(2)
物心がつく前に、本当の父親は死別して傍にいなかった。どうやらバイクの単独事故というもので亡くなったらしいが、覚えていないのであまり感慨はない。
一人親で頑張って珠雨を育てていた氷彩は、仕事に追われて迎えに来れる時間は必然的に遅くなり、保育園の時も学童保育も最後の方まで残っていた。
それが近頃はあざみの出現によって緩和されている。
早く帰れるのは幸せだ。先生が嫌なわけではないが、いつまでも残っているのは不安だし寂しい。兄弟姉妹でもいればまた違ったのだろうが、生憎珠雨は一人っ子だった。
「あーあ、兄弟いればなあ。……あざみちゃんは、兄弟いる?」
布団に入り、ぽんぽんと寝かし付けられながら、珠雨はぽつりと呟く。薄暗い部屋の中で、あざみの表情はよく見えなかったが、
「僕も一人っ子だよ。珠雨と一緒」
優しく言ってくれたので、なんとなく心が落ち着いた。
「兄弟かぁ……欲しいの?」
「欲しい。だって楽しそうだし。先生に聞いたら、おうちの人に相談だねって。相談したら兄弟増える?」
「さあ、……どうだろう」
あざみのことが好きだ。珠雨をとても大切にしてくれる。多分氷彩の友人なのだろうが、どうして一緒に暮らすことになったのか、詳しくは聞いていない。ある日、今日から家族だと言われた。
「ねえあざみちゃん」
「珠雨、もう寝ようか」
「あざみちゃん、大好き」
「……ありがとう。僕も珠雨が大好きだよ」
大きな手が珠雨の髪をすくように撫でた。