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ルア工房ナカンコンベ支店 その3

 いきなり開いた部屋の扉。
 部屋の中にいた全員がそちらへ視線を向けました。

 が

 そこには誰の姿もありませんでした。
「え?」
 その光景に唖然となった僕だったのですが、その横に座っているルアがドアの方では無い方角へ視線を向けているのに気がつきました。
「……ちょ、ちょっとあんた、大丈夫なの?」
 そう言ったルアの視線の先……ドアの向かいの部屋の壁にですね、なぜかオデン六世さんがめりこんでいたんですよ。

 ……どうやら、部屋にすさまじい勢いで駆け込んだオデン六世さんってば、そのままドアの真正面の壁にまで突き進んでしまったようですね……

「なんだい、その騎士さんはさぁ」
 勝利を確信しかけていたポルテントチーコ (どうみてもポルテントチーネ)は、忌々しそうに吐き捨てながらオデン六世さんを凝視していました。
 そんなポルテントチーコの視線の先で、めりこんでいた壁の中から力任せに抜け出したオデン六世さんは、そのままルアの方へと歩み寄ってきました。
「あ、あんた……一体全体どうしたってんだい?」
 唖然としながらルアがそう言ったのですが、そんなルアにオデン六世さんは右手に持っていた布袋を差し出しました。
「え? これって……」
 それを受け取ったルアは、おもむろにその布袋を開きました。
 
 すると、どうでしょう。

 その中には、金貨や銀貨がぎっしり詰まっているではありませんか。
 紙幣はありませんが、硬貨だけでも相当詰まっています。
「あ、あんた……これってひょっとして、あんたが夜警の仕事を頑張って貯めてたお金なんじゃ……」
 ルアがそう言うと、オデン六世さんはおもむろに上半身を倒していきました。
 デュラハンのオデン六世さんは首はありませんからね。頷く代わりに上半身全部を倒しているわけです。
 で、そんなオデン六世さんを見たルアは大慌てし始めました。
「ば、馬鹿野郎! 夜警のお給金は全部アンタのお小遣いにして好きに使えって言っただろ」
 そう言うルアに対し、オデン六世さんはおもむろにルアの額のあたりを指さしました。
「……は? な、なんだい……大事な人のために全部使うって?」
(コクコク)
「だ、だからこれはあくまでもアタシの仕事だし、あんたのお小遣いを出してもらうわけにはさ……」
 そう言うルアをオデン六世さんはギュッと抱きしめました。
「……馬鹿……ホントアンタは最高の馬鹿だよ」
 ルアは涙を流しながらオデン六世さんを抱きしめ返していきました。
 そんな2人に対して、会場中の皆が、
「よ! お熱いねぇお2人さん!」
「見せつけてくれるねぇ」
 そんな冷やかしの声と、口笛と歓声を浴びせまくっていきました。

 ひとしきりオデン六世さんと抱きしめ合ったルアは、オデン六世さんから受け取った布袋をレトレの元へ差し出しました。
「ルア工房代表ルアの旦那、オデン六世のお小遣いを追加するぜ」

 お小遣いとはいいますが、オデン六世さんはルアと結婚する随分前からあちこちの辺境都市で夜警の仕事をしていました。
 何しろ夜寝なくていいし、夜目が聞きますし、何より剣の腕は最高級ですからね。
 その夜警中に遭遇した魔獣を倒しては冒険者組合で報酬をもらったりもしていますので、お小遣いといいながらも相当な額をため込んでいたのです。

 その額、およそ5千万円/僕が元いた世界換算

 その総額を確認したエレエは、今度はポルテントチーコへ視線を向けました。
 先程、ルアに向けたような悔しそうな表情ではありません。
 平静を装おうとはしていますが、どう見ても口元がにやけています。
 そんなエレエの視線の先で、ポルテントチーコは顔を真っ赤にしながら歯ぎしりをしていました。
 どうやら、本当にもうこれ以上追加するお金を持ち合わせてはいないようですね。

