序章(進軍)
オセロット王国のエイシ4機が宙を翔け、闇光りするレーザービームが真っ黒な宇宙空間を切り裂く。
黒いエイシ1機を白いエイシ3機が追っている。
白エイシ1機は、機動性重視の風神兵装。1機は、攻撃性重視の雷神兵装。最後の1機は標準の兵装だが、スナイパー用レーザービームライフルの黒遠雷(クロエンライ)を装備している。
レーザービームは、現在の技術でもライフルの射出口の円形のままだ。しかしダークエナジーを加えた黒雷は、斥力の影響で射線の途中で、歪なエナジーの放出が起きてしまう。
まるで、雷のように。
その難しい黒雷を改良した新兵器が黒遠雷である。
黒遠雷は砲身を伸ばして、打ち出す通常エナジーとダークエナジーの量を増加させた。しかし単純に射程距離は延びても、命中精度を維持するのが非常に困難である。
黒雷の実戦投入から僅か半年で、その難しい新兵器黒遠雷の開発を早乙女企業グループはやってのけた。
一方、黒エイシは雷神の兵装だが、機動性が風神以上だった。機体は同じのエイシであるのに、白エイシの性能を凌駕している。黒エイシにも早乙女家の地力が存分に発揮された結果だった。
白エイシ3機は猛攻を繰り返すが、連携が上手くいかず黒エイシを追い詰めきれない。
雷神の白エイシ兵装からミサイルの雨が降り注ぎ、機動性を活かした風神の白エイシが黒刀を振るう。それを黒エイシは鮮やかに躱し続ける。
黒遠雷を持つスナイパー仕様の白エイシの狙撃ですら掠りもしない。
スナイパーとしては敵の死角から攻撃し、パイロットに気付かせない内に撃破する戦法を執りたいのだが、隠れる場所がない。
白エイシの直線的な動きに比べ、黒エイシは円弧の動作で加速を緩めない。
宙を翔ける黒エイシは自由だった。まるで己の庭にいるかのように飛び、白エイシ3機の右に左、上に下、前に後ろにと神出鬼没な動きを魅せる。
しかも黒エイシは、白エイシの攻撃を避け続けるだけで攻撃しない。
攻撃するまでもない、とでも云うかのようだ。
機動性能を存分に発揮し、華麗な無限軌道を描く。
機体性能の差だけではなく、技量にも差があるのだ。しかも白エイシのフォーメーションは、黒エイシに読み切られているようでもある。
黒エイシは当該宙域から逃走するでもなく、白エイシ3機を相手に鬼ゴッコでも愉しんでいるかのようだ。
しかし白エイシ3機の兵器は、どれも人型兵器を一撃で撃破する威力をもつ。たとえ黒エイシの防御性能を白エイシ以上に高めていたとしても、捉えられれば撃墜でされるだろう。
同シリーズのエイシ同士の戦闘で、多少性能が上回っていたとしても、3対1では絶対的に不利である。
黒エイシのパイロットは豪胆なのか、自信があるのか・・・それともバカなのか?
白エイシの操縦室に、統合マテリアルスーツを身に纏ったジヨウがいる。彼はメットを被らずクールグラスをかけ、座席型でなく屹立型にして身体を固定している。
感覚拡張はリラックスすることが重要で、ジヨウにとっては座っているより立っている状態が良いのだ。
情報をクールグラスから得ていなければ、まるで宇宙空間に浮かんでいるような感覚に陥る。「仕方ない、レイファ。指揮を任せる。俺たちに指示するんだ」
ジヨウがもう一機の白エイシを操縦しているレイファに指揮権を委譲する。
視覚拡張の中の映像で、レイファが座席型にしているのが視える。
『う~ん。触覚拡張は苦手なのに~』
オセロット王国の戦闘用機体を操縦するにはルーラーリングが必須である。そしてパイロットになるには1段階目の基本拡張である命令拡張に加えて、2段階目の感覚拡張の中の一つ、視覚拡張まで出来ねばならない。
正確にはルーラーリングとコネクトをデータリンクさせて、命令拡張を補助すれば操縦できなくはない。だが、性能をまったくと言って良いほど発揮できないのだ。
特に様々な情報を認識する視覚野が拡張されないのは、現在の戦闘において致命的といえる。
オセロット王国のパイロットは、視覚拡張の次の感覚拡張に触覚拡張を練習するのが常識である。拡張された視覚野に映し出される情報を掴む、動かす、押すなどの動作で様々な事が可能になるからだ。
