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第5話(4) 練習試合 VS常磐野学園戦 後半戦

【後半】

基本フォーメーション



常磐野学園

___________________________
|            |             |
|   青木        |          池田 |
|          金子|   姫藤        |
|   斉藤   中野   |  武      脇中  |
|            |     石野      |
|村上   福田   原田|           永江|
|            |     丸井      |
|   後藤   田村   | 龍波      谷尾  |
|          岡本|   菊沢        |
|   西村        |          緑川  |
|            |             |
|____________|_____________|

                       仙台和泉

                    

 2点リードの常磐野はシステム・メンバーともに変更なし。和泉はシステム変更なしだが、三人を交代。趙→菊沢、松内→石野、桜庭→谷尾。丸井を中盤に上げた。



後半1分…常磐野、原田へのロングフィード(※ロングパス)、谷尾が跳ね返す。



「⁉ あの5番高くて強い⁉ 原田があっさり跳ね返された⁉」

 谷尾のヘディングを見て、常磐野ベンチから驚きの声が上がる。



後半3分…常磐野、パス交換から中野がゴールに迫るも石野がスライディングカット。

後半4分…和泉、カウンターから菊沢の鋭いクロスはDFにクリアされるも、走りこんだ石野がダイレクトボレーを放つ。ただジャストミートはせず、ゴール左に外れる。



 (あの8番……さっきまで自陣にいたのに、もうこちらのゴール前まで……)

常磐野コーチは交代したばかりとはいえ、石野の運動量に警戒を抱く。



後半6分…和泉、菊沢の後ろを緑川が走り抜ける。その動きを囮にし、菊沢が低い弾道のクロスを逆サイドに送る。走りこんできた池田が合わせるも、ボールはわずかに外れる。



「あ、思い出した! コーチ! 後半から入ってきた三人、織姫FCのジュニアユースにいたやつらですよ! 和泉に入っていたんだ!」

「何ですって⁉」

  常磐野ベンチにやや動揺が走る。その様子を見た緑川が呟く。

「もう一人忘れていますよ……!」



後半8分…和泉、丸井がピッチ中央でパスカット。右サイドに開いた姫藤にピンポイントでパスを通す。姫藤、中央にクロスを上げるが、DFにカットされる。

後半9分…和泉、丸井が常磐野DFのクリアボールを胸でトラップ。そのまま左足で対角線上の武にスル―パス。武シュートもDFにブロックされる。

後半10分…和泉、姫藤からサイドチェンジ。受けた菊沢、中央に浮き球でパスを送る。走りこんだ丸井、左腿でトラップして、右足でボレーシュートを放つもポストに当たる。



「何? あの10番……前半よりも明らかに動きが良くなっているわね、本職は中盤? ……待って、あのお団子頭どこかで見たことあるような……そうだ、丸井だ、中町中の丸井桃! あの『桃色の悪魔』! 和泉に入っていたのね⁉」

 コーチの発言に常磐野ベンチがまたどよめく。その声を聞いた菊沢が丸井に声を掛ける。

「有名人みたいね、お団子ちゃん」

「ううっ……嫌なんですけどね、あの呼び名……」



後半13分…和泉、石野の横パスを丸井がすかさず、縦パスを入れる。武が落として、姫藤が左足でシュートも常磐野MF福田に当たってゴールラインを割る。和泉のCK。

後半14分…和泉、左からのCK。菊沢、ニアサイドへ速いボールを送るも、DFがクリア。もう一度同サイドからのCKとなる。



 再びCKのチャンスを得ました。輝さんのキックの精度はとても高いです。様々な球種を蹴り分けられるため、常磐野守備陣も対応に苦慮しています。次はどのようなボールを蹴るのでしょうか。いずれにせよ左利きなので、この場合はゴールから遠ざかるボール、いわゆる「アウトスイング」の軌道になります。そんなことを考えていると、輝さんがボールをセットして顔をあげた時に、私と目が合いました。直感的に私はボールに近寄っていきました。ホイッスルが鳴り、助走をとった輝さんは先程と全く同じキックモーションながら、蹴る瞬間に足の向きを変え、私に短くパスを出しました。ショートコーナーです。完全に虚を突いたため、相手のDFの対応が遅れました。私は即座に左足から右足にボールを持ち替えて、体勢を整え、視界を確保しました。人が密集しているニアサイドよりもファーサイドの守備が手薄だと判断した私は、そちらに向かってボールを蹴りました。味方が誰もいない所に飛んでしまったかと思いましたが、成実さんが反応してくれました。成実さんはほとんどスライディングに近い形で、右足でボールを中央に折り返します。中央ではヴァネさんがフリーでした。長身の彼女のことも、当然常磐野DFは警戒していましたが、こちらの左右の速い揺さぶりが効き、マークを外すことが出来ていました。彼女が頭で難なく合わせて見事ゴール!これでスコアは2対3。1点差に詰め寄りました。



