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5号店開店 その1

 その日のうちに、トルソナは妹2人を連れて戻って来ました。
「あの……トレイナです……」
「……トラーナ……」
 おずおずとした口調で、トルソナの背に隠れるようにしながら僕に挨拶をしてきた2人は、トルソナによく似ています。
 トルソナが短髪なのに対して、トレイナとトラーナは腰まであるロングヘアで、トレイナが1本、トラーナが2本の三つ編みにしていますので、区別はつきやすいですね。
 3人ともまだ10代半ばで、トルソナが2才年上の姉、トレイナとトラーナは双子なんだとか。
 そんな3人ですが、揃って衣類はボロボロです。

 トルソナは、元は王都にあったポルテントチップ商会の本店で下働きをしていたそうです。
 それが、ポルテントチップ商会が王都から撤退することになったため、急遽このナカンコンベへ移転してきたそうなんですが、
「王都でもらっていたお給料なんですけど……毎月よくわからない名目でお金をひかれまくっていたもんですから生活費にも事欠くありさまでして……しかも、移転は徒歩でするように言われて……私達何十日もかけて……」
 トルソナはそう言いうとうつむきました。
 いや、それはどう考えても店の対応の方がおかしいと思うわけです。せめて移動手段くらいなんとかしてやってもいいでしょうにねぇ……この様子だと、旅賃も支給してなさそうですし……
 まぁでも、こういったこと関しては現在レトレ達ナカンコンベ商店街組合の精鋭部隊が鋭意調査中でしょうから、その結果を待つことにしようと思います。

 トレイナとトラーナの2人がまだ顔色が悪かったので、僕は3人を連れてガタコンベへ戻ると、おもてなし診療所のテリブルアに2人を診てもらいました。
 すると案の定
「おいおい、どんな薬を使ったんだこりゃ?」
 2人の頭に手をあてたテリブルアは呆れかえった表情でそう言いました。
「多少良くはなってるけど、ほとんど治ってないじゃん」
 テリブルアは診療所の棚に並べているスアの飲み薬をいくつか手に取り、それを2人に飲ませました。
 すると、どうでしょう。
 2人の顔色がみるみるうちに良くなっていきます。
「そもそもさ、スア様のこの飲み薬、1本千円/店長が元いた世界換算があれば完治する病気だぜ? その薬を処方したヤツってのも大したことねぇなぁ」
 テリブルアはそう言いながら笑っています。
 で、その薬のおかげですっかりよくなったトレイナとトラーナは
「トルソナ姉様、もう辛くないです……」
「……なんともなくなった……」
 そう言うと、笑顔でトルソナに抱きついていきました。
 それを抱き止めたトルソナは涙を流しながら喜んでいます。
 ……まぁ、しかしあれですね。
 こんな値段の薬で治る病気の治療にあんな法外な値段を請求していたとは……まぁ、ここまでの経緯を考えれば、おそらくその診療所もポルテントチップ商会とグルだったんでしょう。
 とにかく、これで2人も完治したわけだし、よかったよかったってことですね。

 流行病とはいえ、よほど体力が弱っている人でないと感染しない病気とテリブルアは言うものの、念のためにトルソナと僕も検査をしてもらっておきました。
 まぁ、予想通り病にはかかっていませんでしたけどね。

 で、3人はナカンコンベの場末の宿で寝泊まりしていたとのことで、すでにそこを引き払っていまして、荷物も全部持って来ていました。
 まぁ、布袋3つだけと、非常にこじんまりとした荷物だけだったので持ち運びも簡単だったんです。
 で、そのまま3人をコンビニおもてなし本店の二階にありますおもてなし寮へと連れて行きました。
 現在のおもてなし寮は、シャルンエッセンスが寮長を務めています。
「……というわけで、シャルンエッセンス、この3人が新しく寮に入ることになったからよろしく頼むね」
 ちょうど2号店から戻って来ていたシャルンエッセンスに、そう言って3人の事を紹介したところ、その生い立ちを話したせいか、
「それは……本当に苦労なさったでしょう!さぁ、今後は私を実の姉と思って甘えていいのですわよ」
 号泣しながら3人を抱きしめていきました。
 感受性豊かというか、コンビニおもてなしで働き出してからのシャルンエッセンスは他人の気持ちになって考えるってことがよく出来るようになっています。
 ちょっと過剰な気がしないでもありませんけど、以前のおーっほっほっほだった頃のシャルンエッセンスよりは何百倍もいいと思います。
 こうして、トルソナがコンビニおもてなし5号店の店員候補として、2人の妹とともに入寮しました。