たとえば、指揮官が部隊に指示をだす際、視覚野の映っている3次元戦術ディスプレイの部隊機を掴み動かせば、動かした先に位置取りしろという命令になる。
もちろん実際に掴める訳ではない。オリハルコン合金の精神感応とキセンシの戦術コンピューターによって、脳に疑似的感覚を与えているのだ。
そして五感全ての感覚拡張ができると、現実世界にいながらにして別の世界にも存在する感覚を味わえる。
『とりあえず、ジヨウにぃ。どう指示すればいい?』
『出来ぬなら、我が代わるぞ』
「クローは指揮自体が苦手だったろ。レイファ早くしろ。このままだと時間がない。早くソウヤを追い詰めるんだ」
『致し方あるまい。我々はソウヤを撃墜せねばならないのだ。任せるぞ、レイファ』
『え~と、これでいい?』
レイファの白エイシ機からデータリンクで指示が飛ぶ。その指示は、ジヨウとクローの拡張した視覚野に表示される。
黒エイシの華麗だった軌道に歪みが生じ始めた。
ジヨウが指揮を執っていた時までは、黒エイシの機動力を存分に活かした華麗なダンスを魅せつけていた。しかしレイファが指揮を執り始めた途端に、白エイシの機動を読み切れなくなったようで、被弾しはじめる。
白エイシ2機の攻撃が黒エイシの機動を制限し、レイファ機の黒遠雷が徐々に装甲を削る。黒エイシの両脚の損傷が激しくなり、遂に脚部推進ユニットの推力偏向ノズルが潰れる。
機動力の減少を補おうと、クロー機の白エイシを盾にして、レイファ機のクロエンライの射線を外す。そして、ジヨウ機の白エイシと疑似的に1対1の状況を黒エイシが作る。
レイファ機が回り込むと黒エイシは、ジヨウ機を盾に変更して、次はクロー機と1対1の疑似的状況を作り上げる。
黒エイシは、白エイシの動きを利用する戦法に変更して、何とか凌いでいる。だが、徐々にではあるが、白エイシ3機が黒エイシを追い込みつつある。
『ソウヤ、覚悟してね~』
レイファが甘い声音で、死を宣告する。
黒エイシを操縦しているソウヤの切れ長の眼の中に、真剣な光を宿した瞳がみえる。だが、頬には不敵な笑み浮かべている。
彼の表情筋が感情とリンクしていない訳ではなく、圧倒的不利な状況に精神が高揚し、自然と笑みが零れるているのだった。
レイファ機との間に、ジヨウ機かクロー機を挟む戦法も通じなくなってきていた。
「まだ戦法は残ってるぜ」
ソウヤの口から、自然と呟きが漏れた。
兵器による攻撃はできなくとも、防御はできる。
黒刀を鞘から抜かず、接近戦を挑んできたクローの黒刀を受ける。そして機動力のなくなった右脚を、クロー機の胴体に叩きつける。
作用反作用の法則に従い、両機が弾かれたように離れる。
計算通りジヨウ機の方へ飛ばされ、その勢いを殺さず、推力全開で突撃する。
虚を突かれた雷神仕様のジヨウ機は黒雷を向ける間がなく、自動照準でミサイル10発を乱れ撃ちした。
2発のミサイルが命中するが、自機の危険距離内だったので爆発しない。それどころか、ミサイルは滑らかな装甲と斥力防御によって方向を逸らされ、ソウヤ機の勢いすら止められない。
2機は縺れるようにレイファ機の方向へと飛ぶ。
方向を変えようとしているジヨウ機だが、右腕と左脚を掴んだソウヤ機が誘導する。
雷神仕様の白エイシは黒刀を一刀だけ後ろ腰に佩いていて、右手でないと抜けない。その特徴を把握しているソウヤが、接近戦最大の武器を封じているのだ。しかも密着しているので、ジヨウ機が左手にも持っている黒雷も、長さが仇になりソウヤ機だけを狙えるポイントはない。
そして五感拡張まで扱えるソウヤにとって黒エイシは、自分の体も同然でジヨウ機の動きを巧妙に封じ、レイファ機、クロー機の攻撃の隙を与えない。
聴覚拡張を通して、遥菜の声が響く。
『3、2、1』
ソウヤと遥菜の声が揃う。
『「ゼロ!」』
ソウヤの声に抑えきれない高揚感があり、遥菜の声には悔しさが溢れていた。
「終わったぜ。ジヨウ、クロー。残念だったな、レイファ」
エイシ4機がオートパイロットで、オセロット王国軍の大型輸送艦に帰還する。
