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氷彩と話した翌日の日曜日、古民家カフェ・ヒトエの入口にアルバイト募集の紙が貼られた。珠雨がいない為の募集だった。外の掃き掃除をしながらその貼り紙を見つめ、もっとバンドネオンの練習をしなければな、と珠雨は思う。
旅費を出してくれる烈の気持ちにも応えたいし、留守の間をフォローしてくれる禅一や麦にも感謝している。
けれどそれとは別のことで、珠雨は重たいため息をついた。
(あざみちゃん、あざみちゃん、あざみちゃんに会いたいー……)
勿論禅一と同一人物なのはわかっている。しかし子供の頃傍にいたあざみちゃんは、もっと珠雨と距離が近かった。寝る前にとんとんしてくれたし、手を繋いで一緒に歩いてくれた。学校に迎えに来てくれた。
禅一とは、そんなことはしていない。勿論子供の頃のことだし、今同じことをしてくれなんて言えるわけもない。
心にどうすることも出来ないジレンマを抱きながら、店の前を掃除し終えて店内に入ると、接客をしている禅一の姿があった。
店内にはお客が三組。来店のタイミングが被ったらしく、一人で慌ただしく対応している。
「あっ珠雨……掃除が終わるのを待ちわびていたよ」
心底嬉しそうに声だけで出迎えてくれた禅一は、若干余裕がない。
「着替えますね、埃っぽいので」
すぐに自室へと向かって着替えを済ませてから再び一階へ降りてゆくと、この忙しいのにお客の一人が禅一にのんびり話しかけている。
(あーもー……)
要約すると、自身のSNSに写真をアップするが、そこに禅一の顔を出していいか、という内容だった。ツーショットを撮りたいらしい。
しかし禅一がそういうのをあまり得意としていないのは、なんとなく知っていた。まずSNSがどういうものか、よくわかっていない節がある。禅一は結構なんでもそつなくこなす男だが、一応は持っているスマートフォンを使いこなせていない感じで、アプリもほとんど入れていない。
「お客さま、この人そういうの疎いんで、勘弁してあげてください」
派手なネイルの女性が珠雨を値踏みするように見た。
「……えー? 駄目なの? あたしお店の人と写真撮るのが趣味でぇ。ほら見て見て、あたしのコレクション」
「いろんなお店行かれてるんですね。……あ、素敵なネイル。どちらのサロンでされたんですか?」
口から出任せがぽんぽん出てくる。こつを掴めば意外と簡単だ。目の前の女性と毒にも薬にもならない話をしながら、禅一に離脱するように手でジェスチャーする。
「もうあなたでもいいわ。一緒に写ってくれる」
「いいですよ」
珠雨はにこりと笑みを見せて、承諾した。