(5)
「夕食、どうする? 帰ってから作るのも億劫だし、たまにはどこかで外食しようか」
映画が終わると、既に太陽が地平線に消え、空は暗くなっていた。
禅一は先程のコバト座での出来事について特段気にした様子もなく、長時間座っていた為に凝り固まった体を伸ばしている。
「珠雨、何か食べたい物ある? もしリクエストあるなら言って」
「……禅一さん」
「何?」
「じゃなくて、禅一さんが食べたいです」
「残念、僕は食べ物ではありません。そういうこと言ってないで、どこかお店に入ろうね。もう僕が決めるよ」
さらっとかわされる。
狼さんモードはもう終わってしまったのだろうか。さっきあんなことをしたくせに、淡白極まりない。
(あざみちゃん恐るべし……こっちの気も知らないで)
あんなに何気ない仕草で手にキスなんて、珠雨の知らないところで女遊びしているのかと疑いたくなるレベルだが、禅一は一回り近く離れた大人の男だ。何より結婚と離婚を経験している。
氷彩と結婚していなかったら、珠雨とも今のような関係にはならなかったのだろう。
心がちりちりする。
今更の事実に嫉妬している。
「禅一さん、結局母が来た日、狼さんになってたんじゃないですか。嘘つき」
「……狼さんて」
来た時にも通った飲み屋街には明かりが灯り出しており、活気がある。夕食をどうするか考えるように歩いていた禅一は、珠雨の物言いに困惑したようだった。
「母にしたのと同じことしてって言ったら、スキンケアされましたね」
「珠雨だって気持ち良さそうにしてたじゃない。欲しがるね」
「俺、禅一さんとしたいです」
「……何を言ってるかわかってる? 僕は未成年に手を出したりしません」
「未成年て言ったって、19は結婚も出来る年ですよ! 年上の女が好きだから? ガキには興味ないってこと?」
「珠雨……往来でやめないか。ほら、ここに入るよ」
禅一が一つの店の前で足を止めた。全国チェーンの居酒屋だ。
「この店は個室で区切られてるから、そこで話そう」
周囲の通行人の何人かがこちらを見ている。確かに道端で言い争うことでもなかった。