第64話 剣の限界
「助かったよ」
「ふふ、どういたしまして。でもね懐かしい声が嬉しい事を言うのが聞こえたから立ち上がれたのよ」
「懐かしい声って」
「フェイって最近というか、この何年も自分の事、僕って言うでしょ。昔は俺って言ってたのに」
「そうだっけ」
僕は自分の中の何かに鍵を掛けるために”俺”を封印していた。それに気付いていたのだろうか。
「『”俺の”ミーアになにしやがる』。うふふ。嬉しかったな」
「ちぇ、言ってろ」
僕は照れてそっぽを向いた。そんな僕に寄り添うように腰を下ろす妻の肩を抱き寄せ、それ以上何も言わせないとばかりに唇でミーアの口を塞いだ。
「さて、いつまでもこうしている訳にはいかないし、帰還の準備をしようか」
しばし、2人だけの世界を楽しんだ後、僕たちはいつもの通り近くの木を伐りキュクロプスアンデッドを括り付けて簡易搬送台を作り引きずるように運ぶ。その際に矢傷に剣を突き刺し傷をごまかすのを忘れない。戦闘後の興奮状態も解け無理をした身体が悲鳴を上げているのを感じる。それでも達成感と共に
「さあ帰ろう」
僕たちは帰還した。
ギルドでは天の剣とグランの翼のメンバーが勢ぞろいして僕たちを待っていた。
「ただいま」
拉げ焦げボロボロになった防具の上にフード付きのコートを羽織り、帰り着いた僕たちはさすがに疲労困憊していた。ギルドマスターのホセさんがそんな僕たちに声を掛けてくる。
「おかえり。どうだった」
僕とミューは親指を立てて討伐成功を示した。
「裏の窓口にキュクロプスアンデッドの死骸はおいてきました。確認してください。詳細の報告は後日でお願いします。今回は、さすがに疲れました」
ウィレムさんとイジドールさんが両パーティーを代表して声を掛けてくれた。
「お疲れ様。討伐成功おめでとう。よかったら飯を一緒にどうかな」
出発前とは随分と態度が違う。
「お誘いはありがたいのですけど、本当に今は疲れていて、今にも瞼が落ちてきそうなので出来たら明日以降にまた誘ってください」
彼らも僕たちの疲労困憊具合にようやく気付いたのだろう道を開けてくれた。
辺境伯の屋敷に戻った僕たちは風呂で溺れそうになりながら温まり、ベッドで泥のように眠った。
翌日昼過ぎに僕たちがゴソゴソと起きていくと、珍しくグラハム伯が屋敷に滞在していた。大抵は城で政務に励んでいるので屋敷にいるのは本当に珍しい。
「こんにちはグラハム伯。こちらに見えるのは珍しいですね」
「おお、ファイとミューか。そりゃキュクロプスアンデッド討伐の英雄が帰還したとなれば、こっちにくるさ」
「もう、伝わっているんですか。流石、情報が早いですね」
「まあ、さすがにこのレベルの情報はな。ところでお前たち、飯はまだだろ。一緒にどうだ。そこで討伐のあれこれを話してくれよ」
ミューと顔を見合わせて
「ご一緒させて頂きます」
さすがに辺境拍だけのことはあり、突発的なランチであっても中々のメニューだった。ワイルドボアの燻製肉の前菜から始まり、温かいスープ、季節のサラダ、白身魚のオイル煮、冬でもないのに少量のワインをすりおろした果実と混ぜ柔らかく凍らせたソルベ、メインはレッドディアのステーキ、デザートにレッドベリーのチーズタルト、さらには薫り高い独特の温かいカルフェ。
僕たちはグラハム伯のご相伴に預かりながら討伐時の状況を説明した。キュクロプスアンデッドがほぼ情報にあった場所に居たこと。発見後サポートの2パーティーは離脱させたこと。僕たちの弓でのヘッドショットを受けても怯むことなく突進してきたこと。上位魔獣の手足を軽く断ち切る僕たちの剣がまるで鈍らであるかのように切れなかった事。1度だけではあったけれどキュクロプスアンデッドが強力な魔法を使ったこと、その魔法が人の扱う魔法に比べ発動も早く、弾速も圧倒的に速かった事。抑えきったはずの魔法の煽りで周囲がとんでもない状態になっていたこと。一般の武器で対抗できるとは言え、その強さは低位の王種リトルデビルよりは上に感じたことを状況を交え説明した。
「今回の討伐については、こんなところです」
グラハム伯は顎を左手でなぞりながら
「なるほど、その状況からすれば先にサポートパーティーを離脱させていたのは結果的に正解だったようだな」
「そうですね。一緒にいたら魔法の巻き添えで大変なことになっていた可能性が高いでしょうね」
「しかし、低位王種より上か。そうそう現れるものではないとは言っても脅威ではあるな。ここにお前たちがいてくれたことを本当に幸運に思うよ」
「あ、あのそこまで言われると恥ずかしい。でもファイが評価されているのは嬉しくて……ああ、あたし何言ってるのかわからない」
ミューが照れて真っ赤になっている。
「評価いただきありがとうございます」
僕も照れくさい。でも今後のためにちょっとお願いをしてみよう。
「それはそれとしまして、お願いがあるのですがよろしいでしょうか」
グラハム伯はニコニコとご機嫌で応えてくれた。
「どんなことだ。オレが手伝える事なら、よほどの事までかなえてやるぞ」
「では、僕に剣を教えてくれる人を紹介していただけないでしょうか」
怪訝な表情のグラハム伯に説明をする。
「僕は今までミューの父親に習っただけで、正規の剣の訓練を受けていません。今回の討伐で今のままの祝福だよりの剣の限界を感じました。ですから正規の剣の技術を身に着けたいと感じたのです」