エイシの操縦は、その大型輸送艦からリモートコントロールで実行していた。
黒エイシは通常のエイシを改良している最中の新型で、全ての面で性能の向上が計られている。特に機動性能の向上が著しい。
しかし改良中の為、普通のパイロットの技能では操縦できない。
せめて、エースパイロットと呼ばれる兵士には操縦できるようにとチューニング中である。
ソウヤは、この難しい機体性能を存分に発揮できる数少ない人材である。そして、彼は早乙女家の庇護下にある。
その所為で、早乙女琢磨に便利遣いされているという側面もある。
早乙女琢磨は、自分の近くにいる能力の高い人材を遊ばせておくようなことはしない。それに今回の作戦には、ソウヤ、ジヨウ、クロー、レイファたち4人の知識と能力が役に立つだろうと想定しているのだ。
オセロット王国は早乙女琢磨を国王の全権代理人とし、5個艦隊約500隻を与えられシラン星系の大シラン帝国本星へと進軍している。
これは、和平交渉という名の脅しをかけるための進軍である。
そして恵梨佳と遥菜は王位継承権を持つ王族として、琢磨と共に大シラン帝国に向かっている。
その大事な任務中であり、何処に伏兵が潜んでいるかもしれない宙域に航行していても、琢磨は研究開発を止めるような性格ではない。
しかも琢磨は、兵力を分散したため、1個艦隊しか率いていないのだ。
なおソウヤたち4人は、実験助手及び大シラン帝国出身者として、彼らの意志を確認することなく琢磨が連れて来たのである。
「ソウヤ君たちに来てもらったのは正解だったかな」
大型輸送艦に設けた研究開発実験などの統合コントロールルームで、琢磨は独り言を呟いた。大きな声ではないが、10人以上いるオペレーター全員の耳に届いた。
「作戦直前まで実験できるんだからね。あぁー、次は近接兵器の実験が良いかな? さっきのうような格闘戦で有効かどうか実験してみたいなー」
隣で秘書のように控えていた恵梨佳が、琢磨に注意する。これも恵梨佳の役目であった。王族としてだけでなく、”死の遣し手”とも呼ばれる琢磨に意見できる人物として・・・。
「お父さま、皆に聞かせるような独り言はやめてください。将兵とエンジニアが忖度して、実験の準備を始めてしまいます。それにジヨウ君は、あと3ヶ月で30単位も取得しないといけないんですよ。研究助手にテストパイロットまでやらせていて・・・疲労で倒れてしまいます」
今の琢磨は、ロイヤルリングを認知拡張のみにしているため、AIと情報交換や命令が可能だった。
ルーラーリングは命令拡張、感覚拡張から全拡張まで様々な段階がある。その中で全拡張は機器と一体になり、手足のように扱うことができる。しかし全拡張まで使いこなせるのは琢磨のほか、オセロット王国でも数人しかいない。
「ジヨウ君のことが心配なんだね。それなら大丈夫だよ」
恵梨佳に話しながら、AIを通して琢磨は艦隊司令官に指示していた。
「士官学校への進学に必要な単位は、ボクが何とかできるからね」
オペレーターの誰も、琢磨の発言を非難する表情をみせていなかった。それよりも、ジヨウに同情を寄せているのが分かる。
琢磨の研究助手が能力と脳力で、過酷な水準を求められるのを全員が知っているからだ。
オセロット王国での義務教育は単位制であり、集合教育や端末学習など様々な形式が選択できる。もちろん複数の組み合わせも可能である。研究者の助手を務め実践学習をした場合、研究内容に応じた単位が取得できる。複数の研究を同時進行している琢磨は、複数の単位を認定することができるのだ。
「・・・私はジヨウ君だけのことを言ってるのではありません。もう少し周囲に配慮してください。聴いてますか、お父さま?」
AI経由で、即座に進軍できる旨の返答が艦隊司令官からあった。
「さてと・・・それじゃー、大シラン帝国本星に行ってみようか」
「お父さま、話を逸らさないでください」
「ワープ!」
オセロット王国の艦隊は、琢磨の指示で古の技術であるワープ装置を今回の遠征の為、わざわざ全艦に装備した。そして実験のため、艦隊はワープポイントに留まっていたのだ。