 ポルテントチーコはエレエから視線をはずすと、
「ったく、こんな茶番に付き合ってられないってのよ」
 そう捨て台詞を吐きながら会場を後にしていきました。
 ポルテントチーコが完全に部屋から出ていった事を確認したエレエは、小さく咳払いをすると、
「競売物件は、ルア工房さんが落札なさいましたですです」
 そう高らかに宣言しました。
 その声と同時に、室内には大歓声が沸き起こっていきました。
「あんたぁ、ありがと~」
 ルアは感涙を流しながらオデン六世さんに再度抱きついていきました。
 感情が高ぶりまくっているルアは、そのままオデン六世さんにキスしようとしたらしく、その頭を探していたのですが……
「……ちょっとあんた……頭どこ?」
 おもむろにそう言いました。
 で、そう言われたオデン六世さん。
 その時やっと自分が頭を持っていないことに気付いたらしく、体中を両手で触りまくったのちに、大慌てしながら頭を探しに部屋を出て行きました。
「まったくもう、どっか抜けてんだから……そんなとこがまた可愛いんだけどさ」
 ルアは、そんなオデン六世さんの後ろ姿を、頬を真っ赤にしながら見つめ続けていました。

 なお、行方不明になっていたオデン六世さんの頭部ですが、コンビニおもてなし本店にある転移ドアをくぐる際に落としたらしく、
「ひぃぃぃぃぃぃぃな、な、な、生首ぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 床に転がっていたオデン六世さんの頭部を見ると同時にぶっ倒れたケロリンと一緒に無事発見されました。
 ……そう言えば、ケロリンってオデン六世さんとはまだ会ったことがなかったんですよね。

◇◇

 入札の翌日。
 元高級食堂ポルテントチップだった建物の中には、ルア工房の面々が入っていました。
「さぁ、みんな! 気合い入れてやるんだよ!」
「「「はい!」」」
 ルアの気合いのこもった声に、建物の中で作業をしていた全員が一斉に返事を返してきました。
 様子を見に来ていた僕も、その威勢のいい声を前にして思わず笑顔になっていました。
「良かったねルア。無事にこの物件を手に入れることが出来てさ」
「あぁ、タクラ店長にもあれこれ迷惑かけちまったね、社外相談役まで引き受けてもらってさ」
「僕達も5号店の改修工事を格安でやってもらったんだし、そこはお互い様だよ」
 僕とルアは、お互いに言葉を交わした後、笑顔を交わし合っていきました。

 この世界にやってきた僕が始めて出会ったのがルアでした。
 この世界のことが何にもわかっていなかった僕に、ルアが親切にあれこれ教えてくれたり、世話をやいてくれたおかげで今の僕やコンビニおもてなしがあるといっても過言ではありません。
 そんなルアの役に立てたことが、僕はすごく嬉しかったわけです、はい。

「でもさ、ぶっちゃけどうなの? このナカンコンベで仕事の受注とか来そうなのかな?」
「それがさ……結構すごいことになってんだよ」
「え? そうなの?」
「あぁ……なんかさ、今度結婚するって人達がさ、自分達の新居の施工をぜひお願いしたいって……もう結構な数問い合わせがきてんだよ」
「え……それって、ひょっとして……」
「……まぁ、その、なんだ……仲睦まじい夫婦がやってる工房に建ててもらったら何かと縁起が良さそうだって噂がたってるみたいでさ……ったく、いい迷惑だよな、昨日の今日だってのによ」
 ルアはそう言うと、照れくさそうにうつむきながら鼻の頭をポリポリとかいていました。
 その顔は茹で蛸のように真っ赤になっています。

 要は、あれですね。
 昨日の入札会場でのルアとオデン六世さんのアツアツぶりが早くもナカンコンベ中に広まった結果、ってことなんでしょう。

「でもまぁ、それはそれでありがたいことじゃないか」
「まぁ、そうなんだけどさ」
 ルアは苦笑しながら顔をあげると、
「まぁさ、タクラ店長、これからもよろしく頼むよ」
 そう言いながら、僕に向かって右手を差し出しました。
「こちらこそ、末永くよろしくお願いしますね」
 僕も笑顔を返しながら、その手をしっかりと握り返していきました。

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