第68話 お手伝い
僕たちは剣聖ブランカ・シエロの指導を受けるようになって1年が過ぎた。剣の技術を磨き、レオポルトさんが製作に成功したオリハルコンの剣を携える今の僕たちは自分たちの強さが1段上がったことを感じている。実際剣の腕は指導を受け始めた当初、僕とミュー二人掛かりでもあしらわれていたブランカ師匠と1対1での稽古を受けられるまでになっていた。とは言え、1対1では、未だに1本さえ取れていない。
「よし、今日はここまでとする」
ブランカ師匠の言葉で今日の鍛錬を終了。
「ありがとうございました」
「まだまだ師匠の域は遠いなあ」
ボソっと呟く僕に
「そう簡単に並ばれては私の立つ瀬がないな。私がここまで来るのに何十年掛かっていると思っている。むしろお前達の上達速度は異常だからな」
「そうですか」
「当たり前だ。いくら祝福の助けがあるとはいえ、いくら実戦経験が人外とはいえ20歳にもならん若さで私と打ち合える人間なぞ他におらん。むしろ私が自信をくだかれているわ」
「経験が人外ってなんです、人外って。いくら師匠でもそれは言い過ぎでしょう」
「いや、どう考えても、お前たちの戦歴は人外だからな。対人戦闘でこそ私はまだお前達より上だと言い切れるがな、スタンピードにたった2人で立ち向かうとか、ダメージを与えられないのを覚悟のうえで王種を抑え切るとか、キュクロプスアンデッドをたった2人で討伐するとかそういった対魔獣戦闘は私にも無理だ」
ブランカ師匠には僕たちの聖国での事情も話してある。だからスタンピードの件も王種の件も知っている。
「そうなんですか」
「はっきり言おう。お前達2人の戦力は正面から本気でやり合うことが出来たのならという条件こそ付くが帝国軍が総力をあげた場合に近い。お前達の戦力は王種討伐を例外として、武力としては、この世界でほとんど敵となるものはいない、そのあたり自覚しておけ」
思わぬ高評価に目を見張った。けれど
「そうですね。ある程度は予想していました。でも、師匠にはまだ勝てませんけどね。それに武力だけではどうにもならない力もありますから」
ブランカ師匠は僕の言葉を聞くとニッコリと微笑み
「そうだな、むしろその武力以外の力こそ人間社会においては重要度が高く、それゆえにやっかいだと言えるな。それが分かっていればいい」
ブランカ師匠は続けた
「そして、グラハム伯は武力とそれ以外の力、双方を高いレベルで保有する帝国内での重鎮でもある。そこにお前達が保護されている意味も考えておけ」
僕たちがグラハム伯に保護されている意味か。少し考えこんだところに更に
「そうそう、今日グラハム伯から何か話があると聞いている。今日は鍛錬を早めに切り上げて余裕を持って夕食に参加できるようにしておけ」
「グラハム伯から話ですか。わかりました」
僕とミューは今日の鍛錬内容を一通りおさらいし、鍛錬をいつもより早めに切り上げた。与えられている部屋に戻り、風呂でざっと汗を流し部屋着に着替え2人で鍛錬で気付いたことなどを話し合い時間をつぶす。部屋着と言っても辺境伯の屋敷で違和感のない程度の服装であり、以前であれば考えもしないような装いをしている自分に感慨深いものを感じていた。
『コン、コン、コン、コン』
4回ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ミューが返事をする。
「お食事の準備が整いました。本日は辺境伯も同席されます。お早めにいらしていただきますようお願いします」
「はい、すぐ伺います」
ディナーのテーブルには当然ながらブランカ師匠も同席していた。和気あいあいと食事が進む。
「ほう、ファイとミューはそこまで強くなったか。さすが剣聖の指導のたまものだな」
「いや、こいつらの場合、指導云々以前に経験値がおかしいからな」
「師匠、経験値がおかしいって、どういう意味ですか。ねえ」
「そ、そうですよ。あたし達一生懸命に生きてきただけで……」
気付くとグラハム伯とブランカ師匠から生温かい感じの目で見られていた。
そしてグラハム伯が改まって声を掛けてくる。
「この1年、お前たちは剣の修行に明け暮れてきたわけだが、そろそろ1度手伝ってもらいたい」
「手伝いですか」