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第75話 誘拐

 僕たちは皇帝との謁見と男爵への叙爵を終え辺境伯領領都へと帰還した。到着した時には領都は何やらざわざわと、いつもに比べ騒がしくまるで祭りのようだ。屋敷についた僕たちは、馬車から降りる。
「ほら、ラーハルトおいで。抱っこで降りようか」
呼びかけると飛びつくように降りてくる我が子を僕は抱き留める。馬車の旅でもラーハルトは疲れ知らずでやんちゃで元気、むしろ退屈して暴れたくなっていたようなところもあるみたいだ。そんな感じでわいわいと和やかムードで屋敷に入っていくと
「ファイ・グリフィン男爵、叙爵おめでとうございます。ミュー・グリフィン男爵夫人もおめでとうございます。本日はささやかではありますがお祝いの席を設けさせていただきました」
僕とミューが驚いてグラハム伯を見ると、ニヤニヤしている。仕込みだったらしい。そして
「明日は祝賀パレードだからな」
「え、それはちょっと」
僕が難色を示すと。
「顔ばれの件か」
僕とミューが頷くと。グラハム伯はやれやれといった風に肩をすくめ。
「よく考えろ。沿道に顔を見に来るのは一般人だ。貴族だのなんだの、お前たちが顔を見られたくない相手はそんなところには来ないぞ。それに、仮に見られても、もう既にお前たちは帝国の英雄であり、貴族だ。そしてあの時と違い俺が後ろ盾としている心配はいらん」
僕は涙が出そうになった。隣のミューを見るとやはり涙をこらえて一生懸命笑おうとしていて、思わず抱き寄せてしまった。
「あ、あり、ありがとうございます」
僕とミューは一緒に頭を下げていた。その日はグラハム伯の屋敷に街の有力者たちを集めての祝賀パーティー。皆が笑顔で祝福してくれる。聖国でのような嫌な取り込み工作もなく気持ちよく楽しむことが出来た。
 翌日の祝賀パレードでは沿道に多くの人たちが顔を見せてくれ、街の人たちがわがことのように喜んでくれているのがわかり面映ゆく、そして嬉しかった。
「ファイ・グリフィン男爵様。おめでとうございます」
「帝国の英雄。ザ・フォートレス様。ジ・アルマダ様」
ああ一般人にまであの二つ名は広まっているんだと実感した瞬間だった。それでも温かい気持ちに笑顔で手を振る。僕やミューが手を振るたびに歓声があがる。僕たちが受け入れられていることを感じ、ここが第二の故郷だと実感した。これもグラハム伯のおかげが大きい。単に冒険者として名が売れただけの名誉貴族ではこうはならなかっただろう。きっと聖国でのことと同じことが繰り返されただけだったに違いない。本当にグラハム伯には感謝しかない。
 そんな温かい気持ちのまま3カ月ほどが経った。この頃になるとミューもだいぶ感覚を取り戻していて、僕との稽古でも休む以前に近い動きをするようになっていて
「あたしもそろそろ実戦に戻れるかしら」
とか言い出した。
「そうだなあ、軽いところからならいけるんじゃないかな」
「ううん、それじゃあ、中位魔獣狩りくらいから」
ギルドで適当な依頼を見繕っていると
「あ、ジ・アルマダが……」
「子育てからついに復帰か」
「無敵の2人がついに復帰する……」
僕たちは周囲の視線を受け多少意識しながら受付窓口に向かう
「グリフィン男爵、グリフィン男爵夫人ついに復帰ですか」
「ええ、そのつもりです。今回は久しぶりなので手頃な依頼をと思いまして」
「中位魔獣ゴールデンボアの討伐および素材回収ですか。奥様の復帰戦としては少々きついのでは」
「はは、まさか。ミューは万全なら1人で上位魔獣の小さな群れを無傷で降す実力者ですよ。そしてお忘れかもしれませんが僕たちは上位魔獣中心のスタンピードを降したこともあります。当然そこには僕も同行します。休養明けとはいえ今更中位魔獣に遅れはとりません」
 依頼を受けた僕たちは辺境伯の手配してくれたメイドと護衛にラーハルトを預け森に入っていった。ギルドでは余裕があると言ったからと言って森に入れば油断をするわけではない。魔獣の痕跡を探しながら、探知を最大で展開し、やり取りは当然にハンドサインと目線を含む音を立てないコミュニケーション。数年ぶりの2人での緊張感のある探索に身の引き締まる感覚がある。魔獣を発見し、ターゲット以外の場合には回避、どうしても回避できなかった場合には最短で討伐。そうこうしながら探索2日目にゴールデンボアの群れを発見した。群れの規模は5体。ゴールデンボアは特定のルートを移動しながら暮らすタイプの魔獣のため途中で痕跡を見つけ追跡した結果だ。慎重を期すのなら本来はそのルートに罠を仕掛けるのだけれど、今回はミューの戦闘感覚の確認が目的のひとつだから直接戦闘で討伐する予定だ。僕たちは風下に回り込みながら様子をうかがっている。食事の後なのだろうゴールデンボアの群れは監視役の1体を除きグデンという感じで転がっている。事前打ち合わせ通りミューがソロで突っ込む。僕はいざという時にサポートに入れる位置で様子をみている。最初のターゲットは一番手前に寝ころんでいた1体。するりいう感じで1刀の元に首を落とし2体目に走るミュー。監視役の1体の動きが早いが、それが十分な態勢を整える前に2体目の頭を兜割の要領で屠る。残り3体。そこにきてようやく監視役の1体の態勢が整った。その1体がミューに対して飛び掛かる。ミューは余裕をもって円の動きで躱し、下から掬い上げるように剣で薙ぎ首を飛ばす。残りの2体はパニックに陥りむやみやたらに暴れだした。ミューは細かな円の動きの連続で常に残りの2体の死角に入るように立ち回りあっというまに首を落とした。
 僕は念のため探知を再度最大で展開し周囲に魔獣の反応が無い事を確認しつつミューに小声で声を掛けた。
「おつかれ。復帰戦としては十分な動きだったよ」
その日から5日に1度程度依頼を受けて徐々にミューに以前の感覚を取り戻させた。
「ミューはもう以前の感覚に戻ってるんじゃないかな。次の依頼から2人でやろう」
僕の言葉にミューが嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
朝、ギルドに行くと、ノエミさんから声が掛かった。
「あ、グリフィン卿、グリフィン男爵夫人。おはようございます」
「おはようございます。ノエミさん、その呼び方勘弁してください。ファイとミューでって言ってるじゃないですか」
そう言うと、ノエミさんはクスクスと笑いながら
「はいはい、気が向いたらそうさせていただきます。で、さっそくなんですが、おふたりに指名依頼が来ています」
打ち合わせ室に場所を移し、依頼の説明を受けることになった。
「依頼は帝国南部の貴族、ジョナサン・ダン・レイ子爵からの討伐依頼です」
ジョナサン・ダン・レイ子爵といえば貴族派の急先鋒だったはず。僕たちに依頼を出す事を嫌いそうなのだけれど。僕がそう言うとノエミさんが
「好き嫌いを言っていられない状態みたいですね。上位魔獣のアンデッドが討伐対象ですので。現状上位魔獣のアンデッドをまともに討伐できるのが分かっているのはお二人だけですから」
僕とミューは顔を見合わせて頷きあった。
「詳しいお話を聞きましょう」
「討伐対象は、上位魔獣スキューレのアンデッド。どうやら直前にスキューレ討伐に向かった1級冒険者パーティーと相打ちになって、アンデッド化したらしいですね。スキューレは強力な水系魔法を使う事で知られていますので、そのアンデッドも同じ可能性があります。スキューレ自体の苦手属性は火。水属性は活性化させます。膂力も強いですが、多足タイプの魔獣で動きが早く姿勢を崩しにくい特性があります。現在森を出てゆっくりとした速度で人の住む領域にむかって移動中だそうです。わかっている情報は以上です」
「という事は、目標を探す探索はあまり必要がなく、単純に討伐すればいい感じで、問題点は時間を掛けると実際に被害が出る可能性が高いということですね。レイ子爵領までどのくらい掛かりますか」
「そ、そうですね。馬で10日、馬車で15日、徒歩でなら通常30日というところでしょう」
僕とミューの移動速度なら徒歩で片道10から15日、討伐含めて往復25から35日といったところ、40日は掛からないだろう。しかしそれでもそれなりに長期間辺境伯領を離れることになる。僕たちが辺境伯の戦力とされている現状無断で辺境伯領をこれだけの期間離れるわけにはいかない。
「事情は把握しました。一度辺境伯に相談したうえでお返事させていただきます」

