んだテリブルアに向かって怒りの表情を向けるその男性……タルケンって名前みたいですね、その人とテリブルアがにらみ合いを始めました。
確かにテリブルアは見た目小娘ですけど、これは魔力をスアに押さえ込まれているせいです。
実際のテリブルアはバイ~ンでボヨヨ~ンでナイスバディな暗黒大魔導士ですからね……あと、タルケンは小娘扱いしてますけど、テリブルアの方が数百歳レベルで年上です。
そんなことを考えている僕の前で、歯ぎしりしながら顔をつきあわせている2人。
「ちょ、ちょっと待ってください。デマってどういうことなんです?」
「どうもこうもない!」
テリブルアから顔を離したタルケンはそう言いながら今度は僕に顔を近づけてきました……もっとも、190cm超えている僕より30cm近く背が低いもんですから全然とどいてないんですけどね。
「貴様、南方からやってきた隊商の者達にオルパ熱が蔓延していると言ったそうだがな、あの者達はこの私が直々に検疫を行い、薬も投与しておる。よって、その者達の中でオルパ熱が蔓延していたはずがない! いや、例え蔓延していたとしても私の薬ですべて完治しているはずなのだ!」
「あぁ、じゃあ城門のところで検疫をなさっている方なんですね?」
「いかにも! あの者達だけではない。流行病(はやりやまい)が蔓延している地域からやってきた者達への検疫と投薬はすべてこのタルケンが行っておるのだ!」
検疫のことは僕も知っていました……このタルケンがやっていたっていうのは初耳でしたけど。
と、いうのも、魔導船を運行させる際にその乗降場に衛兵を常駐してもらって乗降客のチェックを行ってもらっているんですけど、その際にエレエから
「検疫もしてもらいたいのですですが……商店街組合が依頼している魔法治療院の方に行ってもらいましょうか?」
そう言われたんですけど
「あ、うちは診療所もありますので」
ってことでお断りしたことがあったんですけど……まさかその検疫やってる人が直接殴り込んでくるとは思っていなかったわけでして……
「ただですね、ウチの店のテリブルアとスアも信頼出来る者達ですし、それに実際病気は治まったわけですし……」
「それだよ」
「はい?」
「そもそもだね、そこが一番怪しいのだ。私が間違いなく検疫し投薬も行っているというのに病が流行したなど、ありえないわけだ……ひょっとして貴様達、風俗街の奴らとグルになってデマを流したか、あるいは病原菌をばらまいたとか……どちらにしても、このナカンコンベの名士であるこの私の名声を貶めようとしてだな……」
……ちょっと待ってもらいたい。
いくらなんでもそりゃ言い過ぎだろう。
愛想笑いをしていた僕ですが、その言葉を聞くなり顔が引きつりました。
(こりゃ一言言わせてもらわないと)
そう言いかけた、まさにその時です。
僕の目の前にスアが出現しました。
転移魔法でやってきたようです。
スアはタルケンを見上げながら、右手に持っていた薬の瓶を手渡しました。
「こ、これは私の魔法治療院で使用している万能薬じゃないか……検疫の際に投薬しているのもこれだが……これがどうかしたのか?」
タルケンがそう言うと、スアは
「……万能薬? それが?」
そう言うと、小さくため息を漏らしました。
「……それ、一般的に市販されているただの疲労回復薬、ね。しかも薄められているから効果はほとんどない」
「な、なんだと!?」
スアの言葉を聞いたタルケンは、目を白黒させながら手にした薬の瓶とスアを交互に見つめています。
そんなタルケンに、スアは改めて1本の薬瓶を手渡しました。
「……これが、私の作ってる万能薬、よ……あげるから、成分を分析してきた、ら?」
スアにそう言われたタルケンは、
「そ、そこまで言うのなら調べてきてやる!それまでおとなしくまってろよ!」
そう捨て台詞を残すと、診療所から立ち去っていきました。
タルケンの後ろ姿を見送った僕は、
「スアありがとう、助かったよ。それとテリブルアもお疲れ様」
そう言いながら、スアとテリブルアを交互に見つめていきました。
テリブルアは、
「あいつ、スア様の薬を分析したら真っ青になるはずですよ。あいつごときの魔力じゃ、あんな万能薬は作れるはずがないからさ」
そう言いながらタルケンが立ち去った方を指さしながら楽しそうに笑っていました。
そんなテリブルアの横で、スアも腕組みしたまま頬をぷぅ、と膨らませていました。
僕は、そんな2人の肩をポンと叩くと
「ま、これでわかってくれるはずだしね。じゃ、仕事に戻ろうか」
そう声をかけました。
その時です。
「なかなか痛快なことをやってたねぇ」
おもてなし診療所の入り口のところに、そう言いながら1人の女が立っていました。
肩をあらわにした露出の高い衣装を身にまとっているその女は、クスクス笑いながら僕たちを見つめていました。