第8話(2) 組み合わせ抽選会
ブロック予選から約十日後、私はキャプテンとマネージャーと共に、ある学校の大きな講堂ホールに来ていました。この日は5月末から行われる、『20XX年度 第XX回 宮城県高等学校総合体育大会サッカー競技』、いわゆる「インターハイ県予選」の抽選会の日です。地区予選を勝ち抜いた32校の代表者たちが一同に会しています。
「あの、なんで私まで……? お二人だけでも良かったんじゃないですか?」
「まあまあ、そう言わずに」
「他のチームはレギュラーメンバー11人で来ている所もあるみたいですから、その辺りはあまり気にしなくても大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫って……」
戸惑いながら、空いている席に座ると、司会進行の方が抽選会の開始を宣言します。
「それでは、抽選会を開始します。名前を呼ばれた学校の代表者の方は壇上に上がって、組み合わせ抽選のくじを引いてもらいます。……ではまず、常磐野学園、本場蘭さん」
「はい」
低く鋭い声がホールに響き渡ります。先日お会い(遭遇?)した本場さんが返事とともに立ち上がり、壇上に上がって抽選のくじを引きました。引いたくじを司会者の方に手渡します。
「常磐野学園……1番!」
そして「常磐野学園」と書かれたボードが、ステージの中央にあるまだ何も埋まっていない。真っ白なトーナメント表の一番左端に掛けられました。
「ふむ……一番良いところを引き当てましたね」
「そ、そうなんですか?」
私は自分の右隣に座ったキャプテンに問いかけます。キャプテンは無言でしたが、代わりに私の逆隣に座ったマネージャーが答えます。
「あそこが一番会場移動が少ないですね、準々決勝まで同じ会場で戦えるというのは大きなアドバンテージでしょう」
なるほど、そういうこともあるのかと考えている内に、何校か名前を呼ばれ、どんどんと、トーナメント表が埋まっていきます。
「それでは次に……仙台和泉高校、丸井桃さん」
「……え⁉ あ、はい⁉」
私は思わず返事をして立ち上がりましたが、事態を良く飲み込めないまま、しばしその場に立ち尽くしてしまいました。
「? どうぞ仙台和泉さん、壇上の方へお上がり下さい」
司会の方が私のことを促します。私は抗議の視線をキャプテンに送ります。
「いや、冬のくじ運があまり良くなかったものですから、ここは一つ、新しい風が欲しいなと思いましてね……ですので、私の代わりにどうぞお願いします」
「そんな……」
ここで駄々をこねても致し方ないので、私はおとなしく壇上へ上がりました。そんな私の姿を見て、会場のそこかしこからヒソヒソ声が聞こえます。
「丸井桃って……あの『桃色の悪魔』? 仙台和泉に入っていたの?」
「てっきり県内4強のどこかに入ったかと思ったのに……」
「確かに今回の仙台和泉の地区予選は良い成績、彼女が原動力だったのね……」
「これは思わぬダークホースになりそうね……」
「お団子思っていたのよりデカい……」
こういう形で注目は集めたくはありませんでした。とにかくさっさとくじを引きます。
「仙台和泉高校……4番!」
その瞬間、私は軽くではありますが、空を仰いでしまいました。私たちの掲げている目標は『ベスト8進出』です。しかし、この組み合わせだと、仮に1回戦を突破しても2回戦、つまりベスト16で絶対女王常磐野学園と当たる可能性が高いのです。私のくじ運も大して良いものではありませんでした。私は足取り重く自分の席に戻りました。
「すみません……」
「いえいえ! 何も謝ることはありませんよ! ねえ、キャプテン?」
「それは勿論です。初戦でいきなり常磐野に当たらなくて良かったと考えましょう」
抽選会も終わり、私たちはホールの外に出ました。
「仙台和泉さん!」
声に私たちが振り向くと、そこには勝気そうなロングヘアーの女性が立っていました。
「はい。なんでしょうか?」
「1回戦で当たる田原高校の粕井です。ご挨拶をと思って」
「それはどうもご丁寧に」
「共に大事な試合、悔いなく戦いましょう」
そう言って粕井さんが私に握手を求めてきました。私も慌てて手を差し出します。
「あ、よ、宜しくお願……っ⁉」
粕井さんは私の右手を思いっ切り強く握ってきました。さらに私の体をグッと引き寄せて、耳元で低い声でこう囁きます。
「気分はすっかり2回戦みたいだけど、あんまり調子に乗らないことね、桃色の悪魔さん?」
そして、体と手をパッと離すと、ニッコリと笑顔でこう続けます。
「それではご機嫌よう」
粕井さんはその場を颯爽と去って行きました。私が右手を抑えて呆然としていると、
「ふふっ、宣戦布告と言った所ですか」
キャプテンが呑気な調子で声を掛けてきます。他人事だと思ってないでしょうか、この人?
