第6話(2) 勇次宅にて
「ただいま! って、誰もいないか……」
「ご家族は不在か?」
「親父は単身赴任、おふくろは病院の当直、爺ちゃん婆ちゃんは敬老会の旅行です……」
「成程、お邪魔する」
御剣はさっさと家に上がる。
「あの……躊躇いとかは一切無いんですね?」
「何がだ?」
「いや、誰もいない家に男と二人きりですよ?」
「貴様に組み伏せられるほどか弱くはない」
「い、いや、そんなつもりは毛頭ないですけど……」
御剣は洗面所で手洗いうがいを済ませ、妙に肩を落とす勇次に尋ねる。
「貴様の部屋は?」
「2階です」
「そうか」
(って、まさか、マジで泊まる気か?)
階段をスタスタと上がっていく御剣に勇次は戸惑いながら続く。
「ふむ、意外と片付いているな……」
「それはどうも……」
御剣は椅子に腰掛ける。勇次は床に正座する。
「貴様の部屋だろう。もっとくつろいだらどうだ?」
「い、いえ、なんというか、その、落ち着かないと言いますか」
「おかしな奴だな?」
しばらく沈黙が流れた後、勇次が口を開く。
「飲み物を持ってきます!」
「そうか、すまんな」
勇次が台所から飲み物を持って、二階に戻ってくると、廊下に御剣が立っている。
「どうかしましたか?」
「こっちの部屋だが……」
御剣が勇次の部屋の隣の部屋を指差す。
「あ、姉ちゃんの部屋です……」
「入ってもいいか?」
「は、はい、どうぞ……」
御剣がドアを開けて中に入る。テーブルの上には可愛らしい雑貨、ベッドにはぬいぐるみなどが置いてある、ごくごく普通の若い女性の部屋である。
「行方不明になってからそのままにしてあります」
「ふむ……」
「なにか分かりますか?」
「残念ながら特には……」
「そうですか……もしかして、ウチに来たのはこれが理由ですか?」
「半分な」
「半分って、もう半分は?」
「なんだったろうな……もう少しで思い出すはずだ。部屋に戻ろう」
二人は勇次の部屋に戻る。飲み物を御剣に渡しながら、勇次が尋ねる。
「そういえば気になっていたんですが……」
「なんだ?」
「俺の親が妖絶講のことを聞いてこないのはどうしてなんですか? 普通、息子が何日も家を空けていたら、問いただすと思うんですが……」
「……例えば、妖絶講には嗅ぐと記憶が改竄される作用を持つ香がある……」
「それを嗅がしたんですか⁉」
御剣は少し間を空けて答える。
「……取りあえずそういうことにしておこう」
「何ですかそれ⁉」
「現状不都合は無いだろう? それとも一から懇切丁寧に説明するか?」
「い、いや、面倒なのでいいです……」
それから約一時間後、愛が鬼ヶ島家のドアを開ける。
「開いてるし……不用心な……こんにちは!」
愛が挨拶するも返事は無い。
「誰も居ないのかしら? お邪魔しますよ~」
愛は洗面所で手洗いうがいを済ます。子供の頃から何度も来ている家なので勝手知ったるものである。愛はふと考える。
「ああ、おば様は当直かしら……って、それじゃあ部屋に二人きり⁉ 破廉恥の匂い!」
愛は急いで階段を駆け上がり、勇次のドアの前に立ち、聞き耳をたてる。
「はあ……はあ……」
「まだだ、勇次。それでは全然足りないぞ……」
部屋からは勇次の荒い息遣いと御剣の囁き声が聞こえる。
「! 何をやっているんですか⁉」
愛がドアを思い切り開ける。そこにはうつ伏せになった勇次の背中に跨り、首から顎を掴んで勇次の体を海老反り状に引っぱり上げている、所謂プロレス技の『キャメルクラッチ』を仕掛けている御剣の姿があった。愛が叫ぶ。
「本当に何をやっているんですか⁉」
落ち着きを取り戻してから勇次が尋ねる。
「隊長が来ているって、よく分かったな」
「お母さんが見かけたって言うから……」
「そうか……隊長、もう半分の目的は思い出せたんですか」
「う~む、それがとんと思い出せんのだ」
御剣が腕を組んで、首を捻る。
「案外一眠りすれば思い出すかもしれんな……よし、寝るか!」
「早っ⁉ ま、まだ6時前ですよ⁉」
「起きていてもやることないだろう?」
「そ、それは……まあ、寝ますか」
「ダ、ダメよ、そんなの! 一緒の部屋で眠るだなんて!」
愛が首を左右に振りながら大声で否定する。
「昨日も貴様の部屋に泊まっただろう」
「ハレンチ・ザ・ロックには結局客間で寝てもらったでしょう⁉」
「リングネームみたいに言うなよ!」
「仕方ありませんね……私も泊まります!」
「何故そうなる⁉」
「では勇次、貴様には廊下にでも寝てもらうか……」
「部屋の主が追い出されるんですか⁉」
「真に申し訳ない」
御剣が深々と頭を下げる。
「そんな謝られても! そ、そうだ! 押入れだ! 俺は押入れで寝ますよ! うん! それがいい!」
「ドラ〇もんか!」
愛のツッコミを余所に、勇次は立ち上がり、押入れに入ろうとする。
「いや~なんか子供の頃を思い出すなあ~! って、ひえええっ⁉」
勇次は悲鳴を上げる。押入れに黒装束に身を包んでいた男が眠っていたからである。
「ん! 曲者か!」
黒装束の男が目を開けて、身構えながら押入れから出てくる。
「く、曲者はお前だ!」
混乱する勇次とは対照的に愛と御剣は冷静な反応を示す。
「あ、黒駆さん……」
「そうだ、三尋、お前を呼んでいたのだったな」
「「え?」」
勇次と黒装束の男は御剣の顔を見る。
「忍ばせすぎて貴様の存在を完全に忘れていた」
「「ええっ⁉」」
勇次と黒装束の男は揃って驚きの声を上げる。