第89話 インビンシブルズ
レオポルトさんに頼んだものが出来上がるまでの7日間、あと1ヶ所に依頼をして、その後僕とミーアはまだ完全になじんでいない感覚を身体に染み込ませるために鍛錬を行った。どうやら剣での立会だけでなく体捌き自体に影響が出ているらしい。徒手空拳での体術も少しずつキレが違う。そこで身体の動かし方の基礎から丁寧に確認していく。初日2日目は単純に身体を想った通りに動かすための基礎訓練に費やした。それは例えば走った時に自分のそうしたいという速さと実際の走る速さをすり合わせる、障害物を跳び越すのに大きく飛びすぎないで丁度よく飛ぶといったことだ。これが以前は当たり前にできたのだが結構難しかった。
「よし、あの岩の上に丁度良く飛び上がるよ」
そして、僕とミーアは、仲良く飛び越して向こう側に……
「今度は、あの速足で走っている馬に並走するよ」
また、ふたりそろって追い越してしまい。
「今度こそ、石を投げてあの地面に置いた的に……」
散々飛んで走って投げて身体の動きと感覚を慣らしていった。
基礎訓練で身体の動きそのものについての感覚のズレの修正が済ませ、3日目からは剣を持っての感覚の修正を始める。素振りから始めたのだが、こちらは身体の動きそのものの延長として感覚の修正はほぼいらなかった。
「ミーア、木剣で打ち込みをしてみようか」
魔法で強化した木の杭が打ち込んである。鍛錬用の的のようなものだ。通常であれば木剣で早々傷の付くものでは無いのだけれど、それがミーアの振るう木剣によってスルリと切り落とされる。
「これはダメだな」
「そうね。これだけはダメね」
切り落としてしまっては感覚を修正できない。
「仕方がない、剣術だけは実地で慣らすしかないな。こないだの八つ当たりデートで多少は慣らしたしまあ危ない事は無いだろう」
そして7日の鍛錬の後7日の間に出来る範囲の慣らしを終わらせ頼んでおいたものを受け取った。当然ではあるけれど受け取ったその日は物の確認を行った。どれも満足のいく出来だ。特に防具は深層で狩ってきた名前もついていない新種の上位魔獣の素材を使いオリハルコンで補強を入れた特製の軽装部分鎧。そして以前から依頼してあった着込みのチェインメイルもオリハルコン製。オリハルコンのブロードソードとハンド・アンド・ハーフソード、それにミーア用のオリハルコン製片手剣2本もメンテナンス済だ。お試し的に作った新しい剣も魔法の鞄にしまった。ミーアも何か新しい武器を作ってもらっていたようだけれど、
「ないしょ」
とニヤニヤしながらさっさと自分の魔法の鞄にしまってしまった。
本来なら弓も強力なものに変更したいところだったけれど森で上位魔獣を相手にすると初撃以外には使いにくいので保留にした。
その翌日、僕達はそろそろ予備調査に出発するつもりだ。なのでその連絡をするためギルドに向かっている。行きかう街の人々はみな好意的で気軽に声を掛けてくれる。
「グリフィン侯爵閣下、おはようございます。ギルドにすごいものを納品されたそうですね。さすがはインビンシブルズのおふたりですね」
さらりと聞いたことのない呼び名らしきものを耳にした僕は尋ねてみた。
「そのインビンシブルズというのはなんですか」
「おや、おふたりは聞いたことありませんでしたか」
僕とミーアは、揃って首を横に振る。
「最強無敵のふたりという意味でおふたりをカップルとして私たちの中ではインビンシブルズと呼ばせてもらっているんですよ」
どうやら僕達の呼び名が増えていたらしい。
「おはようございます。ノエミいるかな」
珍しく受付にノエミがいなかったので声を掛ける。
「あ、グリフィン侯爵夫妻、おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか」
何か事務仕事でもしていたのだろう、挨拶をしながらノエミが奥から出てきた。
「ああ、グラハム伯からの依頼で、深層の奥を調査するんですが、調査団連れていく前にミーアと事前調査に行ってきます。たぶん30日くらいで戻ります」
ノエミの頬がヒクリと引き攣ったけれど、これは正式な依頼なので止めるわけにはいかない。ちょっと意地悪していこう。
「獲物楽しみにしていてくださいね。新種も狩れると思いますので」