後半15分…常磐野、三人の選手交代。岡本→松田、金子→横山、田村→酒井。システム変更無し。それぞれそのままのポジションに入る。

後半17分…和泉、菊沢からのパスを受けた武、左足でシュートもGKの正面。



「くぅおお――! おい! カルっち!」

 龍波が菊沢に呼びかける。

「は? (カルっち?) 何よ?」

「アタシにもパスくれよ!」

「……FWには1試合に3回チャンスが巡ってくるっていうわ。焦らずドンと構えてなさい」

「そういうもんか……おし、分かったぜ!」

 (単純……まあ、確かにあのシュート力は魅力だけど、まだまだ未知数……同点に追いつくためには、アフロパイセンやツインテールちゃんに預けた方がより確実……悪いけど、今日は精々囮役ってところね)



後半20分…和泉、菊沢が左サイドに移ってきた姫藤にスルーパス。DFラインの裏に抜け出した姫藤、中央で待つ武に向かって速いクロスを送るも、GKが弾く。こぼれ球が龍波の元へ。龍波胸でトラップするも、シュートに手間取り、DFにクリアされる。



「んあぁぁ――! 焦っちまったぁ――!」

 頭を抱えて嘆く龍波に菊沢と姫藤が声を掛ける。

「次あるわよ! 切り替えて!」

「ドンマイ竜乃! ゴール前に詰めたのはナイスよ!」



後半21分…常磐野、選手交代。西村→中川。右サイドバック同士の交代。菊沢対策か。

後半23分…常磐野、右サイドから松田が突破を図るも、緑川がボールを奪う。

後半24分…常磐野、左サイドから横山がスピードに乗って仕掛けるも池田がカット。



「おお! 何だか凄いんじゃない⁉ キャプテンも池田ちゃんも!」

 九十九が興奮した様子で小嶋に話しかける。

「当然です! 二人とも去年のベスト16入りの立役者ですから!」



後半26分…和泉、丸井、石野とワンツーで、バイタルエリア手前まで進むも、常磐野MF福田に倒される。ゴール正面約25mの距離でFKフリーキックのチャンス。



 緑川がボールを菊沢に手渡す。

「任せましたよ」

 菊沢は黙って頷いた。小嶋がベンチで小さく呟く。

「これ位の距離なら、ヒカルちゃんにとってはPKを蹴るのと同じ……!」

 笛が鳴り、菊沢が短い助走から左足を振り抜いた。鋭い弾道のボールは常磐野DF五枚の壁の右上を抜けて、ゴール右上に吸い込まれていった。3対3、試合は振り出しに戻った。左手で小さくガッツポーズを取る菊沢に、谷尾と石野が真っ先に抱きつく。

「うおぉぉぉ! やっぱすげえヨ! ヒカルの左は!」

「大げさよ……」

「クールぶんなし! もっと喜べし!」



後半29分…和泉、丸井が姫藤とのワンツーで、再びバイタルエリア手前まで進む。ここで左サイドに展開。左に開いていた菊沢がフリーでボールを受ける。菊沢のクロスは常磐野DF中川に当たり、コースが変わる。



 輝さんにボールを繋いだ私は、すぐさまペナルティーエリア内に入りクロスを要求します。しかし、そのクロスは相手DFに当たってコースが変わり、ペナルティーエリア外の方に飛んでいきました。(ダメか……)と思った矢先、そこには竜乃ちゃんがいました。(何でそこに⁉)と思った時には、竜乃ちゃんは体を逆さにして撃つ、オーバーヘッドシュートの体勢になっていました。ボールを蹴ったと思った次の瞬間、エリア中央付近にポジションを取っていた私の元に強烈なボールが飛んできました。咄嗟に胸でトラップした私は左足でボレーシュートを放ちました。ブロックにきた相手DFにぶつかられ、私は倒れこみますが、ボールがゴールネットを揺らすのははっきりと見えました。これで4対3。私たちの逆転です。起き上がった私に皆が飛びついてきました。