 屋敷に帰ってグラハム伯に相談したところ、やや難しい表情をしつつも状況が状況でもあり承認してくれた。ギルドで依頼を受ける旨連絡し旅装を整える。これだけの移動をするのは久しぶりだ。そして
「では、グラハム伯、申し訳ありませんがラーハルトの事お願いします」
討伐中の安全確保の問題もありラーハルトはいつものメイドと護衛をお願いしたうえで屋敷に置いていくことにした。討伐中わずか1日程度の時間とは言え潜在的な敵地でラーハルトを少ない護衛だけで守ってもらうというのが危険に思えたからだ。
「ラーハルト、パパとママはしばらくお仕事で留守にするけど、じいじのいう事をよく聞いていい子にしているんだよ」
僕とミューはレイ子爵領へ向かい急ぎの旅についた。
 旅は順調だった。12日という騎乗に近い旅程で目的地に到着し、スキューレアンデッドの討伐に向かった。剣聖ブランカに師事し剣の鍛錬をし、オリハルコンの剣を手にした僕たちにとってはスキューレアンデッドも既に難敵というほどではなくなっていた。余裕をもって討伐を行い。依頼主たるジョナサン・ダン・レイ子爵に討伐報告を行った。その時ジョナサン・ダン・レイ子爵の引き攣った顔が不思議であったけれど、依頼完了確認にサインをもらいさえすれば、関わることも無いかと放置をし帰路を急いだ。領都エイリアに戻りギルドに依頼完了の報告に訪れると。
「ファイさん、ミューさん。大変です」
そこに待っていたのはギルドマスターホセさんとノエミさんの悲痛な言葉だった。
「ご子息が、何者かに誘拐されました」

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