◇◇◇

 翌日。
 ルアとの打ち合わせで、5号店の改装終了までにおよそ2週間かかるとの連絡を受けました。
 なので、その間のトルソナは、本店で研修を兼ねて働いて貰う事にしたのですが、
「おはようございます、店長様」
「あの……お、おはようございます……」
「……ます……(ぺこり)」
 翌朝、シャルンエッセンスに連れられて、トルソナ3姉妹が揃ってやってきました。
 3人ともろくな着替えを持っていなかったとのことで、シャルンエッセンスが自分の服を3人にあげているそうでして、3人ともフリルのついた可愛い衣装を着ています。
 気のせいか、少し嬉しそうに見えますね。
「お兄様、昨夜3人ともお話をさせていただのですが、3人ともこのお店で働きたいと申しておりますの。このシャルンエッセンスからもお願いいたしますわ。どうか使ってみてあげてはいただけませんこと?」
 シャルンエッセンスは、僕の前で跪き、両手を握り合わせながら上目遣いで僕に懇願してきました。
 ……うん、この一見芝居がかったお願いの姿勢も、素でやってるんですよね、シャルンエッセンスってば……こういうところは、もうちょっとなんとかしてほしいかもです、はい。

 で、まぁ、どうせ一緒に住むわけですし、年齢的にも働けないわけではありませんし。
 3人に改めて聞いたところ、トルソナが
「はい、よろしくお願いしたいです。シャルンエッセンスお姉様からもお聞きしたお話から判断してもですね、このお店なら妹達を働かせても安心だと思ったものですから」
 そう言って頭を下げました。
 それに合わせて、トレイナとトラーナも頭を下げました。
「まぁ、そういうことなら……とりあえずお試しでやってみてもらおうか」
 僕がそう言うと、3人は嬉しそうに微笑みながら、
「今後とも末永くよろしくお願いします」
 そう言いながら頭を下げていきました。
 ……スアに聞かれたら、なんかよからぬ想像をされそうなんで、この台詞はちょっと改めて欲しいんだけどなぁ……

◇◇◇

 で、この3人ですが、実際に働いてもらってみて、感心しきりでした。
 まず、長女のトルソナですが、
「いらっしゃいませぇ!」
 常に笑顔で元気な声をあげ、生き生きした様子で接客をしています。
 レジの指導をブリリアンに受けながら、それもすぐにマスターしています。
 どうやらトルソナは接客に向いているようですね。
 一方のトレイナとトラーナですが……この2人には最初少し困ったんですよ。
 姉とは正反対で、引っ込み思案な2人は、なかなか声が出せなくてお客さんを前にすると固まっていたんです。
 馴れも必要でしょうけど、ちょっとこれは骨が折れそうだなぁ。
 そう思いながら僕は2人に、
「あのさ、今まで何かお仕事をしたことはある? 得意なこととかさ」
 そう聞いてみたところ、
「……あの……お、王都で……パン屋で働いてて……パンを焼いてたことが……」
「……(コクコク)」
 2人はそう言いました。
 ちょうどパン職人も不足していたわけですので、テンテンコウ♂にお願いして2人にパン製造作業に加わってもらいました。
 意外なことに、接客のさいにはウロウロオロオロするばかりで頼りないことこのうえなかったというか、危なっかしい事この上なかった2人なのですが、いざパン生地を前にすると手際よく作業をこなしていったんです。
 すでに熟練の域に達しているテンテンコウ♂ほどではありませんが、これなら十分戦力になるレベルです。
「いや、2人ともすごいよ! 2人にはパンを作ってもらってもいいかな?」
 僕が笑顔でそう言うと、2人も嬉しそうに笑顔を浮かべながら、
「……お、お役にたてて嬉しいです……」
「……が、頑張ります……」
 そう言いながら何度も頷きました。

 思わぬ形で、5号店の店員候補が一気に3人も確保出来たわけです。
 最初はドタバタでしたけど、なんとかいい方向に向かってるよね、うん。

 僕は、皆を見回しながら笑顔を浮かべていきました。

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