第5話(2)大浴場の戦い
「じゃあ、ミーティングはこんな所で終わろうか」
「よし、風呂入ってくるか」
「好きやな~」
「昨日は色々とバタバタしていて気が付かなかったんだが、オーシャンビューの大浴場があるらしい。今日はそっちに入ろうと思う」
そう言って、大洋は右手親指をサムズアップした。
「エンジョイしとるな……」
「今更だけど大洋、他チームの選手と出会う可能性があるかもしれないけど、余計なことは言わないようにお願いね~」
「そうなのか……分かった、世間話に留めるようにする」
「記憶喪失の身で世間話するっちゅうのもわりとハードル高いな……」
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってら~」
大洋が浴場へと向かった後、隼子が閃に尋ねる。
「そういや本当に他チームの連中を見いひんな?」
「食堂は他にも幾つかあるからね。その辺の導線もしっかりしているみたいだし、食事中にお互いにバッタリ、ということはまずないみたいだね~」
「気を遣っているんやな……当たり前っちゃ当たり前か」
「浴場とかは結構緩いみたいだけどね~」
「大洋、問題起こさんやろな……」
「おおっ!」
浴場に入った大洋は思わず声をあげた。オーシャンビューの大浴場は見事な景色が広がっていたからである。
「これは良い。種子島の景色を一望できるな」
大洋は体を入念に洗い、風呂に入った。
「~~! いい湯だ! 生き返るようだ……」
大洋はしばし湯加減を堪能した後、おもむろに立ち上がった。
「う~ん! テンションが上がってきたぞ! こんなときは力の限り叫ぶに限る!」
すぅっと深呼吸して、大洋は叫んだ。
「曲がったことが大嫌い! 疾風大洋です!」
「多・田・野で~~~~~~~~~~~す!」
「「⁉」」
お互いの叫び声によって、ようやく自分以外の入浴者がいるということに気づいた大洋と五分刈りの男、二人が顔を見合わせる。
「「……」」
二人は黙って顔を背けてしゃがみ、再び風呂に浸かった。しばらくの間沈黙が続いた。
「……俺の方が、」
「……僕の方が、」
「「大きかった‼」」
再び二人の声が揃った。
「アンタ、ナニを言っている⁉」
「ナニをって、貴方こそ一体ナニの話しをしているんですか!」
「ぐっ……ならば、どちらが長く顔をお湯につけていられるか勝負だ!」
「望むところです!」
二人とも顔を風呂の中に突っ込ませる。数分ほどその状態を保っていた。
「「ぶっはぁ‼」」
二人はほぼ同時に顔を上げた。互いに顔を見合わせる二人。
「俺の方が長かった!」
「いいえ、僕の方がコンマ何秒か長かったですよ!」
「俺だ!」
「僕です!」
「くっ!」
大洋は周囲に目をやる。すると、サウナルームが目に入った。
「ならば、今度はどちらがサウナに長く入っていられるかで勝負だ!」
「受けて立ちましょう!」
両者は勢いよくサウナの中に入った。そして腕を組んでドカッと座席に腰を下ろした。そして10分程経過した。
「あまり無理をしない方が良いんじゃないか?」
「それはこちらのセリフですよ!」
「……」
「……」
更に20分程経過。
「やせ我慢は良くないですよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返す!」
「……」
「……」
それから30分程経過、サウナに入って約1時間が経っていた。
「「~~~‼」」
遂に耐え切れなくなった両者は揃って席を立つとドアを開き、隣の部屋の水風呂に思い切り飛び込んだ。一瞬間を置いて、大洋が叫ぶ。
「俺の方が長く入っていた!」
五分刈りも言い返す。
「いいえ、僕の方がコンマ数秒か長く入っていました!」
「なんだ、さっきからコンマコンマって! 正確に計っていないだろう!」
「僕の体内時計ですよ!」
「そんなものを信じられるか!」
大洋は浴場の外を指し示す。
「こうなったら、風呂を上がって勝負だ!」
「いいでしょう!」
二人は浴衣に着替え、更衣室から出ると、近くの売店に向かう。
「おばさん! 牛乳を下さい!」
「あいよー!」
大洋が振り返って五分刈りの男に告げる。
「風呂上りと言えばやはり牛乳! 牛乳をどれだけ多く飲めるかで勝負だ!」
「受けて立ちましょう!」
二人は購入した牛乳を右手で持ち、左手を腰に当てた体勢でゴクゴクと勢いよく飲み始める。同じ位のペースで1本飲み終えた。
「おばさん! もう1本!」
「こちらも!」
「あいよー」
そして二人は10本ずつ飲んだ。売店のおばさんが申し訳なさそうに二人に告げる。
「ごめんね……もう牛乳無いのよ~」
「ぐっ……ならば、これだ!」
大洋は売店のレジ脇の冷蔵庫から通常より大分大きなサイズのラムネ瓶を取り出す。
「量の勝負では埒があかん! このメガビッグラムネを先に飲み干した方が勝ちだ!」
「良いでしょう!」
五分刈りもラムネ瓶を手に取った。二人が並んで立つ。
「準備は良いか? 行くぞ! ……レディ、ゴー‼」
大洋の掛け声と同時に、二人は豪快にラムネを飲み始めた。しかし、余りの大きさの為に、流石に一挙に飲み干すのは至難の業であった。
「! ぶっ、ぶふぉ! ごほっ!」
ラムネが気道に入ったのか、五分刈りの男が咽せはじめた。大洋は勝ちを確信する。
「ははっ! 悪いがこの勝負もらっ……⁉」
「何を騒いでんねん、アンタは!」
大洋の後頭部を隼子が勢いよく引っぱたいた。
「な、何をするんだ隼子!」
「それはこっちの台詞や! 何を遊んどんねん!」
「遊んでいる訳じゃない! 男と男の勝負だ!」
大洋が隼子が言い争っている間に五分刈りの男が体勢を立て直した。
「ふふっ、今です!」
「しまった⁉」
「勝利は頂きで……⁉」
「「⁉」」
五分刈りの男が派手に吹っ飛んだ。大洋と隼子が唖然としながら視線をやると、そこには片脚を上げた黒髪ロングの女性が立っていた。
「いつまでも戻ってこんと思ったら……何を遊んじょるんや、お前は」
「さ、流石の蹴りです……キックさん、ぐぉっ!」
立ち上がろうとした五分刈りの男の横顔を女性が蹴る。
「おかしなあだ名ばつけんな……アタシの名前は菊じゃ」