「粕井洋美(かすいひろみ)さん、典型的なゲームメイカータイプの選手。キックの精度はとても高いです」
「加えて面白いタイミングでパスを出しますよね、好きなタイプの選手です」
「そっか、キャプテンは県選抜の合宿で一緒だったんですよね!」
「選抜候補の合宿ですね。最もその時も私は故障がちで、ほとんど別メニューでしたが」
「優れた選手なんですね、チーム自体は?」
「県北地区予選を圧倒的な成績で勝ち抜いていますね、伏兵的な存在かも……」
「……試合まで約2週間もあれば、丸裸に出来ますよね?」
キャプテンがマネージャーにUSBを差し出します。
「こ、これは⁉」
「県北地区の試合映像です。田原高校の試合も全て入っています。美花さん、例の如く、分析よろしくお願いしますね」
「了解です!」
「い、いつの間に……」
「各地区に間者を放っておりますので」
間者とは伊達仁グループの黒子さんたちのことでしょうか。キャプテンはすっかり彼女たちを自身の意のままに操っています。
「抽選結果を皆さんが首を長くして待っていますよね。急ぎましょうか」
仙台和泉駅の駅前にある中華料理屋『華華(かか)』。こちらは莉沙ちゃんの実家になります。今日はミーティングを兼ねて、チーム全員がこのお店に集まっています。私たちが到着し、店の扉を開けると、早速竜乃ちゃんが声を掛けてきました。
「おっ、ビィちゃん、どうだった⁉」
「あ、うん……」
「勿体つけてもしょうがないですからね、それじゃあ美花さん、対戦表を配って下さい」
キャプテンの言葉に頷き、美花さんが道中コンビニでコピーしたトーナメント表を全員に配ります。受け取ったメンバーからは様々な反応がありました。
「2回戦で常磐野と当たるわね……」
「田原高校ってどこにある学校?」
「まあ、概ね想定内ですね」
皆が落ち着くのを待ってから、キャプテンが口を開きました。
「……ベスト8を目指す我々にとっては、あまり良い組み合わせ結果とは言えないかもしれません。ただ県大会ですから、そもそも楽な相手というのは初めからいないですけどね」
「最初にして最大の難関ね……」
輝さんが頬杖を突きながら呟きます。
「いきなりの無理ゲーって奴―」
池田さんが机に突っ伏します。
「……そうか? イケんじゃねーか?」
竜乃ちゃんの発言に皆やや呆れ気味の雰囲気になります。
「竜っちゃん~そないいうけども相手はあの常磐野のAチームやで~?」
「この間やっと引き分けたCチームとはレベルが違うのよ」
秋魚さんと聖良ちゃんが諭すように竜乃ちゃんに話します。
「そりゃ分かっているよ。ただあの試合はカルっちたち三人が入った後半だけ見れば、アタシらの勝ちじゃねーか。あれからチームとしての力は確実に上がっているし、スコッパは……ともかく、マコテナ様も入ったしよ。そこそこ戦えんじゃねーの?」
真理さんが首を傾げながら、竜乃ちゃんに尋ねます。
「マコテナ様とは……もしかして私のことでしょうか?」
「ああ、『○ルテナの鏡』のパ○テナ様みたいに色々な技使えるしな、だからマコテナ様」
「少々想定外です……。ただ、何故でしょう、案外悪い気はしませんね」
「気に入っちゃったんですか⁉」
聖良ちゃんが驚きの声を上げます。キャプテンが気にせず続けます。
「1回戦は2週間後の土曜日、2回戦はその翌日の日曜日に行われます。初戦の相手に関しては美花さんに徹底的に分析してもらいます。勿論油断は禁物ですが、チーム力が上がっている我々にとっては過度に恐れる相手ではないと思います。むしろ注意すべきは……」
