第24話「旅のオトモ」
洋館が立っている丘の頂上から眼下に広がる街の風景は眠りから覚めたようにヴァンパイアたちが活動を始めており、遠くでは米粒のように小さい黒い点があちこちで動いている。つまり、新しい一日始まったことを表していた。
連堂たちは十字架が立ち並ぶ墓場から洋館に戻っていた。
「連堂さん」
連堂は胸ポケットから赤色のタバコを取り出して火を付けて初めに吸った息をゆっくりと吐き、赤い煙をなびかせながらカツカツと革靴が音を立てて先を歩く連堂の背中に楓は声を飛ばすように話しかけて連堂は立ち止まり楓の方に体を向けた。
「僕に稽古を付けてくれませんか?」
「それは無理だ」と連堂は即答で答えた。
「連堂さんそれはないんじゃないの? 俺ももっと強くなりたいんだけど」
「いや、お前たちに付ききっりで稽古をつける時間は俺にはない。それにお前たちはまだアガルタに付いて何も知らない状態だ。だから…」
途中まで言いかけると連堂は胸ポケットから一枚の紙を取り出して楓に向かって投げた。
楓は足元に床を滑るように飛んできた紙を拾って読み上げた。
「武闘会?」
そこに書いてあるのはルーロという国で年に一回行われるという武闘会の広告だった。開催日程は今日から1ヶ月後に開催予定と書いてある。
連堂はうなずいて途中で言いかけた話を続けた。
「お前たちをサポートはすることにする」
隣に立っていた鬼竜がその紙を興味深そうに覗き込んだ。
「連堂さん面白いもの見つけたね。でも、場所はルーロか、随分遠いね」
連堂が頷いてから言った。
「はっきり言ってキエスでは混血の事が広まりつつある。柊の父親が知っていた通りお前の行動が目立ち始めたことも要因の一つだろう。そのため、お前をここに置いておくよりもお前の事をまだ知らない他の国に行って鍛えてきたほうがいいと俺は判断した。それにルーロに行くまでにアガルタの事を見て回ってくるといい」
「でもさ連堂さん、ルーロはALPHAの本拠地から遠いけどそれでも楓ちゃんが旅の途中で連れ去られちゃったらどうすんの?」
「もちろんそのリスクは承知済みだ。そのために護衛をつけることにした」
連堂は「来てくれ」と合図をすると男女の2人のヴァンパイアが通路から出てきた。人間で言えば楓たちより2つほど年下つまり、高校1年生くらいの若さに見える。
「よろしくでーす」
そう言って人懐こそうな笑みを見せてクリクリとした瞳と赤色の髪の毛が特徴的なその男性のヴァンパイアが楓に手を振って陽気にそう言った。もう1人黒髪でボーイッシュな髪型で中性的な顔立ちをしており、大きな瞳と長いまつげが特徴的な女性のヴァンパイアは楓たちとは目を合わさずそっぽを向いて静かに赤髪のヴァンパイアの隣に立っていた。
「どうも」
その男性のヴァンパイアとの温度差に楓は戸惑いつつも軽く頭を下げ、ボーイッシュのその髪をふわりと揺らして挨拶をした。
「へぇー君が不死身のヴァンパイアなんですね。じゃあ、心臓貫いても死なないんですか?」
その男性のヴァンパイアはクリクリとした瞳で楓の事を覗き込むように見つめた。
「お前初対面で失礼だろ。てか、その前にお前達何者だよ。まずは名乗るのが礼儀ってもんだろ」
男性のヴァンパイアは「あー失礼失礼」といって頭を掻いた。
「僕の立華空太っていいます。そんで隣りにいるこの子が烏丸京香ちゃんです。以後お見知りおきを」
立華と烏丸は改めて楓たちにお辞儀した。
楓と竜太も「よろしく」と挨拶を交わす。
「あの2人はなんでスーツじゃないんですか?」
楓は2人に交互に視線を向けてから問うた。
そして、連堂が2人の代わりにその質問に答えた。
