第113話 父の呼び声
決闘が終わり、その凄絶な結末に周囲が静まり返る中、僕はヘンゲン子爵の城に引き揚げてきた。竜の魔法は自分で受けてどれだけの力があるのかは理解していたはずだった。それを僕は感情の昂るままにアイリーマン伯爵に対して力を抑えることなく放ってしまった。魔法の核を大剣で切り飛ばされてなお魔法耐性のある僕を一時とは言え地に伏せさせたそれを……。結果アイリーマン伯爵だったものは何も残らなかった。
自己嫌悪に陥りながら部屋に戻り、各部屋に備えられている風呂に入る。幾分かでもさっぱりとし、部屋着に着替えてベッドに身体を投げた。目をつぶっていると、髪を撫でられているのを感じ、片目を開ければそこにいるのは当然ミーア。
「あんな見世物になりたくなかったよね。あたしのためだったんでしょ」
「別に人殺しの1人や2人今更だけど、まさかあんなに見物人が集まるとは思わなかったな」
「そんな風に言わないで。フェイが好きでやったわけじゃないことはわかってるから」
「ごめん、ちょっとキツかったから」
ミーアはいつでも僕に寄り添ってくれる。たまには甘えてもいいだろうか。そんな事を思いながらミーアを抱き寄せる。
「フェイはいつもあたしの事を大事にしてくれるけど、フェイ自身のことも大事にしてほしい。あたしも少しは強くなったんだから。たまにはこうして寄りかかってくれると嬉しいな」
そんなところに慌てたような足音がドアの外から聞こえ、次いでドアが荒々しくノックされた。僕とミーアは顔を見合わせて、クスリと笑い。リビングに移動し部屋付きのメイドに頷く
「どうぞ、お入りください」
メイドが招き入れたのは勇者様。随分と焦った表情をしている。
「どうかしましたか」
僕の問いに
「ヘゲルン北の残された森でスタンピードの兆候があるとの報告がありました」
「スタンピードの兆候ですか。その程度なら勇者様自身が慌てて飛んでくるほどではないでしょうに」
僕が苦笑すると。
「スタンピードですよ。慌てる必要がないとは流石に……」
「まだ兆候でしょう。最初の兆候から10日から20日はあるものです。あわててちょっかいを出してスタンピードを誘発するほうが危ないですよ」
「しかし……」
「ヘゲルン北の残された森なら、移動に1日もいらないでしょう。ここには僕とミーアがいます。勇者様とアーセルもいます。スタンピードを抑えるのは任せていただいて結構ですし、万が一王種がいても勇者様とアーセルがいればどうにかなるでしょう。そんなに焦る必要はありませんよ」
そんな話をしながら、そういえば生まれ故郷の村アークガルスはどうなったのだろう、スタンピード以降帰っていない、いや帰ることが出来ていないけれど。生き残った村のみんなは元気でやっているだろうか。そんなことも考えながら
「今から出ても遅いですし、明日早くにでましょう。そうそう、まだ結婚祝いの贈り物を確認しきれていないでしょう。アーセルに僕たちが送ったローブ。あれはウィンドドラゴンを素材とした装備です。魔法にしろ物理攻撃にしろ並みの攻撃は通しません。僕の知る限りでは最上のローブです。勇者シリーズとまでは言いませんが、ちょっとした重装防具より防御力は上です。デザインも聖女にふさわしい純白のローブです。よかったら使わせてください。そして2振り送らせていただいた短剣もウィンドドラゴンの牙から作ったものです、風属性の中々良い武器です。よければ副武装にでも」
「そ、そんなものを……。しかしフェイウェル殿やミーア殿は」
「先ほどの決闘を見られたでしょう。僕もミーアもウィンドドラゴンの祝福を受けています。そう簡単に傷つきませんよ。それに僕たちの武器はオリハルコン製の剣です。聖剣とまでは言いませんが中々のものですよ」
しかし、本当は僕は静かに暮らしたかっただけなんだけれど、まるで父さんが呼んでいるようだ。でも僕は父さんとは違う。ミーアと生きて生き抜いてきっと幸せをてにしてみせる。