「連戦による疲労か」
副キャプテンの永江さんの言葉に、キャプテンが頷きます。
「つーか、この組み合わせやと、初戦は仙台市外で、2回戦は市内の会場になるな」
「ああ、対して常磐野は二日連続で同じ会場で試合が出来る」
「大した距離じゃないけど、移動のストレスが無いのは羨ましいかもー」
「移動面に関してですが、手は打ってあります」
「手っていうのは?」
「そこは本番までのお楽しみということで」
「……聞くだけ無駄だったし」
笑顔のキャプテンに対し、ぷいと口を尖らせる成実さん。続けて真理さんが眼鏡をクイっとあげて質問します。真理さんは普段は眼鏡を掛けています。
「主将、そうは言っても初戦の相手を軽視するのは危険だと思いますが」
「ええ、そこは当然リスペクトの気持ちを持って戦うつもりですよ。美花さん、分析にはどれ位掛かりますか?」
「丸裸ともなればちょっと時間は掛かりますが……基本的な対策案なら明日にでもいくつか提示出来ると思います」
「それは頼もしい。では明日からベスト8へ向けての第一歩、田原高校対策の練習を始めて行きましょう」
「……ちょっと宜しいかしら、主将さん?」
これまで黙って座っていた伊達仁さんが口を開きました。
「なんでしょう、伊達仁さん?」
「……気に入りませんの」
「はい? 何がでしょう?」
「ベスト8という目標がですわ! 小さい、あまりにも小さい! もっとスケールの大きな目標を掲げるべきですわ! そう例えば……県大会優勝!」
皆が一瞬呆気にとられました。
「優勝とは……また大きく出ましたね」
「常磐野どころか、県4強の内3つは倒さないといけないわね」
キャプテンと輝さんが微笑みを浮かべます。すると竜乃ちゃんが立ち上がり、健さんをバッと指差しながら叫びます。
「珍しく良いこと言ったな、スコッパ!」
「失礼な! わたくしは良いことしか言いませんわ!」
「ただ、それじゃあまだ足りねぇなあ? 提案としては……そうだな2番手だ」
「何ですって⁉ それじゃあ1番手は?」
「チッチッチ……」
竜乃ちゃんは左手の人差し指を左右に振って、こう続けます。
「全・国・制・覇だ‼」
皆が再び呆気にとられました。キャプテンはポンっと両手を叩いて、
「まあ、戯言はさておきまして……」
「戯言⁉」
「伊達仁さんのご指摘は全くその通りですね。ベスト8という目標はなんとも中途半端、どちらかと言えば、後ろ向きの発想でしたかね。……宜しい、では目標は大きく『県大会優勝』と行きましょう」
「本当に大きく出たな」
苦笑気味の永江さんにキャプテンが話し掛けます。
「大言壮語に終わるかどうかは私たち次第……今やれることを各々やって行きましょう」
「今やれることは……食うことカナ? って、夕メシにはまだ早いカ」
ヴァネッサさんが輝さんに笑いかけます。
「食事も案外間違いじゃないんじゃない? ヴァネの場合、あいつに当たり負けしないように体を作るとかね。もっとも2週間位じゃたかが知れているけど」
「あいつか……この間はちょっと油断しただけダヨ。今度はキッチリ抑えるサ」
「あいつあいつって……もしかして私のことですか~?」
「そうそう、お前お前……ってうぉぁ⁉ 何でここに居るんダヨ!」
ヴァネッサさんの叫びに振り返ると、お店の入り口に常磐野学園10番、天ノ川佳香さんが立っていました。皆思わず身構えてしまいます。