「今回のお前の旅はモラドであることを隠して行う。そのため、伊純も新地もスーツ以外の服装に着替えて望むことになる。そもそも、武闘会にモラドが参加してると思われてこちらにメリットは無いからな」
連堂は咥えていたタバコを人差し指と中指ではさみ、赤い息を吐いてから言った。
「それにお前の正体がバレているのは現状キエスの一部のみだろう。だから、白髪であろうと他国のヴァンパイアは疑うことはないはずだ。安心して戦ってこい」
「楓さんの噂が広まるまで他国に一旦逃げるってことですね」と立華はやけに弾むような口調で言った。
「ああ。それでも、アガルタ中にお前の存在が広がるのはもはや時間の問題かもしれない。それまでにそこら辺のヴァンパイアに負けないぐらいの強さにはなってもらう。お前が弱いままだと守るに守りきれないからな」
楓と竜太は連堂の発言に頷いてから連堂は2人の様子を見て続けた。
「2人とも準備してくれ。昼前には出発してもらう」
「頑張れよ後輩。戻ってきたらみんなで呑もうね!」と鬼竜は楓と竜太の間に入って2人の肩を組んだ。また、香水の臭いが2人の嗅覚を刺激した。
竜太は乗り気で鼻息荒くしていたが楓は愛想笑いを浮かべて頷いていた。
「じゃあ僕はこれで失礼するよ」
鬼竜はそう言い残してから風のようにその場から消えた。
「その後の手配は立華と烏丸に任せてある。何か質問があったら2人に聞いてくれ。俺はこれで失礼するからな」
と言って連堂もその場から消えていった。
取り残された4人にしばらくの沈黙が流れたがそれを全く気にしていなかったように破ったのは立華だった。
「じゃあ、お二人の服を見繕いますか」
「ああそうだな。俺ら地上じゃ死んだことになってるらしいから地上じゃ服を調達できないもんな」と竜太が会話をつなげた。
「服はそこの街で売ってるんで買い揃えましょう。お金は連堂さんからたんまりもらってるんで」
そう言って、立華は目の前に見たこと無い札束を並べて見せびらかした。きっと、アガルタの通貨なのだろう。
何がどのくらいの価値があるのかはわからないが立華の表情からはお金に余裕があることは伺えた。
4人は洋館のある丘の下にある商店街に向けて歩いていた。
その道中、竜太の外交的な性格や立華の人懐っこい性格も相まって2人はすぐに仲良くなっていた。
そのため4人は2、2の2列に並びながら歩き前方は竜太と立華、後方は楓と烏丸の並びで歩いていた。
そして、前方で盛り上がる話し声が聞こえてくる。
「お前ぱっと見15歳くらいだぞ。俺らより年下だしもっと敬えよ。敬語を使っている点は褒めてやるぞ」
「失礼ですねー。僕らはあなた達より2倍は生きてますよ。ヴァンパイアの生命力舐めないでくださいよー」
「え? じゃあお前アラフォーなの? ジジィじゃんか。ウケるわぁ」
そう言うと竜太はケタケタと肩を揺らして楽しそうだった。
「あなたもヴァンパイアになったなら人間よりも長く生きるんですからね」
ムスッと腕を組んだ立華がそう言い返すと竜太はその事実に気がついていなかった様子でハッとして何やら考え込んだ。
「確かに、俺めっちゃ長生きじゃん。やべぇ今後何しよう。とりあえず、長い人生謳歌してやるぜ!」
「何を期待してもいいですがこれからやることは服買いに行くことですよ」
立華がそう突っ込むのを後ろで聞いている楓は笑みを浮かべていた。後方の2人はその間会話はしておらず沈黙だけが続いていた。
4人はとある呉服屋に入店した。
初めて入るアガルタの店を竜太と楓は目を輝かせて店内を見渡した。
「お二人は店にはいるのは初めてなんですか?」
2人は立華の方を振り向いて頷いた。