「おっしゃ――! やったな、ビィちゃん!」

「流石桃ちゃん!」

「ナイスシュートやで!」

 私は皆の手荒な祝福を受けながら自陣に戻ろうとしましたが、右足に痛みを覚え、その場にしゃがみ込んでしまいました。キャプテンが駆け寄ってきました。

「大丈夫ですか?」

「さっき倒れた時に、右足をちょっと捻ったみたいです……」

 私の様子を見て、キャプテンがベンチの方に声を掛けます。

「白雲さん、交代です! 準備して下さい!」

「ま、まだ出来ます!」

「無理は禁物ですよ」

 私は残り5分で流ちゃんと交代することになりました。



後半30分…両チームメンバーチェンジ。和泉、丸井→白雲。常磐野、原田→天ノ川。



 緑川がポジションについて指示を飛ばす。

「秋魚、丸井さんのところに入って! 白雲さんは龍波さんと2トップの位置に!」

 一方、常磐野ベンチでは……

「まさか貴方まで投入したって監督に知られたら……」

 嘆くコーチに、天ノ川がのんびりした声色で答える。

「でも~負けたらもっとマズいですよ~?」

「……信じていいんでしょうね?」

「後5分か~まあ、1点位なら何とかなると思いま~す」

 天ノ川の姿を見て、小嶋が驚きの声を上げる。

「天ノ川さん……⁉」

「知っているの? あ、背番号10だ」

九十九が小嶋に尋ねる。

「天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん……去年の全中でも活躍した青森蒼星(あおもりそうせい)の『天ノ川ツインズ』の妹さんの方です。そう言えば、今年常磐野に入ったんでした。まさか今日Cチームに帯同してたとは……」

「へ~そんな凄い選手には見えないけどね~結構背は高いけど、ぼんやりした感じだし」

「えぇ、やっぱり天ノ川さん⁉」

 ベンチに下がってきた丸井も驚く。

「あ、丸井ちゃんも知っているの?」

「ええ、似ている顔がいるなって思ってはいたんですが……髪型がちょっと変わりましたね、肩口まで伸ばしている」



後半31分…常磐野、ロングボール。天ノ川、谷尾との空中での競り合いを制し、こぼれ球に対し、素早く右足を振り抜く。鋭いシュートは、クロスバーを叩いて上に外れる。

「ああ~左だったらなぁ~」

 軽く空を仰ぐ天ノ川を、谷尾が尻餅を突きながら呆然と見つめる。

(アタシの方が吹っ飛ばされタ……⁉)

(シュートまでが速い、一歩も動けなかった……)

 永江も冷や汗をかいた。



後半33分…常磐野、バイタルエリアで天ノ川がパスを収める。和泉DF、武と石野が挟み込むもボールを奪えず、あっさりと前を向いた天ノ川、強烈な左足のシュート。谷尾が体を張ってシュートブロック。



(強めに当たったのに、ビクともせんとは……)

(そこまで体格大きいわけでも無いのに……何なんだし)

(利き足は左かヨ……しかし何つーシュートだヨ)

 わずか二度のプレー機会にも関わらず、天ノ川は強烈な存在感を見せた。しかし、時計は後半35分を迎えようとしていた、主審が示したアディショナルタイム(追加時間)は2分。後少し耐えれば和泉の勝ちである。



後半35分……常磐野、ロングボールを前線へ。天ノ川が競り合いを制し、頭で落とす、走りこんだ酒井のシュートは脇中がブロック。こぼれ球を拾った緑川が前方へクリア。



 キャプテンが大きく前にボールを蹴り出しました。ライン際を飛んだボールは、前がかりになった常磐野DF陣の裏に転がっていきます。左サイドにポジションを取っていた流ちゃんが全速力で追いかけます。相手DFとの競争に勝った流ちゃんは縦に大きく抜けだしました。

「ナッガーレ、よこせ!」

 竜乃ちゃんがゴール前中央に勢い良く駆け上がり、ボールを要求します。繋がれば1点ものですが……。輝さんが叫びます。

「そのままキープで良い! 時間使って!」

 しかし、流ちゃんはクロスを選択しました。ですが、クロスは戻ってきたDFの伸ばした足に当たり、ペナルティーエリア内の上に大きく上がります。

「くっ!」

 竜乃ちゃんがヘディングを狙いますが、前に飛び出したGKがパンチングで弾きます。こぼれ球は常磐野DFが拾って繋ぎます。前方に大きくフィードしようとしますが……

「へ~い、こっち~」

 何と天ノ川さんがセンターライン付近まで下がってきていました。常磐野の選手も一瞬戸惑ったようですが、ボールを天ノ川さんに送ります。輝さんが激しく体を寄せます。しかし、そんなマークをものともせず、彼女はクルっと前を向き、そのまま何とシュートモーションに入りました。まだゴールまでおよそ40mの位置です。ただ瞬間的に嫌な予感はしました。その予感を感じ取ったのか、聖良ちゃんが激しく当たりに行きました。流石の天ノ川さんもバランスを崩して倒れ込みます。これがファウルとなって、常磐野のFKになりました。この局面で1点負けているチームが取る方法はほぼ一つ。GKも含めてほぼ全員が敵陣ゴール前まで上がるパワープレーです。当然、常磐野のGKも上がろうとしましたが、天ノ川さんはそれを制しました。そして自らボールを置き、長い助走位置を取ったのです。

