第100話 竜の魔法
ウィンドドラゴンが魔法陣を展開するのを見た僕は咄嗟にウィンドドラゴンの頭の上に飛び乗った。当然ウィンドドラゴンは僕を振り落とそうと暴れるけれど、今はその暴れさせることが目的だ。頭を何度も振り回して暴れるウィンドドラゴン。そうしている間に展開されていた魔法陣が消えた。僕はそれさえ確認できれば良い。大剣を一振りウィンドドラゴンの顔面に振り下ろす。そんな攻撃になれていないからだろうウィンドドラゴンは咄嗟に目をつぶった。そのスキに僕はウィンドドラゴンの頭から飛び降りる。今なら僕を見失っているはず。僕はウィンドドラゴンの顎の下にもぐりこみ、下から振り上げるように大剣を振るう。やはり途中で剣勢が硬さに負け止まりかけるが、力を振り絞り振り抜く。さすがに効き目が大きかったようで今までの中で最も大きく体を捩じり暴れるウィンドドラゴンに僕もミーアも少し距離をとる。
ウィンドドラゴンの凶悪な目と目が合った。直後、ウィンドドラゴンの顎から喉にかけてが急激に膨らみ始める。これはブレスの予備動作……。ミーアはウィンドドラゴンの背後にいるから大丈夫だろう。問題は僕が避けられるか。ウィンドドラゴンに向けて走る。あと5メルド、3、1。サイドステップで右に躱す。すぐ左横を風属性のブレスが吹き荒れている。時間にしてわずか数秒。
「フェイ」
ミーアが僕を呼んだ。ミーアを見ると泣きそうな顔をしてそれでもウィンドドラゴンの後ろ脚に向けて両手に持つ剣を振り下ろしている。ホッとしたのも束の間、左腕にビリリとした痛みを感じた。見れば左腕の外側が防具ごとズタズタになっている。どうやら僅かにかすったらしい。それでもドラゴンのブレス相手に被害がこの程度なら安いものだ。とりあえず僕は左腕の動きを確認する。
「つぅ」
痛みが走る。けれど痛いということは死んでいないということ。とりあえず動くのならいい。ウィンドドラゴンはブレスを吐ききった直後で動きが鈍い。左腕の痛みをこらえ両手剣を振りかぶる。一拍溜めウィンドドラゴンの首に狙いを定め全力で振り下ろす。左右のバランスが崩れた状態での1撃は、それでもウィンドドラゴンの喉を大きく切り裂いた。これだけ大きく切ってしまえばブレスはもう使えないだろう。
そこまで一息に動き、ここでわずかに距離をとった。そして周囲をざっと確認すると、さっきまでは森だったはずの場所が扇形に数百メルドに渡って更地になっているのが見える。さっきのわずか数秒のブレスで森のその部分が消えていたのだ。やはり最下級とは言えドラゴンのブレスの威力はすさまじい。躱せていなければ僕は骨も残らなかっただろう。そのブレスをここで封じられたのは大きい。そして、今ウィンドドラゴンの敵意は完全に僕に向いている。そしてミーアは今のところ完全にウィンドドラゴンの視界に入っていない。なら、僕はやつの意識をもっと引き付ける。巨体を生かした押しつぶし攻撃、巨大な顎による噛みつき、頭を振り回すだけで僕たち人間にとっては1撃必殺の凶器だ。それらを時にサイドステップで、時に飛び上がり、時にバックステップで躱し合間に大剣を叩きこむ。風切り音に恐怖し、地を揺らす地響きに冷や汗を流す。それでもギリギリで生を拾う。ミーアもウィンドドラゴンの背後にまわり後ろ脚にダメージを与えウィンドドラゴンの動きを鈍らせる。もう少し、もう少しで討伐出来る。根拠などは無い、そう思うことで折れそうな心を引き立てる。
ウィンドドラゴンの動きにわずかな遅れが出始めた。ミーアが地道に後ろ脚を削ってくれた効果がでてきている。その僅かな遅れをついてウィンドドラゴンの顔面に1撃をいれた。今までにない暴れ方をするウィンドドラゴン。
僕は何度目かになるバックステップで大き目に距離をとった。それが失敗だった。ウィンドドラゴンは自身が大きく暴れると僕が大きめのバックステップで距離をとる事に気づいたのだろう、そしてその距離を有効に使えると考えた、そしてそれは僕にとって悪夢だった。気づいた時にはウィンドドラゴンの顎は大きく開かれ、そこに巨大な魔法陣が展開していた。回避は間に合わない、もはや魔法を剣で迎撃するしかない。それは巨大な風の魔法。僕は手にしたオリハルコンの大剣で魔法の核を切り払った。それでも巨大な魔法の塊は大きさを大幅に減衰させながらも僕に直撃をした……。ミーアの悲鳴が聞こえた気がする。