「そんなに店内をキョロキョロしてると怪しまれるので止めてくださいね」と立華はニタニタとした笑みを浮かべた。
初めて入るアガルタの店内に特に竜太はテンションが上った様子で買う服をすぐに決めたもののそれだけではまだ満足できなかったのか、竜太は嬉々として店内の隅々まで見渡すように物色していた。
それから数十分後に竜太に遅れて楓もこれから着る服を選び各々会計を済ませた。
「スーツは僕が預かっておきますね」と立華は言ってリュックにしまった。
楓は茶色のマント、竜太は紫色のマントをかぶりこれから始まる旅路の身支度を整えることが出来た。
皆その呉服店を出て、これからルーロまでは馬車で移動になるため予約した乗車場所まで移動しているときだった。
「おい、そこの白いの。お前が混血のガキか」
路地から急に現れて話しかけてきたのは地上の人間の世界にもいるようなガラの悪いチンピラのようなヴァンパイアとその仲間のヴァンパイアが2人が4人の目の前に来た。
「お前がいると災いを呼ぶらしんだとよ。しかも、不死身なんだろ? とんでもねぇバケモンがいるもんだ」
不敵な笑みを浮かべてから話しけてきたヴァンパイアは楓の胸ぐらを掴み顔を近づけて眉間にシワを寄せた。
「なあ、不死身ならいくら殴ってもいいよな? どうせ死なないんだろ? 俺の愛用してるサンドバッグが壊れちまってよぉお前が代わりになってくれねぇかな」
「アニキ女もいますよ。しかも、なかなかいい女だ」と子分のようなヴァンパイアが烏丸を指差した。
「連れてっていいぞ。あとで好きにしろ」
烏丸を指差したヴァンパイアは「へい」と返事をした後、楓の胸ぐらを掴んでいるヴァンパイアは楓に殴りかかろうとしたときだった。楓の目の前にいたヴァンパイアの姿が一瞬にして無くなり鈍い音と砂埃が辺りを舞った。
砂埃が晴れてから状況を確認すると立華がチンピラのヴァンパイアの2人の後頭部を鷲掴みして地面に叩きつけていた。もう1人の烏丸を指差したヴァンパイアは烏丸に頭を踏まれて両腕を拘束されていた。
ここまでの一瞬の出来事の間に、竜太も楓を守ろうと一歩踏み出そうとしたがそれよりも早く2人は動いていた。楓もその間全く動けず一瞬の出来事だった。
「この!」
楓に話しかけたヴァンパイアは抵抗しようとしたが立華は更に力を込めて地面に顔がめり込むのではないかと思うほどに力を入れて踏みつけた。
「おっと。うらまないでくださいよー。僕の任務は楓君を守ることなんですからね。これも仕事の内なんで」
烏丸は無言で拘束する力を強めてグキッと鈍い音が聞こえて地面に伏しているヴァンパイアは悲鳴のような叫び声を上げた。
「烏丸さん骨を折るのはやりすぎなんじゃ…」と楓が心配そうに烏丸に言った。
しかし、烏丸は無愛想に表情を無表情のまま「ヴァンパイアならこのぐらいすぐ治りますよ」と一言だけ言って楓の意見は訊かなかった。
「くそ! 覚えてろよ。そんなバケモノ匿ってロクなことないからな」
捨て台詞を吐き捨ててチンピラのようなヴァンパイアは4人の目の前から姿を消した。
あっけにとられた楓だったが状況を飲み込んでから2人に笑顔を作って言った。
「ありがとう。2人とも強いんだね」
立華はワイシャツの襟を正してから言った。
「いえいえ、僕らは護衛ですからこのぐらい当然のことですよ。自分で言うのもなんですが強くないと選ばれませんし」
ただ、楓の表情はまだ暗いままでいる。それを察した竜太は楓の肩を叩いた。
「気にすんなよ。俺らが付いてる限り楓は安全だ」
「ありがとう竜太」
立華はじっと楓を見てリュックを背負い直してから言った。
「じゃあ、馬車の予約時間もそろそろ近いんで行きましょうか」