「え⁉ あの位置から直接狙うつもり⁉」

 マネージャーが驚きの声を上げます。戸惑いつつ、永江さんも指示を送ります。

「壁2枚だ!」

 それを聞き、輝さんが竜乃ちゃんを呼び寄せボールから9m離れた位置に壁を形成しました。輝さんは竜乃ちゃんを自らの左側、ボールの正面に立たせます。良い判断です、長身の彼女の頭上を狙えばボールはそのまま大きくゴール上に外れます。それを避けて、左右にカーブをかけて狙っても、ゴール前の密集地帯にぶつかってしまいます。輝さんは竜乃ちゃんに何やら話しかけています。

「相手が蹴るタイミングで上に飛ぶのよ、両手は体にピタッとくっつけて、そうすればボールが当たってもハンドにならないわ」

「わ、分かったぜ」

 笛が鳴りました。天ノ川さんはゆっくりとしたスピードでボールに向かいます。ただ、キックのインパクトのその瞬間は速く感じました。放たれたボールは、ジャンプした竜乃ちゃんのわずか左上を通過しました。これは外れたと私は思いました。しかし……

「無回転⁉」

 マネージャーがそう叫ぶと、ボールがグッと左斜め下に落ち、ゴールの右上隅に突き刺さりました。永江さんも飛びつきましたが、このコースは取れません。ほんの一瞬の静寂の後、常磐野の選手たちが喜びを爆発させました。これで4対4、同点です。主審が笛を吹き、試合終了を告げました。後残り数秒というところで、勝利が私たちの手から逃れていきました……。



 挨拶を終え、ベンチに戻ってきたメンバーは茫然としていました。しばらく声も出ませんでしたが、先生が声を掛けます。

「ナ、ナイスゲームだったわよ皆! 引き分けなんだから負けじゃないわ!」

 先生の言葉に皆も少し元気を取り戻しました。

「せやな、負けてはおらへんな!」

「首の皮一枚繋がったー」

 キャプテンが皆に声を掛けます。

「皆さん、お疲れ様でした。クールダウンをしてから、控室に下がりましょう。丸井さんは念の為ですが、急いで病院に行ってきて下さい。先生、お願いします」

「わ、分かったわ。じゃあ丸井さん帰る準備して。私、車回してくるから」

 十分後、駐車場で先生と合流しました。病院に向かおうとすると、キャプテンが先生に話しかけました。

「先生、ケジメ第1弾の件ですが……」

「えっ⁉ 焼肉のやつ? い、いや、確かにナイスゲームとは言ったけど、ほ、ほら、あの。引き分けだったし……」

「皆には内緒で丸井さんにだけ何か奢ってあげて下さい、今日のMVPですから」

「ま、まあ、そういうことなら……丸井ちゃん後半凄かったもんね」

「そ、そんな!大層なものじゃ……それに奢りなんて悪いですよ!」

 恐縮する私に対してキャプテンは声を掛けます。

「余計な負担を掛けてしまったお詫びだと思って下さい」

「は、はぁ……」

 その後私たちは病院に向かい、検査をしてもらいました。結果は軽い捻挫で、1~2日で治るというものでした。私はホッと胸を撫で下ろしました。そして病院近くのカツ丼屋さんに入りました。

「さあ、何でも好きなもの頼みなさい!」

「や、やっぱり悪いですよ……」

「子供が遠慮するもんじゃないわよ、お腹空いたでしょ?」

「で、では……」

 私は『テラビッグチキンカツ丼』を頼みました。先生が何やら唖然としています。

「こ、これ食べるの? 丼ぶりがテーブルの半分近くを占めているけど……」

「いっただっきま~す♪ ……う~ん美味しい♪」

「ま、まあ、それは何よりだわ、ってかもう半分近く食べてるし……って、ねぇ、あの子!」

 先生が隣のテーブルを見るように促してきます。私が振り返るとそこには何と……

「⁉ 天ノ川さん⁉」

「丸井ちゃんと同じの食べているわね……って空の丼ぶりが一つ⁉ 二杯目ってこと⁉」

「ま、ま……」

「ん? どうしたの丸井ちゃん?」

「負けた……!」

そういって私は悔し涙を流しました。

「えぇっ、泣くタイミングそこなの⁉」

しおり